(8)オークの集落で
探索者協会で依頼書を物色すると、南西のクランスルの森で魔物のあふれる兆候の調査依頼があった。その依頼を請けクランスルの森に向かったミカ達は、樹海の奥地に魔物バチが営巣しているのを発見した。
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蜂の巣山を巡る遊覧飛行から野営地へ向かうと、樹海の端に拓けた広場が見えた。また魔物絡みでしょうか。
「イヴ、あそこが変です」
「ああ、森を切り拓き集落にしているのだろう」
イヴさまは、高度を下げてそちらに向かった。目指した場所には、簡素な小屋が点々とあり、まばらに人影が見えて、煮炊きしている煙も上がっていた。
「オークの集落のようだな。……降りてみるか」
「オーク! 大丈夫なのですか。野営地のリューゼと合流したほうが良くないでしょうか?」
「ああ、リューゼか……別にいいだろう」
森の中に集落を造るなんて、酔狂な人がいるなと思いましたが、確かに人でないなら人の物差しでは測れませんね。
低い高度で周りを回って集落を観察してから、イヴさまは広場の中央に降り立った。オーク達は逃げ散り、茅ぶきの小屋から窺い見るものや遠まきに槍のような棒をもって警戒するものがいる。私は急いでカバンから杖を取り出した。
ひときわ大きい小屋から現れた巨大なオークが、こちらに歩みくる。そのオークは2メートル超えの巨体で、歩を進めるごとにおっぱいをボヨンボヨンと揺らしている。イヴさま、ヤバいです。
「ブヒブヒ、ブヒブヒ」
イヴさまは、族長と思われる巨大なそのオークに叫んだ。な、何、煽ってるんですか、イヴさま?!
「やっかましいブヒ。オークはそんなにブヒブヒ、言わないブヒ」
いや、ブヒブヒ言ってるじゃん……いや、言っていますヨ? イヴさまがオークと平然と話すさまに驚き、思わずお上品の仮面が剥がれてしまいました。
「スマン、スマン、フランドン。元気だったか? 集落の場所を変えたのだな」
イヴさまが、姫殿下が、亜人に、オークに謝っている?
「フランでいいブヒ。魔物が増えて逃げてきたブヒ」
「そうか。大変だったな。空から見たが、大ハチ、たぶん獄殺蜂のでかい巣が見えた」
「そうブヒか。ハチは知らないブヒが、アリがあふれて困ったブヒ」
「アリというと、大牙蟻か?」
「たぶん、それブヒ。現れるたび狩ったがキリがないブヒ」
「それで、森の端に逃れたのだな」
「イヴ、そっちの旨そうなのは、土産ブヒか?」
「……そ、そうだ。旨くてトロけるぞ?」
何言ってるんですか、イヴさま。……魔術師の彼女はともかく、私は、美味しくないですヨ。きっとスジ張っていて不味いです。
「それはいいブヒ、夜を楽しみにするブヒ」
「あっ、フラン。こちらは、ミカ。そちらは……」
「……ナ、ナタリーです。よ、よろしく」
「ミカです。よろしくお願いします」
「ブヒヒッ。フゴー、フゴー」
別に「お願い」したくはないのですが、真っ青になった魔術師――ナタリーが「よろしく」なんて言うのを見たら、つい口から出ていました。
鼻息を荒くするオークのフランが怖いです。
「あっ、フラン。……言っておくが、我の連れだから食ってはならんぞ?」
「分かってるブヒ。ミカからはいい匂いがして堪らないブヒ」
「…………」
イヴさまは、フランの側により小声で語りかけた。絵面は小肥りのおばちゃんに話かける子供です。話すのは小声なのですが、ほとんど聞こえてしまいました。フランは私を食う気、マンマンな気がしますよ。
フランのくつろいだ様子からか、広場ではいつもの集落の営みに戻っていた。イヴさまはフランと話を続けていて、私は手持ちぶさたで少し寂しかったのですが、数人のオークの娘達が、食べ物をのせた大きな葉っぱを携えてきた。
「よかったら、どうぞブヒ」
「ありがとう。いただきます」
オーク娘といっても、私と背丈は変わらなく、集落では一番低いみたいです。フランとの対比的に、たぶん子供ではないでしょうか。そう言う私も未成年でしたね。
彼女達が私によってきたので、ナタリーは逃げるように退きました。オーク娘から葉っぱを受け取って、せっかくだから、一緒に食べようとナタリーに歩みよりました。
「ナタリーさん、一緒に食べよう」
私が移動するとオーク娘もついてくる。ナタリーにも食べ物を分けてあげると、オーク娘達がガックリと、しょげてしまった。
もらった物は、塩味がついた蒸し肉のようです。香草と蒸したものなのか、その香りが特徴的でした。お礼に何かないかとカバンを探ると、ろくな物がなくて非常食に用意した数切れの干し肉をオーク娘にあげると、一人が引ったくり他の娘と揉み合いになってしまいました。もっと用意しておけば良かったですね。
「ミカ。野営地のリューゼと合流するか。オーク達からいろいろ聞けた」
「そうですね。少し寄り道が過ぎました」
「よかった……いつ野営地に行くのかヒヤヒヤしてました」
「イヴ。早く帰ってくるブヒ。宴の用意をして待ってるブヒ」
イヴさまは手を振ってフランに答え、ナタリーと私は、もと来た時と同じにイヴさまにまとわる体勢で飛び立った。
野営地のほうへ飛ぶと、樹冠を揺らしてるところが目に入った。なんだろうとイヴさまが、その辺りを旋回して確認している。
「待ちきれずにリューゼが来てしまったようだ。剣士娘もいるな」
「……こらえ性がなくて、すみません」
私はリューゼを躾たことはないけれど。
「この辺りは開けたところがないが、……無理やり着地するか」
「えっ?」
大丈夫か問いかける間もなく、イヴさまは樹冠の下へ突き抜けてしまった。
枝葉を抜けると辺りが暗くなって前後不覚になりましたが、すぐにぼんやりと明るくなりました。魔法の灯りのようで、知らないうちにイヴさまかナタリーが唱えたのでしょう。
「ミカ! さま。無事か?」
「大丈夫だよ。どうしてこんなところに?」
「あんまり遅いし、ひとところに留まっているのを感じたから何かあったと思って来たんだ」
「ごめん、オークの集落があったから寄っていた」
「……オーク?」
「ああ、知り合いのオークの集落だ。心配ない」
「ああ、そうだったのか――ミカ、イヴ、魔物だ」
「……アリか。取りあえず、片付けてオーク村に戻る」
「応っ!」
えええっ? また村に戻るのですか。許してください。
イヴさまとリューゼが、近寄る体長がメートル級のアリ三匹をあっと言う間に倒し、合流したリューゼと剣士娘を含めた私達四人をぶら下げて、イヴさまが飛び立ちオークの集落へ引き返しました。
舞い戻った集落で、私達は情報交換をしました。リューゼによると、ウサギの魔物が森からあふれ、森では見かけないこと。代わりに森の中では、かなりのアリがいて、魔物の死骸を見かけないとのことでした。
「アリに洗いざらい魔物などの死骸は片付けられていたな。かなりの数のアリが徘徊している。あの大きさだと大牙蟻か?」
「そうだな。樹海の奥ではハチが巨大な巣を造っていた。近寄れなかったが恐らく獄殺蜂だろう」
イヴさまも、オーク達がアリに追われ、森の外縁に集落を移したこと、樹海の奥深くでハチが巨大な巣を造っていることを話した。
「一旦、王都の探索者協会へ報せに戻る。リューゼはここで休んでいよ。クランスルの二人はどうする?」
「討伐には参加できそうにありませんが、残って何かお手伝いします」
剣士娘――ノーラが気丈に答え、魔術師ナタリーも首肯いた。
「王都かクランスルに戻らなくてよいのか?」
「どちらに行っても、皆と共に討伐に駆り出されると思いますから」
「そうか。そうだな。ミカ、帰るぞ」
「えっ、私も残ります。イヴさ……イヴ、私も討伐のお手伝いをしますので協会への報告はお願いします」
「バカなことを言うな。こんなところに、そなたを残してはおけぬ」
「こんなところとはひどいブヒ。イヴがいなくてもミカは大切に可愛がるブヒ」
話し合いの場に寄って来たフランは、またフゴー、フゴーと鼻息を荒くしている。
「紹介する。族長のフランドンだ。ミカをお前に預けておけるか。ミカ、明日は学……用事があるだろう。この機会を逃すとしばらく帰れなくなるぞ」
リューゼと剣士娘――ノーラがフランと自己紹介を交わす。
明日の学園か……欠席を母上に知られるのは怖いが、協会の強制参加になりそうな案件なので、こちらが優先でしょう。……何より、めったにないイベントに参加しないなんて、なんで探索者やってんだって事でしょう。
「では、強制参加に駆り出されて、たぶん欠席になると伝言をお願いします」
「……そなた青銅級であろう。強制参加には駆り出されないぞ」
「えっ? ……そんなぁ……まさかそんな罠が」
「……あっ、私達は上がったばかりの黒鉄級で除外されるかも知れないですが、地元のことなので自主参加します」
ぐるんとクランスルの二人に視線を向けると、聞いてもいないのに、ナタリーが説明してくれて助かりました。伝令役だしね、そんなのは一人前でも一番下っぱがするよね……そうか、黒鉄級なのか二人とも。私はイヴさまに(仮)永久就職したし、別にもう学園は良いかな。
「分かりました。私も自主参加するので欠席すると伝言をお願いします」
「……分かった。リューゼ、しばらくミカを頼む。ミカ、渡すものがある」
イヴさまは、「空間収納」から色々と出して私の魔法鞄に放りこんだ。と言っても、イヴさまが私のカバンに手を入れているだけにしか見えないので、後で魔法鞄の中を確認しましょう。
イヴさまは、報告に王都へ飛び立ちました。十メートルほど上昇して水平飛行に移ると急加速して飛びさるとドーンと音がしました。
カバンの中を確認すると、天幕や毛布、保存食など野営に使うものをいれてくれたようです。あと、護身用のナイフと魔導書もいくつかありました。
魔導書です。恋い焦がれた魔導書です。学園では辛うじて取得している水魔法の魔導書については見せてもらえましたが、他の魔導書は、男には必要ないと閲覧させてもらえませんでした。
煮炊きしているオークもいるので昼食にするのかも知れません。私は、フランの小屋へ行って空いている場所を聞き、天幕をたてる許可をもらおうとしましたが、この小屋に泊まればいいとフランに言われてしまいました。天幕をたてれば、人目を気にせずこもって魔導書を読みふけられたのに。天幕の設営については、イヴさまが戻られてから相談すればいいですか。
「リューゼ、イヴが保存食をいくらか置いてくれたので、少し食べる? クランスルの二人もどうですか」
「私達は、大丈夫です。ありがとうございます」
「あたしは、少しもらおうか」
保存食をリューゼと分けあって食べたあと、集落を見て回ったりして、空腹と無聊を慰めていましたが、なぜかリューゼやクランスルの二人も一緒にフランの小屋へ連れていかれました。
「さあ、お昼を食べるブヒ」
お昼をごちそうしてくれるようです。ありがたいのですが、私の座るところがフランのひざの上なのは、なぜでしょう。またしても助けてくれないリューゼは、すましていますが口角が微妙に上がっていてムカつきます。イヴさまが私を頼むと言ってましたよね?
◆(エセ)三人称になります。
イヴは、無詠唱で「飛跳」を発動させて飛び立った。少し上昇して水平飛行に移るとあらん限りの魔素で練り上げた「飛跳」を発する。
「やはり、全力はキツいな」
身体強化しているとはいえ、急加速がかなり体に負担がかかる。たちまち最高速度に達するとドーンと音をたててソニックブームを起こし音速を超える。眼下の樹冠は波立ち、あわてた鳥は気流に巻かれている。
程なく王都が視界に入り減速していくイヴに音がもどった。南門の近くに降り立つと入門待ちの列をものともせずに先頭に急ぐ。
「緊急だ。探索者協会の調査で火急の報せがある」
「はっ! お通りください」
青みがかった銀色のギルド証をイヴが示すと、門の守備兵は敬礼して門を通す。門を抜けると直ちに、速駆けで協会へとイヴは走った。イヴの後ろには砂ぼこりを残していく。
「緊急だ。クランスルの森に異常があり、ギルドマスターに報告がある」
探索者協会に着くとフロントカウンターでイヴが声をあげる。受け付けのものは、あわててイヴをカウンターの中に案内していく。
ギルドマスターの執務室に通されたイヴは、見知った事実を述べていく。樹海の奥の巨大なハチの巣、樹海にあふれるアリ達、アリに追い立てられ魔物が森からあふれてクランスルが被害を被ったこと。
そして、森の奥で暮らしていたオークが追われて、樹海の外縁に集落を移しており、クランスルの探索者二人とイヴのパーティー二人は、そこに残っていると伝えた。
「黒鉄級以上の探索者を召集して、討伐隊を編成し明日にでも出発、クランスル近くの野営地に駐屯して討伐に当たることを進言する。もちろん、クランスルや近隣の市の探索者も召集する」
「殿……イヴ様、お待ちください。緊急とは言えさすがに明日に、とは行きません。三日は必要です。近隣に周知させるにも時間がかかります。それに――」
「諸々の調整は協会に……そなた達の仕事だな。差しで口を許せ。では、報せたぞ」
イヴは伝え終えたとばかりに、ギルドマスターの前で踵を返した。
「あっ、イヴ様。どちらへ?」
「王国軍に頼みにゆく。そなたでは言い難くかろう。そうだ、商業、職人協会に物資の用意、運搬の協力を、……また余計な口出しであった。貴族学園にも寄らねばいけない……急がねば」
「イヴ様! 後でまた立ち寄りください」
聞こえたか聞こえなかったか、答えぬまま執務室を出で行くイヴをギルドマスターは見送った。
「誰か! イヴのギルド証を金剛鋼級に。パーティーメンバーは……黒鉄級に落ちた元青銀級のリューゼと――」
イヴの昇格を係に告げると、机上に協会員名簿を広げたギルドマスターは、イヴのパーティーメンバーを調べ始めた。
「――リューゼは青銀級に戻して問題ないな。あとは……どうして成り立ての青銅級がリーダーなんだ? 何かの間違いか……何度見直してもリーダーはミカという成人前の小娘だな。……仕方ない」
ギルドマスターは、リューゼを青銀級、ミカを黒鉄級に昇格させるよう、新たに指示した。
探索者の身上書に性別の項目はない。女がなるのが当然で、家に囲われて子作りしか能のない男が探索者になることは稀れだからだ。男と分かった場合は、特記事項に記されることもあるのだが、ミカの場合はその欄外に「ビーノ(男の子の略)」と落書きが書かれているのみで、ギルドマスターが判別できるはずもなかった。
イヴは、王国軍本部に飛び込み、守備兵の制止を物ともせず我が物顔で軍団長の執務室に入室した。クランスルの森の危機を軍団長に伝えて、探索者協会と協力して事に当たれと、協会と同じく半ば命令して頼んだ。
伝え終わると、またしても軍団長の制止に構わず王国軍本部をあとにすると次は、貴族学園へと急いだ。
「しまったな。学園への連絡は頼めば良かったのだ……いや、ミカエラの妻として、やはり直接伝えねばならぬか」
イヴは、ミカエラが不慮の事故や病で学園を休むと、でっち上げて貴族学園の学園長に説明する。
「エヴァンジェリナ殿下。では、ミカエラ様は、しばらく学園を休むかも知れないのですね?」
「そうだ。体調の戻り次第、学園に戻すことにしよう。それまで王宮に預かる」
「畏まりました。ミカエラ様をお大事に」
「うむ、感謝する。では妾はこれで……」
イヴは、相好をくずす学園長に見送られ園長室をあとにした。
「ふうー、やっと片付いた……。あとは……」
最大の難関を越えて、イヴはため息をついたが、やり残したことがまだあるとばかりに、駆け出した。
◇
王都内で用事をすませると、再び探索者協会にイヴは舞い戻った。先ほどのギルドマスターの声は「王族の耳」をもつイヴにちゃんと届いていた。
「イヴ様、新しいギルド証を用意しています。金剛鋼級に昇格です。パーティーの方の新しいギルド証はお預けします」
「なるほど。パーティーを組んだことで昇格させたか。今回の討伐で、功績を積んでしまうと神鋼級にされるかも知れぬ。……分かった。預かろう」
イヴは、受け付け嬢の差し出すギルド証を確認しながら呟いた。実力が備わっており、一匹狼で組むことのなかったパーティーを組んだことでイヴの昇格をギルドマスターは英断した。イヴは、己が青銀証を受け付け嬢に返却すると、残りのメンバーのギルド証を預かることを了承した。
「では、我は樹海のオーク村で待機するとギルドマスターに伝えてくれ」
「えっ?!」
(まさか、ミカエラを昇格させるとは……どうしたものか。困ったな)
驚く嬢に構わず、イヴは協会をあとにして、王都の南門へと急いだ。