1-6話 僕と盗賊のおねーさん
……誰かに頭を撫でられている。
……この心地好い感覚は中々ない。
僕は遠い夢見心地の感覚からしっかりと意識を持つ。
「ふわっ! えっ!?」
「よぉ。起きたか?」
気が付くと僕は獣人のお姉さんに抱き締められ、普通の人間よりも大きな手は肘まで白と黒模様の毛で覆われ、鋭いけど僕を傷つけまいとする優しい爪を持っていた。
そのまま目線を上へと向けると山のような豊満な胸があった。
「なぁ……この怪我アンタが治してくれたのか?」
山のように大きな胸が揺れしゃべったように見えた。
僕はすかさず立ち上がり言葉を返す。
「ひゃ、ひゃいっ! そうです!」
裏返ったーーー!
「ぷっ……クックッ……アンタ面白いねぇ! 照れてんのかい?」
「……」
獣人の女性は大きな声で笑う。恥ずかしがる僕をみて。獣人のお姉さんは銀色の髪にトラ耳、褐色肌にトラしっぽがある。治療してる段階でわかってはいたのだがやはり美人だ。
そして続けて問い始める。
「アンタ、名前はなんていうんだい?」
「僕はマキナ……マキナ=シルフィルです」
「そっか。あたしはベンケイってんだ。マキナ、1つ聞きたいんだけど怪我を治したって言ってるがどうやったんだい? 見る限りマキナはまだ祝福受けてないだろ?」
「はい……ですが魔法を使えます」
僕は正直に話した。出会ったばかりの人に何故というのは僕の中でも感じていた。このベンケイという人のじっ……と見つめる目に引かれていたのかもしれない。
「そっか……不思議なこともあるんだな~」
「それだけですか? なんかもっと聞かなくていいんですか?」
「聞いたら全部答えてくれんのか?」
「それは……」
「だったらいいさね。マキナは特別に魔法が使える。そしてあたしを治してくれた。その事実さえあればいいんだ」
ニカっと笑うベンケイさんに僕は少し顔を赤らめ俯くすると、ベンケイさんの手が僕の服を掴み引き寄せた。
「ありがとな……」
「はい……」
僕はしばらくベンケイさんに抱き締められた。
……
……
「はいっ。ベンケイさん。これはリンゴです。物足りないかもしれませんが、また明日来たときもっとご飯とか持ってきますね! あっ、新しい服とかもあった方がいいですよね」
「何から何までありがとうな!」
「はい! また明日治療しに行きます。まだかさぶたのような状態なので無理に動くと傷が開いちゃいますから安静にしていてください」
「あぁ」
ベンケイさんに手を降ったあと屋敷に戻るために洞窟を出た。
冬に差し掛かり少し寒さを感じる。
僕は家路につきながらベンケイさんに必要なものを考えていった。
「ただいま戻りました」
屋敷の玄関を開け中に入る。
自分の部屋に向かう途中の部屋でお父様、お義母さまの話し声が聞こえた。現在マルス兄さまとマリアお姉さまは学園におり、更には僕自信見放し状態のためティオを含めた3人で食事をしている。
ぶっちゃけ盛り上がってない。
というのもティオが会話の返事を「はい」とか「ええ」など簡単な相づちしか打たないからだ。しばらく話を聞いていたのだがロインの話題になったときだけティオの反応が変わっていた。
少し気に入らない。
ロインは僕を裏切りオ●ロを自分の物として世に広めた。おそらく大きな金が動いただろう。僕には訳もなく殴ってくるくせにロインの話の時だけは僕の見たこともない女の子のように表情が柔らかくなる。
そして、話の流れも良くなってきたところで僕はこれ以上聞きたくなく自室へと向かった。
……
……
マキナが自室へと向かったタイミングでガルドはカルマとティオに話しかけた。
「カルマ。お前の前で言うのもアレだが私はミラのことも心から愛していた。ティオはいつも鍛練などを行っているが、マキナはなんなのだ。深い考えを持たず、鍛練もせず、ロイン殿のリバーシを俺のものだと言い張る始末……正直憎しみしかないよ。あんなのが産まれて来たためにミラが死んだのかと思うと」
「あなた……言い過ぎですわ。マキナもあなたの息子でしょう? もう半年十分に反省したでしょう?」
「いいや。お父さま、お義母さま。あいつ反省してないわよ? いい加減追い出したら?」
「ティオ! あなたの弟でしょ!?」
「あなたに私の気持ちなんてわからないわよ」
「もうよさないか2人とも。ほらな、マキナはやはりこのシルフィル家の膿だ。今のところ【魔族領】【精霊族領】【獣人族領】で勇者が出ている。世界で勇者は4人……マキナが勇者じゃなかった場合は追放する」
マキナが影で魔法の訓練をしていることやこの街のことを勉強していることはマリアしかしらないため、他の人にはマキナはただのんびりと生きているようにしか見えていない。
そして、最愛の妻の1人を失ったガルドの恨みは愛すべきはずの息子へと矛先が向いていたのだった。
そんなことを知る余地もないマキナは明日ベンケイに会いに行くため自室で深い眠りに落ちていた。
……
……
「【ヒーリング】」
僕の手のひらより優しげな光が発生した。次の日、僕はすぐにベンケイさんの治療へと向かった。まだまだ完治へは時間が掛かりそうだ。しかし、それは少し疑問だった。数分間、回復魔法である【ヒーリング】を発動させた後、一息ついた。
「マキナ、ありがと。また、少し楽になったよ」
ベンケイさんは頭を撫で回す。
「ベンケイさん、恥ずかしいですって」
「んだよ~。いいじゃねぇか~」
離れようとする僕をヘッドロックで動けないようにして更に頭を撫で回す。そのせいか顔にその豊満な胸が押し付けられ幸せである。
「……っ! あ~すまん。気にすんな」
ベンケイさんが傷の痛みで顔を歪める。心配そうに見る僕と目が合い気を使うように言った。
「ごめんなさい。僕がもっと強く魔法が使えていたらすぐに治してあげられたのに」
「いやいや! 気にすんなって。それになマキナの魔法はすげぇよ? こんな凄い回復魔法の使い手、17年生きてきたが今まであったことないさ」
「ありがとうございます。それよりベンケイさんって17歳だったんですね」
「そうさ! マキナよりもおねーさんだぞ? てか、おねーちゃんって呼んでいいぞ」
その返答に少し苦笑いする。
「あはは……お姉さまは実際におりますし、ベンケイさんってなんかそんなイメージないんですよね」
「はぁ? あたしゃ女っぽくないってか? ああん?」
ベンケイさんが顔を近付け不機嫌そうな顔をする。
「いっ、いやいや! ベンケイさんは僕の中で凄い綺麗な女性です!」
「お……おおう。なんかテレるな。でもよイメージないって何さね?」
少し顔を赤らめ頬をかくベンケイさん。
綺麗だけど、言葉使いは荒いそんな中で露骨にテレる姿はめっちゃ可愛いです。
「それはですね。ベンケイさんっていう名前が……」
「名前?」
「はい。僕の知ってる昔話に出てくるお坊さんであり武士でもある人の名前と同じなのです」
「ほお! あたしと同じ名前の奴がいるんだな! この名前珍しいから世界を見回してもあたしとだけかと思ってたわ! んで、お坊さん? と武士ってなんだ? そいつのこと聞かせてよ?」
「はい。わかりました。うーん。お坊さんはこの世界でいうと教会の神官や僧侶みたいな人かな。神に祈りを捧げたりする」
「えっ!? お堅い奴なの!?」
「んーん。違いますよ。お話のベンケイさんは何よりも武芸を好んでいて怪力無双って呼ばれていました。ちなみに身長が2メートルほどある大男だったそうです」
「すげぇ! あたしもデカいけどそれ以上だな! それに怪力無双ってカッコいいな!」
ベンケイさんはあぐらをかき、目をキラキラ、しっぽも振りながら話を聞いていた。
「んで、理由とかは省略しますが喧嘩を吹っ掛けて、それで自分と戦って負けた奴の武器を奪い取り、1000個の武器を集めようとしていました」
「1000個って。そんな集めてなにするん? 店でも開こうってか? ……それよかなんか盗賊みてぇだな」
「あはは……確かに荒くれものとして指名手配されてた説もあるみたいですね。それで記念すべき最後の1000人目の人に負けて、その人の武士になります。武士っていうのは騎士みたいなものですね!」
「へぇ~! 輩が騎士になったのか!? それでそれで!」
「そのあとは自分の使える主人の右腕となって沢山の戦で活躍しました!」
「凄いな! 凄いな!」
「最後は主人が追い詰められ自害する時、追手を阻止して死んでしまいました。……でも、自分の尊敬する主人を守るため、沢山の矢が刺さっても、刃で切られても敵の進行を食い止めました。死んでも倒れなかったんです。その姿はまさに武士と呼ぶものにふさわしく【弁慶の立ち往生】と呼ばれました! その忠誠心に憧れる人たちや賞賛する人たちが多いんですよ!」
……ちょっと興奮し過ぎてしまったかもしない。ベンケイさんなんか黙って俯いちゃってるし。あー、ちょっと悪いところが出ちゃったかも……やっぱり歴史上の人物ってカッコいいじゃん。
自分の好き話って他の人にも知ってもらいたいし布教したいじゃん。
「……あの、ベンケイさん?」
「……す」
「す?」
「凄いな!? 感動したよ! なんだよ、ソイツすげぇカッコいいいいじゃん!」
ベンケイさんは目に涙を溜め、僕の手を握りぶんぶん降ってくる。
「はっ、はい! カッコいいですよね!」
「うんっ!」
喜んでくれてよかった!
そして、ひとしきり興奮したベンケイさんが少し落ち着きだしゆっくりと話始めた……
「あの……さ。マキナ……あたしに気を使ってくれてるのかも知れないけどさ。あたしの怪我のこと聞いてこないじゃん? 話したいんだけど聞いてくれるかな? マキナにはちゃんと聞いて欲しいんだよね。例え、嫌われたり恐がられてもさ」
ベンケイさんは僕の手を握り少し手を震えさせながら聞いてきた。
「はい。聞かせてくれますか?」
僕はベンケイさんの手を握られていない方の手で包み、目を見て真剣に話しかけた。ベンケイさんも目を合わせてくれた。
「あたしはな……おたずね者の盗賊なのさ……」
そうしてベンケイさんは深呼吸をして、自分のことをぽつりぽつりと話を始めた……
僕の知る日本史の弁慶のように目の前にいるベンケイさんも恐らく豪快な人だと思う。身長も2メートル近くあるし強そうだ。
しかし、僕の今目の前にいる盗賊のおねーさんは少し小さく見えたんだ……
つづく