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1-5話 アタシの胸の中の王子さま



◆とある女獣人の2日前


「いそげっ! ぐずぐずするな!」


「おうっ! 俺はまだ余力ある。そっちの娘をこっちに!」


「待てっ! ちっ! その盗賊どもを逃がすな!」


 マキナの暮らすアーガスト領の直ぐ近くにある、王国管理の商業国であるルートアリアという大都市がある。マキナの親であるガルド=シルフィルが国境を守り、貿易などの原産物や商品を王国が管理するために作った王国と国境の中間に位置する街である。

 しかしながらその広さは街と呼ぶには広大なため大都市として知られている。


 普段は賑わい豊かな雰囲気なのだが、今は交戦状態であり至るところで剣のぶつかり合う音、悲鳴、うめき声、泣き声が入り交じる。

 綺麗な筈の都市の生活の夜の光は、戦いの炎が一部地域で巻き上がり全く別物の夜景と化していた。


「姉御! この都市の獣人たちは粗方、避難いたしやした!」


「おうっ! よくやった! 残るアタシは逃げ切るための時間稼ぎをする。皆を故郷まで送ってやれ」


「なっ!? 姉御1人をおいて行けるかよ!」

「そうだぜ! ボス!」

「俺たちも残りますよ!」


 姉御と呼ばれる虎柄の耳を生やした褐色肌の女獣人の周りに数十人近くの獣人が集まる。


「じゃあかましいっ! お前ら数人残って死ぬより解放した奴隷どもについてやったほうがいいに決まってんだろうがボケどもっ!」


「しかし、ボス! いくらボスでも1人で止めるのは不可能ですぜ!」


「あったりめぇだろ! アタシは勇者じゃない凡人、いやならず者だ! ある程度、クソ偽善者の王国兵や冒険者どもを足止めしたらとんずらするさ!」


「だったら俺らも!」

「おう! 足止めくらいできますぜ!」


「だったら仲間の、解放した奴らについてやれよ! 万が一追い付かれることがあったらその時戦え! 何のためにアタシらはここまで来たんだ! 無駄にする気かコラっ!」


『……』


 一同黙り俯く……


「アタシが戻って来たら宴会の準備しとけや! 中途半端は承知しないぞ! わかったかぁっ!」


『おおっ!』


 女獣人の声を聞いた一同は怒号をあげた。

 そして、各々が散り散りに移動を始めた。


 都市の城壁にある門と外を繋ぐ橋の前に陣取る女獣人の前に武装した兵たちが集まり件を向ける……


「かかってこいやあああぁぁぁぁぁぁっ!」


 激しい1人だけの防衛戦が始まった……



……


……



 4時間後あたりには雨が降り始めていた。

 その雨は女獣人の返り血を拭い落とし、その乾いた喉を潤すかのようだった。


「はぁ……はぁ……しんど……おめえら、騎士のくせに……か弱い女苛めんなよな……」


「かっか弱いだと!」

「たった1人で数百人の兵を退けておいてどの口が!」

「このゴリラ女! ……がっふ!」


 兵の喉元に投擲された槍が刺さった。

 長い銀色の前髪を買い上げながら女獣人はキレた。


「誰があのゴリラと一緒だ! ああんっ!? アタシは美しい虎! しかも、白虎の獣人だよっ!」


(そろそろ潮時か……十分すぎる時間を稼いだ……っ!?)


 撤退を考えていた女獣人が恐怖を覚える。それは鋭利な殺気を自分に向けられていたからだ。少し脱力した所から一気に臨戦態勢に入ってその殺気の方向を見ると、綺麗な白く薄目のボディプレートを装備し、綺麗な姿勢で整えた髪に片眼鏡の老人がいた。一見すると華奢だがその奇妙さが更に恐ろしさを増している。


「……そろそろ、大人しくなっては如何ですかな? お嬢さん」


「そっ、そう言うならここらへんで失礼させていただくぜ」


 女獣人が身体中から吹き出る汗を雨で隠しながら余裕の雰囲気を出し、震える声で後ろを振り向いた時既に後ろに死神がいた。


「それは結構です。私がエスコート致します」


 次の瞬間、女獣人の胴が斜めに深く切りつけられた。


「がっふ!」


 切りつけられながら老人の腹を蹴り、遠くへと女獣人は飛び出し脱兎の如く逃げ出した。傷を受けながらも放った蹴りは渾身の一撃でもあった。しかし女獣人は【大きく頑丈な壁】を蹴ったような感覚で、蹴りが毛ほども効いていないことにまたも恐怖した。


 老人の方も驚いていた。領主より『騒動の主要を生け捕りにしろ』と言われていたからである。

 しかし、心は少し揺れていた。獣人奴隷たちを解放した彼女たちの行為を尊敬していた。その反面で仲間や奴隷を逃がすためとはいえ騎士たちを殺したことに憎しみもあった。


 1人残った女獣人を捕らえたら末路は決まっている。であるならこの蛮勇を苦しまずに殺すことがこちらの誠意と思っていた。本来胴体を斜めに真っ二つにする一撃を彼女は受けきった。おそらくスキルか魔法を使ったのであろう。


 だがそこまでだ。どちらにせよ傷の深さで死ぬのは明白。逃げた女獣人を追うことはせず剣を鞘へとしまった。


「ジークフリード様よろしいのですか?」


「追う必要はないです。彼女は息絶えます。これ以上追い込むこともないでしょう」


「しかし!」


「あなたがたのやるべきことは1つです。負傷者・死者の確認です。急ぎなさい。この無駄なやりとりの間に仲間を殺すのですか?」


 あえて【殺す】というワードを出し自分たちが原因ということを思わせたら、騎士たちは老人に一礼して慌ただしく騒がしく動き出した。


「私も引退したはずなのですがね……」


 マキナの一世代前の勇者の使徒である英雄ジークフリードは溜め息をつき街の中へと戻っていった。



……


……



「ぐっ……うぇっ……ぺっ! ざっけんなよ!」


 女獣人は血反吐を吐いた。ざっくりと斜めに叩きられた傷からは血が流れ落ちていた。しかし、血は滲む程度しか出ていない。


「はぁはぁ……あのジジイ。アタシの【金剛(こんごう)】を破るとか化け物かよ。アタシはこれでもlevel3なんだってーのに」


 【金剛】とは身体を硬質化するスキルである。身体に流れる鉄分を操作し性質を更に変えることにより最高の防御力を誇るようになる。

 英雄ジークフリードの一閃を凌いだのは、油断の他にこの女獣人の能力値の高さも理由の1つである。


 しかし、1人で仲間を逃がすための時間稼ぎに加え、ジークフリードの致命傷の一撃、更には傷が開かぬよう部分的に【金剛(こんごう)】というスキルを逃げてる間使い続けている。


 体力も限界になっている。

 1日……それだけたくさんの走り逃げていた。

 意識も朦朧としていたため足を踏み外し丘の下へと転げ落ちた。


「……ってえぜ。マジで……あーダメだわ。死ぬわ。あいつら無事に逃げ切れたかな? はぁっ、自由に生きたわ! 面白可笑しく生きた! 最後は胸を張れるようないいこともしたしな!」


 転げ落ちた丘の下でうつ伏せに倒れながらも女獣人は清々しいいい顔をしていた。


 そして遂に意識が落ちる……というところで


「……待てよ。折角カッコいいこと、称えられるようなことをしたんだ。こんな馬車にひかれて潰れたカエルのような死に方してみろ……きっと……『さぁて、ここの岩場で休むか……うわ何か踏んだ!? 死体かよー最悪だわー』……っていやいや! あんた踏んだのは奴隷を解放した英雄だよ!? 何普通にうわぁ……ってなってんねん!

ダメだダメだダメだ! こんな死に方イヤだわ! なんか納得いかないわ~。死ぬの覚めたわ……そうだな……血文字で【英雄ここに眠る】とか書くか? いやいや、それよりポーズはこんな感じでーーーーーーー。」



 女獣人はなんか残念だった……


 限界などとっくに過ぎ、死者の国? あの世? 冥界? に片足を突っ込んだのに【この死にかたは格好つかない】という理由で延命していた。

 ぶつぶつと怪我をしているのに岩を運びその上に座ったりなど、どうでもいい自問自答が夜が開け朝になっても続く……


「よし! これキタだろ! これならあっちとこっちとそれからそっちから来てもいい角度で見えるんでこんな角度で座ってあー……いいわ。アタシ格好いいわ……あ……なんか身体も重くなって……え?」


 身体を後ろの岩場に寄りかからせようとした瞬間、岩の中へと落ちていく、その中でまたも転がり落ち気を失った……



◆女獣人視点


 あっ……

 アタシ死んだのかーついに。  

 悪いやつらの金品を強奪して配ったりはしてたけど、少なくとも略奪や殺しを行ってきたから地獄落ちなのかな。


 でも、なんだろう……


 凄い温かい……


 温もりに包まれる気がする……


「あっ!? つぅ……」


 アタシの意識が戻ったようだ。てっきり死んだかと思った。だって致命傷だもの。起きた時痛みを感じた腹の傷口をさわったのだが傷が塞がってる!

 正確にはかさぶたのような形で傷が塞がってる!


「どうなってるんだい。こりゃ……ん?」


 傷口を謎っていくと柔らかい感触がした。

 見るとガキがアタシの上に覆い被さって気を失っていた。

 アタシはすぐに理解した。


「ふふっ……アンタがアタシを救ってくれたのかい?」


 多分この時のアタシの顔は盗賊として人殺しとしての顔ではなかっただろう……


 こんなにこのガキがいとおしく思えるのだから……






つづく


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