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初投稿です。
クロムは歴代最強とも名高いファフニール王国勇者パーティの一員である。
ファフニール王国は魔王領と隣接している。魔王領はその名の通り、魔王が統治する魔獣や魔族などが住む土地のことである。全く異なる生命の造りから生まれる文化の違いはお互いに恐怖を抱かせるのに十分であった。その恐怖は何千年にも亘る争いへと形を変えていた。
様々な特異性を持ち強大な魔術を操る魔族と比べ、人間は余りにも無力である。神はそんな人間を哀れに思ったのか、ファフニール王国では人間は皆加護というものを持って生まれ、人々はその加護に見合った能力を得ることができた。
そんな王国では数十年に一度、勇者という加護を持ったものが生まれた。勇者の加護を持つものは魔物に対し強大な力を持っていた。そのため勇者が適正年齢となると、各地から彼とパーティを組むのに相応しい逸脱した才能を持つ人材が集められた。
クロムもその内の一人であった。
彼のパーティーは勇者を含めた5人から成った。
勇者レオン。
聖騎士ディルク。
賢者アベル。
聖女フィオナ。
そして暗殺者のクロム。
どのようなものにも優劣をつけるのは人間の性であるが、その性から加護というものが逃れることはなかった。恐れ多くも人間は神からの贈り物である加護に明確な順列をつけた。勇者のような華々しい加護を最上とし、反対に盗賊のような加護を卑下した。
そして彼の暗殺者という加護もその卑下されるものに含まれていた。だが、彼の実力を前に、彼の勇者パーティ加入に異を唱える者は一人もいなかった。
彼は何時も黒い装束に身を包み、フードを深くかぶっていたため、その素顔を見たことのあるものは少なかった。だが、彼の長めの黒い前髪から時折覗く端正な顔立ちに心を奪われる女性も多かった。
クロムは今はもう亡き辺境伯の長男であった。だが両親はクロムの加護が暗殺者だと知るとあからさまに態度を一変させた。両親は彼を腫れ物のように扱い、社交の場にも出さないようにした。また、彼の加護を知った少数の人々も、一族を笑いものにした。それが一層クロムの立場を悪くした。
しかし、彼の一つ年の離れた妹は体が弱かったものの、彼のことをずっと慕っていた。クロムにとってそれは自身の存在意義を確立するのに十分なほどの幸せであり、救いだった。クロムも妹が自分には叶わなかった幸せな社交界デビューを果たすことを願っていた。
しかし、彼の加護の鑑定の数か月後、魔王領と隣接している彼の領地は異種族間の争いの過激化とともに魔物に蹂躙されてしまった。
クロムはその拙いながらも素早い身のこなしで逃げ出すことができたが、体の弱かった彼の妹が獰猛な魔獣の前に逃げ遅れてしまったことは致し方のないことであった。
彼の両親も魔物の対応に追われ戦死してしまったものの、それはとうの昔に彼らへの情を失ったクロムにとってはどうでも良いことだった。彼は何よりも大事だった妹が死んでしまったという現実に、激しい悔恨と彼女を救えなかった自分への自責の念を覚えた。
自分のすべてだった妹を失った彼は故郷を捨て、冒険者を志し、ソロパーティーとして心のままに魔獣を殲滅していった。彼はいつしか残虐と名の知れた暗殺者となっていた。
そして彼が二十歳になった頃、勇者の加護を持つものが適正年齢になったとして彼は実力のある冒険者として国からの招集を受けた。
そんな彼ら勇者パーティは5年もすると全ての四天王を討ち果たし、残すのは魔王のみとなった。長年続いた対立に終止符を打つ、歴代最強のパーティーとして彼らは様々な場所で称賛された。
だが、現魔王を実際に見たことのあるものはおらず、魔王の強さは未知数である。そのため、彼らは満を持して武器を新調するため、ダンジョンに黒竜の鱗を採取しに行くこととなった。
ダンジョンは不確定な場所に度々現れる。今回クロムが潜ることになったのは、太古からある始まりのダンジョンと呼ばれるものである。
ダンジョンにはフロアというものがあり、各フロアには独自の環境が広がっている。ほとんどのダンジョンには10層ほどしかないものの、始まりのダンジョンには100層存在する。
深層部に行くほど魔獣は強くなるため、始まりのダンジョンにおいては50層以下に行けるものは一握りの強者に限られるとされていた。
そんなダンジョンの最深部に黒竜の巣は位置している。黒竜は世界の始まりから存在するという、まごうことなき最強種であり、その体の一部に過ぎない鱗でさえこの世のどんな金属よりも固いとされていた。
曰く、その鱗で作られた装備は壊れることを知らず、加工しようと叩いた鍛冶道具のほうがひしゃげて曲がる、そんな噂がまことしやかにささやかれる程度には「黒竜の」という言葉には説得力があった。
今では伝説として謳われていう初代勇者パーティの面々も魔王討伐の際には身に着けたという黒竜の鱗の装備、彼らの冒険の成功にあやかろうという意味でも今回のダンジョン踏破は彼らにとって重要だった。
竜の鱗は数年に一度生え変わるため、倒さずとも鱗を拾うことができるものの、竜の巣穴に潜り込む行為が命とりなことに代わりはない。
ダンジョン攻略は地図を持っていたとしてもとてつもなく長い旅になる。通常の冒険者のパーティーであれば一日で3層以上進むのは現実的でないと言われている。だが、勇者パーティはダンジョンにおいては一日で30層ほどを突破する強行軍と化す。
これを可能にするのは全体の戦闘力はもちろんのこと、クロムの罠感知、そして敵感知スキルによるものも多かった。
パーティの中で比較的体力面に不安が見える聖女と賢者であっても、通常の冒険者と比較すれば上位の能力を持つことに変わりはないため簡単にこなす。彼らはいつも通りにこれといった問題もなく順調にダンジョンを踏破していった。
―――クロム視点
ダンジョンに潜って三日目の晩、俺たちは85層に到達した。85層はごつごつとした大岩がいたるところに転がっている、入り組んだ洞窟の層だった。そんな歩きづらい環境の中でも、俺たちは淡々と攻略していった。
俺たちはそれぞれの思いでこのパーティに所属している。
名誉を求めるもの、魔王討伐の報酬目当てのもの、復讐の念を抱くもの、見たことのない知識を得たいもの、ただ平和な世界を願うものもいた。だからこそお互いにそこまで深く干渉することはなかったものの、お互いに命を預けられる程度には信頼しあっていた。
俺は暗殺者のスキルによって感覚を研ぎ澄まし、罠や敵を感知し次第、先頭を歩いている勇者に報告をしていた。感覚を尖らせると、頭に膨大な情報が頭に流れ込んでくる。最初の頃はその情報量に酔い、ひどい頭痛がしたものだが、今では慣れたものだった。
暫く歩いていると、研ぎ澄まされた感覚に何かが引っかかった。そんな魔獣でも罠でもない感覚に俺は違和感を覚え、少しばかり注意を奪われた。
「うおっ、危ねえ。クロム、罠見落としてたぞ。」
そんな声が先頭を進んでいた勇者から上がった。見ると彼の横の壁には矢が突き刺さっていた。罠を事前に回避できることに越したことはないが、勇者の反射神経をもってすればある程度の罠を避けることは可能だった。先頭を歩いていた勇者が足を止めたことで、他の仲間も足を止めた。
「...ああ。すまない」
「クロムが罠を見逃すなんて珍しいね。何かあったのかい?」
「ああ、少し気になるものが。...少し確認してきてもいいか?」
「もちろんだ。クロムが不思議に思うんだったら何かしらのものがあるんだろう。」
賢者の問いかけに対し俺は断りを入れた。他のパーティーメンバーが頷いたのを見届けると、俺はその感覚を頼りに道を進んだ。一つ脇道に入り、突き当りまで進んだところで俺は足を止めた。パーティメンバーも後ろからぞろぞろと続いてきた。
「何にもないみたいだが...まさか認識阻害かい?」
「ああ、そうみたいだ。」
俺は目の前に存在しているであろう結界に魔力をぶつける。魔力を練り上げ、手から流れ出して行く様子をイメージする。すると手から暖かい何かが溢れていくのが確かに感じられる。
認識阻害用の結界は術者よりも膨大な魔力をぶつけることによって破壊することができる。正統法として術を解読して書き換えることもできるのだが、そんなことは勇者パーティの前では通用しない。
ぱりんとガラスが割れるような音が響いたかと思うと、認識阻害によって隠されていたものが露になった。俺はそこに現れたそんなとてつもなく場違いな存在に唖然としてしまった。
そこには7歳ぐらいの少女が蹲っていたからである。
後ろから見ていた仲間も息を呑むのが背中越しでも伝わってきた。
少女の黒く長い髪はぼさぼさで、薄汚れたドレスを着ていた。だかそのドレスを目を凝らして見れば上等なものであることが分かった。袖から伸びる腕は未発達で、病的に白く、今にも折れそうなほど細かった。その腕にはいくつかのあざも見受けられた。
俺は混乱しながらも、その少女に近づいていった。彼女の安否確認が最優先と感じたからだ。
「...大丈夫か?」
俺がたどたどしくも声を掛けると、少女は顔をもったりと持ち上げた。
するとその金色の目が露になり、俺の目を捉えた。その本来輝かしくあるはずの金色の目には皮肉にも光は共っていなかった。希望をなくし、死を覚悟していたことが図らずも伝わってきた。彼女の顔は薄汚れてやせ細っていたが、どこか品を感じられた。
俺はその顔立ちを見て動揺した。彼女のそれは妹を思い出させたからである。俺はうろたえながらも、彼女に声をかけた。
「...大丈夫か?君は、なんでここにいるんだ?」
俺はぶっきらぼうながらも、怖がらせないように精一杯優しげに声をかけた。普段の口下手さが悔やまれたが、今はそんなことを気にする余裕は存在していなかった。すると少女が今にも消え入りそうな声で言葉を紡いだ。
「...だれ?」
...至極当然な質問だった。
自分のいかにも怪しげな装いを思い出した俺はフードをおろした。
後ろにいる仲間から「ほぅ」という声が漏れる。他人の前でフードをおろしたのは何年ぶりだろうか。少女が俺の顔を見つめる。自分の顔がそこまで他人受けするような顔では無いと理解している俺は少し居たたまれないし、どこか本来の自分を見透かされているような気分になった。
「...俺は、クロムだ。冒険者を、している。」
少女は何かを考え込んだ後、なにか希望が見えたかのように俺に言葉を投げかけた。
「...勇者さま?」
「ん?...いや。僕は勇者様ではない。実際、勇者の加護を持つものが俺のパーティーにいるが...」
そのやり取りを聞いていた勇者が噴き出した。
「ぶはっ、お前が勇者だって?どんな冗談だよ。譲ちゃん、この俺が正真正銘の勇者だ。」
そういって胸を張った。
実のところ、俺は彼女の経緯に心当たりがあった。他の誰でもない自分自身が似たような境遇にあったからだ。
俺はいたたまれない気持ちになり、仲間の方を振り返った。すでに俺の心は彼女を助けてあげたいという気持ちでいっぱいだった。すると賢者が口を開いた。
「彼女の服を見るに、どこか高貴な生まれなんだろうね。
多分加護が世間的には好まれてないものだったんだろう。悲しいけど、よくあることさ。だが、こんなに深くまで連れてくるとは相当なわけありなんだと思う。
こんな深層部にたどり着けるのは限られた人数しかいないし、かなりの手練れでないと掛けられない認識疎外の結界まで丁寧に施して…」
実際、こんな出来事はよくあることだった。色んな場所を冒険していると普段は目に入らないものが見えてくる。そして多くの場合それを見て見ぬふりをしてきた。今回もそうなってしまうのかと焦りを覚える。すると勇者が言い放った。
「置いて行こうぜ。こんだけ深い層にわざわざ認識阻害まで張って隠されてたんだ。助けたら助けたでなんか面倒ごとに巻き込まれそうじゃねえか。このまま連れて行くわけにもいかないし。」
勇者は先を急ぎたいのか少々いらだった様子でそう言った。魔王を倒した称号は逃げやしないが、長年待ち望んでいた称号があと少しで手に入るとあって待ちきれない様子だった。
だが俺ははどうしても置いて行く気にはなれなかった。どうしても彼女が妹のように見えてしまい、過去に妹を助けられなかった後悔もあって守ってあげたい感情に包まれていた。
「...俺は連れて行ってあげたい。」
そんか普段あまり喋らない俺の言葉に仲間は驚いているようあった。それを踏まえ、最年長である聖騎士が口を開いた。
「鱗を取ってくるだけだし、クロムのおかげで罠に引っかかることも魔獣に遭遇することもない。まあ、遭遇したとしても僕たちが通すはずはないだろうが。ここまで来て一度地上に戻るのは骨だし、クロムがそこまで言うなら俺は連れて行ってもいいと思う。」
聖騎士の言葉に聖女も続いた。
「私も賛成。子供をこんな危険なところに放置するなんて酷いこと、私には出来ないわ。」
「うぐっ…そっ、そうか。なら連れて行こう。」
勇者は聖女の意見を聞いてわかりやすく態度を変えた。勇者はパーティー結成時から聖女に想いを寄せている。本人はそう言ってはいないが、態度から明らかだった。彼は勇者である自分が国で一番の女性である聖女と結ばれるものと信じ切っていた。
俺自身、このことに関しては別にどうとでも思っていなかった。だが、この状況においては聖女の賛成はとても心強いものだった。
俺はその最終判断を聞くと、少女の元へ戻った。
「俺は君を害するつもりは一つもない。君を地上まで連れて行こう。ついてくるかい?」
少女は俺のの目を真の思惑を量るかのように暫く見つめた後、コクリとうなずいた。
「そうか。」
俺は安堵した。
「フィオナ、まずこの子に治癒魔法を掛けてくれるか?」
「ええ、もちろんよ。」
聖女は近づいて彼女のスカートのすそを少し上げた。するとそこには腕とは比べ物にならない夥しい数のあざがあった。
「酷い……」
聖女は顔をしかめながらも、治癒魔法を施した。するとあざは見る見るうちに消えて、少女の肌は少しばかり赤みをましたものの、その未発達な四肢はそのままであった。
「あなたの名前は?」
「……セレナ」
「わかった。あなたを必ず安全な場所まで送り届けるわ。」
そうして俺らは少女を連れて深層部まで行くこととなった。
パーティは前方と後方の両方からの攻撃を警戒し、セレナを中心として進んでいた。
中衛である俺がセレナの隣を歩くことになったのは自然な成り行きだった。自分はあまり他人から好かれるような人間でないことは理解していたつもりだった。だが、セレナはなぜか僕に一番なついてくれていた。もしかしたら一番初めに声をかけた自分に少しばかり心を許してくれたのかもしれない。
セレナは僕のそばを離れようとせず、それが昔慕ってくれていた妹のようでとても愛らしかった。俺はそれに少なからず困惑したものの、甘んじて受け入れた。セレナは言葉での意思疎通に難を抱えているようだったが、なにか話を聞くとたどたどしくも一生懸命に返事をくれた。
今にも倒れそうな彼女が化け物じみた速度で進む俺たちに歩いてついていけるはずもなく、少しばかりすると俺が彼女を抱えて連れていくことになった。
俺が少女に尽くす様子を見て仲間は驚いたようであったが、あまり気にしていなかった。また、彼女と接していくうちに、彼女は感情を表に出すことにも困難を抱えていることが分かった。
途中俺が魔獣を感知した際に発した殺気にセレナが涙目になることはあったが、それ以外には何事もなく予定していた90層にたどりつくことができた。
90層は広大な森が広がっている。地上では見かけることのできない独自の生態系が広がっていて、民家の高さを優に超すほどの大樹が群生していた。あたりは地上の時間を反映しているのか不思議と暗く、所々で光っている植物や浮遊している小さな物体は神秘的な空間を作り出していた。
ダンジョンでは野宿が基本だ。俺たちは何度もダンジョンに潜ったことがあることから、この手のことはお手の物だった。俺らはは各自簡易なテント、もしくは寝袋を設置した後、賢者が魔術で着火した火を囲んで座った。
夕食は簡易なシチューだった。調理は当番制で、メンバー全員がやる必要がある。
だが、料理の腕に個人差があるのは言うまでもない。特に勇者は野菜をぶつ切りにして煮込んだだけとかザラにある。ちなみにソロパーティー時代が長い俺と、騎士団で勤務していた聖騎士は最低限料理はできる。
賢者に関しては魔法を器用に使ってまるでパフォーマンスかのように料理を仕上げる。意外と女子力が高い。
そして唯一の女性陣である聖女の当番の日は当たりだ。その厳格な地位に反して家庭料理をよく振舞ってくれる。それらはどれも絶品だった。そして今日はそんな聖女の当番で少し安心した。
日中はほとんど休憩も取らずぶっ通しで歩くこともあって、知らず知らずのうちに体は食を欲していたようで、その濃厚な香りに釘付けになった。口に入れると、シチューのコクが舌いっぱいにじゅわっと広がった。
冒険の休憩中、聖女は同性として話しやすいのもあるが、たびたびセレナに話しかけていた。その甲斐もあってセレナは少しばかりか聖女に心を許していた。
セレナは彼女の作ったスープを受け取る。長いことろくなものを食べていなかったのか、丁寧な手つきだが勢いよくスープを口にかき込む彼女。そんな彼女の様子を俺は表情には出さないものの、ほほえましく思いつつ眺めていた。
セレナは聖女と俺を左右に引き寄せるようにして座っていた。俺はいつも一人離れた場所で過ごすことが多かったが、今日は拠点の焚火の所に残っていた。聖女もセレナの体調を心配して付きっきりだった。
しばらくするとセレナは船を漕ぎ始めた。抱きかかえられていたにせよ、とてつもない距離を進んだのだ。体力的にも内面的にも疲れてるのは当然のことであった。
フラフラし始めた彼女の身体を聖女は支えた。するとふと緊張が緩んだのか、
「お母様、、お父様」
と聖女と俺の方を向いて言った。
「あはは、同じ黒髪なのも相まって本当に家族みたいだね?」
そう冗談めいた賢者の発言は、勇者を怒らせるのに充分であった。
「この...っ冗談もいい加減しろ」
そうつぶやいて勇者はこちらに歩いてこようとしたが、聖騎士に肩を掴まれて静止した。
「相手は子供だぞ?少し頭を冷やせ」
聖女はそんな様子を冷ややかに見ていた。
次の日の朝も、勇者は依然として機嫌が悪いようであった。その証拠として眉間にはくっきりとしわが刻まれていた。100層へ向かう際の足取りも乱暴で、聖女と賢者が少し息をあげるほどハイスピードで進んでいた。
そして目的の100階へとたどり着いた。100層への階段を下ると、そこには広々とした空間が広がっていた。周りは黒い鉱石で覆われていて、所々で光る青い水晶が神秘的でありながらもどこか厳格な空間を作り出していた。
言い伝えによるとこの先に黒龍の巣はあるらしい。黒龍は膨大な魔素を扱うために数百年に一度しか目覚めず、その他の時は冬眠状態でいることによって魔素を蓄えているらしい。不思議なことにここ1000年ほど目覚めていないとのことだった。
そこにたどり着くと勇者は待っていたかのようにすぐに口を開いた。
「おい、こんなスピードで息のあがるお前らは足手まといだ。このガキは論外だし、過保護な暗殺者もいらない。鱗を拾ってくるだけだからディルクと二人で行く。」
俺たちが言い返す間もなく、ズカズカと進んでいってしまった。仕方がないから俺たちは休憩を取ることにした。
すると間もなく勇者の悲鳴が聞こえた。
悲鳴のした方を振り向くと、勇者と聖騎士が必死の形相でこちらに走って来ていた。
するとその後ろから来るとてつもない気配を伝える俺の敵感知スキルに俺の頭は悲鳴を上げる。頭の中でけたたましく鳴る緊急信に吐きそうになった。
まさかと思い後ろの方を見つめていると、
黒龍の顔が暗闇から覗いた。
は?
俺の口から自然と溢れた。
黒竜の顔は人の何倍ものサイズがあった。その蛇のような金色の目は人の背ほどあり、それらが勇者に向けられていた。口を少し開けながら追いかけている様子はまるで好奇心の赴くままに暴れまわる子供のようで、それがまた怖さを倍増させていた。
身体は黒い鱗で覆われており、その引き締まった体は美しさまでも感じさせた。胴体おも超える大きさな翼を巧みに使い、低空飛行で弾丸のように飛んでくるその巨体に体がすくんだ。
「黒龍は眠ってるんじゃなかったのか!」
賢者が思わず叫んだ。
「おれぁ知らねぇよ!!!奥にいたらいたんだよぉぉぉぉぉ!あ゛あもうしゃらくせぇぇ」
何を思ったのか、恐怖によってまともな判断ができなかったのか、勇者は振り返っって剣を構えた。
「うぉぉぉぉぉっ、断罪の剣ぃ」
勇者はその加護を持つものにしか使えないとされる、人類最高峰の剣術で対抗した。彼が叫ぶと彼の剣は光を増し、黒竜の鱗に突き立てようとした
ぺしっ
が叶わなかった。いとも簡単にはじかれた自分の剣を見て勇者は呆然とした。
「は?そんなわけ...人類最高峰の剣技だぞ!?」
「おい、レオン!あぶない!」
どごぉぉぉぉぉぉぉぉんっ
そんな爆発音とも変わらない音とともに聖騎士が勇者をかばって竜の尻尾にはじかれる。
すると黒竜は何事もなかったかのようにもう一度勇者に顔を向け、ブレスの準備をする。
「くっそ!こんなのに勝てるわけねぇよぉ!!おい、お前ら逃げるぞ。」
そう俺らに呼びかける。さすがは勇者パーティといったところか、俺たちはすぐに逃走の準備を整えた。
「はぁ、畜生。なんてスピードで追いかけてきやがる。ああぁイライラする。どれもこれも、もう全部あの子供のせいだ!おい、そのガキを置いていくぞ。そしたら俺たちなら逃げ切れる。」
俺はその判断に耳を疑った。ガキ(セレナ)をおいていく、、?その言葉が心の中で反響した。またその言葉の時だけ勇者の声の調子がえらく声が冷静になったのに恐怖を感じた。
「そんなこと、できない。」
俺は気づいたらそう口走っていた。あぁ、頭に血が上っていくのとともに高揚感を感じる。
「ちっ、ならお前も一緒においていってやるよ。
もともとお前みたいな暗殺者とか言う大っぴらにできない加護もちは俺らの華々しいパーティーには不要だったんだよ!
ずっと、不満だったんだ!
そのいけすかねぇ顔もよ!俺のオーラが霞むじゃねぇか!
聖女にも嫌われるしよぉ、このロリコン野郎が。そんな陰険な顔してロリコンだとか笑えねえよ。冗談もほどほどにしておけ。おまえの妹を不憫におもうよ。
それじゃあな。せいぜい俺たちのために囮としてあがいて、時間稼いでくれよな!」
俺は信じられなかった。勇者は心の中ではそう思っていたのかと失望した。元々期待してはいなかったつもりだった。だが戦いを通じてどこか自分で勝手に勘違いしていたのかもしれない。
不意に背筋が凍った。自分が見たものに目を疑った。
勇者が剣を抜いていた。
俺は暗殺者の加護によってかろうじて認識できたが、他人なら彼が剣をぬいたことにも気づけなかったかもしれない。だが血迷った本気の勇者の前で、攻撃を認知できたとしても無意味であった。勇者の目は血走っていた。
気づいたときには、俺の体に見覚えのあるものが貫通していた。
焼けるような痛みに脳が悲鳴を上げ、何かよくわからない汁が脳に多量に分泌されるのを感じた。
「お前もだよ!この疫病神がよぉ!」
そんな勇者の叫び声が聞こえた。その方向を見ると勇者がセレナを蹴とばしていた。
刹那、俺の感情は怒りに支配され、スキルを発動していた。
「死の宣告」
これは暗殺者の中でも限られたものにしか扱えない最高峰のスキル。俺の体は浮遊感とともに、はたから見たら転移魔法を使ったのではないかと錯覚するであろうほどの速さで勇者の背後に接近していた。
俺は目を見開き、どこからともなく取り出した短刀で勇者の首を切り裂こうとした。だがさすが勇者とでも言うべきだろうか。彼は瞬時に後ろを振り返り俺の腹に拳を突き立てた。俺は為す術もなく吹き飛んだ。
「おまえぇぇっ。はぁ、はぁ。まだ生きてたのかよ。しぶといやつだぜ。はは、あいつが来たぞ。これでお前もあのガキも終わりだ。じゃあな。」
そうして、残ろうとする聖女を無理やり引っ張りながら去っていった。
俺の意識は朦朧としていた。
もう彼に対する怒りは意識になかった。
セレナは大丈夫だろうか?そのことだけを考えていた。
セレナの方を見ると、絶望した。
黒竜が彼女の前に立っていた。
セレナは黒竜の前で無力だった。
セレナは何が何だかわからず、ただ黒竜を見上げていた。
俺が弱いばかりに、また守れないのか?
俺は自分の弱さを恥じた。セレナに手を伸ばしたが、それが叶うことはなかった。
不意に無機質な声が脳裏に響いた。
―――――
王族の血を検知しました。
黒竜をテイムしますか?
―――――
は?
俺の意識はそこで途切れた。