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領主の子に転生したけど自由がほしい  作者: ペロリネッタ
2『クランスルの森』
7/16

(7)クランスルの森

 イヴから火魔法の礎地(そじ)を授けられたミカは、眠れぬ一夜を過ごした。翌朝、入浴、朝食と、イヴと過ごしたミカは、宮を辞する段になって母に召されて、お小言を頂いた。


(6.0k)



 私がイヴさまを籠絡(ろうらく)したなどと、おこがましい。イヴさまが陛下から婚姻がどうとか催促され、腐って協会(ギルド)酒場で酒を(あお)っているところへ、探索者(リューゼ)(わたし)を連れて現れたのを幸いと、子種の提供者に選んだ程度のことでしょう。話を詰めると私が親の決めた許婚者(いいなづけ)だと分かっただけのこと。


 ましてや、アースノル家伝来の房中術を用いてイヴさまを(とりこ)にせよ、などと私には役が勝ちすぎです。イヴさまにお子が授かるのをお手伝いする寝所では、天井の染みだか木目だかを数えているだけです。


 とは言え、夕べなどは、天蓋の天井が白塗りされており染みひとつ無くて、イヴさまを見つめていたら、目をつむれと(たしな)められましたが。


 母上の部屋から逃げるようにイヴさまの待つ客室に戻ります。母上とも、しばらく会わなくて済みそうです。



 部屋に戻るとリューゼも戻ってきていて、イヴさまと話しこんでいました。


「お待たせしました、イヴさま。協会ギルドに参りましょう」


「ん? まず学園に戻るのではないのか?」


「ああ、時間がもったいないので協会に直接行きます。仕事を片付けてから学園に戻れば問題ありません」


「そうか」とソファーから腰をあげたイヴさまを制して、この場で着替えようと私は服を脱ぎ始めました。こんなこともあろうかと魔法鞄に仕事服を入れていたのです。


「ミカエラ。な、なにを? ……」


「この格好ではお仕事ができませんので」


 イヴさまはギロっと目を剥いてこちらを見ていました。リューゼはニタニタ、私を見ています。


「そ、そなたは(つつし)みをだな……そちらの衝立の向こうへ行って――」


「待て、イヴ」


「ん。なんだ?」


「部屋には、あたし達しかいないんだ。構わないだろ?」


「いや……うむ……」


「考えるな。ミカの見どころを見逃すな」


 あら、また失敗しましたでしょうか? もうすべてを曝しているので構わないと思っていましたが、恥じらいをみせない古女房然としていては百年の恋も冷めると言うものですね。


 それからリューゼ、見せつけるためにストリップしてるんじゃあないからね? あっ、大事なことを思い出しました。


「イヴさま、私に合う胸帯(むねおび)はありませんか? 擦れて痛いのです」


「……うむ。少し待て」


「早くお願いします。胸帯がないと裸のままでいなければなりません」


「す、すぐ持ってくる」


 私はお願いしてから、これはリューゼの仕事だったかと気付きました。イヴさまは疑問ももたずに探しにいかれたので、いいのかな。ニヤニヤしたままのリューゼの替えの服や防具は、腹いせに部屋にぶちまけました。


「ミカエラ、いくつか持って来たぞ」


「ありがとうございます、イヴさま」


 息を切らせてイヴさまが、胸帯を抱えて来てくれました。中から私の胸に合うものを選んで着けました。胸帯は押さえつけるだけで留めるので、膨らみかけた胸には痛いです。伸縮する繊維でスポーツブラのようなものを誰か発明してほしいです。


 私の着替える横で、イヴさまも空間から衣装や武具を出し入れして着替えていました。私は手早く戦闘用のローブをまとうと、イヴさまのお召しかえをお手伝いしました。お胸がしぼんだせいで胸甲の(おお)う面積が増えた印象です。リューゼはすでに着替え終わっていました。



 お城から(くだ)る時には、特に守備兵たちにはとがめられず、無事門を出ました。イヴさまが一緒なので当然ですね。


 上町と下町の中ほどの探索者(ハンター)協会(ギルド)に着くと、二人の探索者が入り口近くでたむろしていました。まだ駆け出しの印象がある剣士と魔法使いの(いで)立ちの探索者です。


 二人はじっとこちらを伺っています。私達は気にしない風に二人の前をすり抜けていきました。リューゼは、その二人からちゃんと私をガードしてくれています。


 協会のフロアは、すでに閑散として探索者達はまばらです。今日は、受け付けカウンターにマルティーさんがいなかったので、そちらへ挨拶(あいさつ)に回らず、依頼の掲示板に直行しました。


「イヴさま、今日はどういたしましょう。近場で採集がてらに魔物討伐する、いつもの行程でいいでしょうか?」


「そうだな……いや、待て。南西のほうに樹海があるのだが、そちら辺りに魔物が増えているようだ」


「南西ですか?」


「うむ。クランスル市への続く街道近くの森だ。黒鉄級(アイアン)で調査と必要であれば討伐する依頼が出されている。しかし……」


「……クランスルの森か。少し遠い。速駆(はやが)けしても一刻(約二時間)ほどかかるな。どうする、ミカ……さま」


「そうだったな。外ではミカと呼ばねば。ミカも(われ)を敬称なしで呼ぶのだぞ。で、どうする、ミカ?」


「私は速駆けができません。イヴ……私の疾走では現地着にどれくらいかかると思われますか?」


「二刻半は優にかかるな……いや、時間は気にするな。なんとかする。ミカが可否を決めればよい」


「では……やってみたいです」


「よし、決まった。リューゼも構わぬな」


「もちろん。あたしは、ミカの護衛だぞ。で、どうやって――」


「あの! ――」


 話が依頼請けにまとまったところで、少し離れて私たちを伺っていた先ほどの二人が声をかけてきた。


「――皆さんの話が聞こえました。クランスルの森の調査に向かうのですか?」


「……それが何か?」


 イヴさまを伺うと(うなず)かれ、対応は任せてもらえるようなので、私が二人の問いかけに答えました。


 二人の話を聞くとクランスルの森から魔物があふれる兆候を協会(ギルド)王都支店に報せ、対応を頼みに来たのが、クランスル所属の彼女たちなのだと言い、(くだん)の調査を請けるなら同行させてほしいと頼んできた。


「同行は構わないですが。……イヴ、私たちの移動に彼女らが付いてこれそう?」


 イヴさまを伺うと、二人の願いに反意をお持ちでないようで、彼女たちの同行を承諾しました。しかし、「なんとかする」と言う移動手段がどんなものか分からず、初対面の二人の前でもあり、欠礼してタメ口でイヴさまに訊きました。


「お前たちが、速駆けできるなら付いてこれる」


 剣士の娘――ノーラが「私はできます……」と言って、もう一人のほうを見ると、魔術師の娘――ナタリーはかぶりを振った。うん、できないよね。普通できないよ、魔術師は……と思って共感していたら、イヴさまが。


「お前は、風魔法を使えぬか? 使えるならなんとかなるぞ」


 あ、あれ~? 風魔法があればなんとかなるのか……。そう言えば、どこかで風魔法の変な使い方を聞いたような……。すぐそこまで出てきているのに思い出せません。


「申し訳なく。火魔法しか使えません」


「イヴ、なんとかするとは風魔法なのですか? 私も使えないので、ダメです」


「ミカ、そなたは(われ)がなんとかすると言ったではないか。大丈夫だ。火魔法のお前は担いで飛ぶか……」


 なんか嫌な言葉が耳に刺さりました。……そうです。昨夜、イヴさまが飛ぶとか言っていました。風魔法は好きじゃないとも言っていませんでしたか?


「「…………」」


 火魔法の彼女と私は、黙ってしまいました。



 イヴさまは、クランスルの調査依頼を請ける手続きとクランスルの探索者二人と同行の申告を済ませると、協会の小部屋を借りる(むね)を伝えた。ノーラとナタリーの二人はフロントフロアに待機してもらっています。


 私達パーティーは、十人が座れる円卓の据えられた小会議室にイヴさまの(みちび)きで移りました。そこは、フロントで断れば協会の者なら誰でも使える、密談のできる部屋です。


「ミカエラ、時間が無い。すぐ済まそう――」


 ああ……なんとかするとは、やはり礎地の授受だったのですね。こんなところで風魔法をやっつけるとか、できるのでしょうか。


「――ゆくぞ!」


 言葉で勢いをつける必要はあるのでしょうか。イヴさまと私は、(いだ)きあい激しく唇を吸いついて接吻(バーチョ)を交わしました。


 ものの数分と思われる時で、風魔法を授けられ、私の胸がまた一段膨らみました。汗がにじみ頭がくらくらして、少し横になりたいです。


 すぐさま協会のフロントフロアに戻り、クランスルの二人と一緒に協会を出て、都の南外壁門を目指しました。私に合わせた早足です。


 道すがらイヴさまから移動に使う「飛跳」魔法の手解きを受けました。それは長大な呪文で、頭もまだくらくらしていて、とても出門までに覚えられそうにはありません。


 滞りなく都の外に出ると、物理防御と思われる魔法を付与された私は、イヴさまに背中を預けました。火魔法の娘はイヴさまに背負われています。携えていた杖は、彼女共々、魔法鞄に収めています。


「リューゼも掴まるか?」


「いや。鍛練がてら走ってゆく。合流は森近くの野営地でいいな?」


「そうしよう。では、向こうで会おう」


 リューゼが言うと同時に(またた)く光が体に発し、砂ぼこりを街道に残しながら弾丸のように走って行きます。剣士の娘も同様に体を光らせて、リューゼを追いかけていきました。体が光ったのは、速駆けのスキルか身体強化の現象なのでしょう。


「火魔法の娘、振り落とされぬように」


 私はお腹に回されたイヴさまの腕にしがみつくと、イヴさまの詠唱が始まりました。速い!! それは、とてつもなく高速なもので、前世の録音機(テープレコーダ)を早送り再生したようで音声は変調していないものでした。とても人の口で唱えられたものとは思えません。


「飛跳」の発動句と共に加速度が体を襲うと、斜め前方に飛び上がっていきました。思ったほど空気の抵抗を感じないのは「防護付与(エンチャント)」のお陰でしょう。


 背中のほうからは、火魔法の娘の驚きの声が(かす)かに聞こえたので、防護付与の恩恵がなかったのかも知れません。


 数十メートルほど上昇すると「水平に飛ぶ。掴まれ」とイヴさまが声をかけて、再び「飛跳」を発動させます。水平飛行に移行し始めると、しばらくは緩やかに上昇モーメントが残ったので、この「飛跳」魔法は飛行魔法と言うよりは跳躍魔法なのだと言えると思いました。


 自在に飛ぶのではなく、まさに一方向に跳ねるように飛ぶもので、方向変換などには改めて魔法をかけ直すことが必要です。飛行機と同じで、飛び立ち以上に着地時に最大の覚悟をしないといけませんね。

 繰り返し唱えないといけないので、イヴさまの印象が良くないのは納得です。



 街道沿いに飛び続けて、すぐに砂ぼこりを曳く縦に並んだ二つの線に追いつきました。リューゼ、走りを少し緩めて剣士さんと横に並んで走ってあげたら良いのに。


「二人とも問題なく走れているな。我らは先にゆき樹海の下見でもするか」


「はい。そうしましょう」


 街道なりにしばらく飛び続けると、西に伸びる道が南へと方向を変え、私たちとは離れていきます。そこからイヴさまが呪文を重ねて再び上昇に転じ、ぐんぐんと速さと高さを増して、私たちが雲をつかめるかと言うところまで来ると水平飛行へ戻りました。


 眼下は物の精細さが失われ、刈り取られた麦畑と森のコントラストしか分からなくなっています。


 ここまでの飛行中、イヴさまのかみ砕くような詠唱に私が復唱する詠唱研さんを続けていて、なんとか覚えられた気はしますが、高速詠唱ができずに今の間延びした詠唱のままでは全く使えません。方向変換、加速、減速に瞬時とも言える速さで唱えなければ、ステアリングもアクセル、ブレーキもない自動車に乗るようなものです。


 いや、突発的なことなどなければ、失速しない超徐行飛行で先読み詠唱すれば、なんとか……。ただ今は、詠唱練度を高めるしかありません。「なんとか」なるのは、かなり先です。



「こ、これは……」


「あれは、なんでしょう。樹海のただ中にハゲ山のような場所がポッカリと……」


 はるか彼方の青く(かす)む山脈を背に樹海が凹凸(おうとつ)のある緑の絨毯(じゅうたん)のように広がっている中、まさに擦れて()げてしまったところがある。


「まずい。哨戒するハチがこちらに気づいた。遠まきに周回してみる」


「ハチ?! 大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。巣に近づかせないよう威嚇(いかく)してきているだけで、不必要に近づかなければ……」


 下げていた高度と速度を上げて樹冠に突き出た不毛の山の周りをぐるりと巡ります。確かにハチに築かれた巣に似た、まだらの縞模様が山の表面に見られました。


 地中に営巣するハチの巣が、地上に突出しているのは、防衛的にまずいと思います。その巨大な巣には、一体いくらのハチがいるのでしょうか。巣上の門番ハチと巣の大きさを対比すると、百匹単位ですまないのは分かります。おそらく……千匹を超えると思いました。



「あの……ハチに追尾されております!」


「何? 追いかけてくるほどに(いか)っているとは。野営地に合流しよう。ちょうど時間もいい頃だろう」


 私から後方は確認できず、イヴさまの背中の娘が追尾を続けるハチに気づいたようです。どうやら予想を超える執拗(しつよう)なハチの威嚇追尾に、イヴさまは偵察を切り上げて、大きく迂回し野営地へ向かって飛びました。



 ◆(エセ)三人称になります。



 リューゼは目的地である野営地に近づき、速駆けを緩めた。追従(ついじゅう)する剣士がリューゼと並ぶ。


(留まっていた樹海の奥から、こちらに向かって来たな……)


 右に繁る森の彼方を見ながら走っていたリューゼが、前に視線を戻す。


「もうすぐ野営地に着きます」


「ああ、そうだな……」


 並び走る剣士に答え、なんとなしに左に広がる麦畑を眺めたリューゼは、さらに疾走を緩め、ついに早歩きとなる。麦は刈り取られ、畑は切り株と地面を晒している。


「野営地はまだ先です。どうしました?」


 剣士の問いにリューゼは、麦畑の先を指し示した。そちらには、転げまわるような人影があった。


「人が魔物に襲われているかも知れません」


 言うや、剣士は駆け出した。ため息をひとつ()いて、今度はリューゼが剣士に追従(ついじゅう)した。



 剣士は駆けながら片手小剣(ショートソード)を抜き、横たわった農婦にまとわるウサギの魔物に斬りつけた。剣士に気付いたウサギは剣士に向かって跳ねる。交差の瞬間、振り下ろした剣がウサギの頭を捉えたかにみえたが、わずかに浅い。ウサギの素晴らしい跳躍力に剣筋を誤った。


 ならばと剣士はウサギの軌道から身をかわし、追いすがって返す刀で後ろから斬り上げる。振り抜いた切っ先が胴体を捉え、ウサギを跳ね上げる。


 体勢を崩し姿勢を戻そうと脚を跳ねてあがくウサギを、駆けつけたリューゼの一閃が襲い、頭を割った。リューゼの剣速を受けて地面に叩きつけられたウサギは一度二度、バウンドして地に転がり立ち上がることはなかった。


「お見事です!」


「いや、お前が弱らせていたのだろ? そちらの農婦は?」


「いえ……」


「そうか……」


 聞かれた剣士は、(かぶり)を振る。駆けつけた時には、すでに農婦は身じろぎしていなかった。見るからに粗末な衣服で幼く、農婦と言うよりは浮浪児と呼ぶのがふさわしい。


 リューゼは、横たわる動かぬものから目を反らすと剣士に向き直る。


「どうする?」


 リューゼは言外に娘の亡骸を、どうするかと聞いた。聞かれた剣士は言葉につまり、また(かぶり)を振る。


「今は、野営地に急ぎましょう」


「……そうだな」


 二人は、横たわる娘の側を静かに離れ、ゆっくりと走り出し、やがて街道に戻って再び野営地を目指して進む。


「探索者ランク」について

ウッド級 :初登録の初心者

青銅級(ブロンズ)/銅色 :駆け出し~一人前

黒鉄級(アイアン)/黒い銀色:一人前~ベテラン(ボリューム層)

青銀級(ミスリル)/薄青い銀色:ベテラン~国家レベル

金剛鋼級(アダマント)/緑の銀色:大陸レベル(竜退者とか)


神鋼級(オリカルコン)/金色:空位



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