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(4)婚約のあいさつ

 探索者で貴族のイヴと合意して仮りそめの婚約を交わした。ギルド依頼の工房掃除をしていると工房主エリサに男とバレてしまった上、製品を「損傷」させてしまい、あえて恥辱コスプレを甘受する。

 学園で受け取った実家の便りに記された事実に驚嘆した。


 ※『妊娠』をほのめかす描写、『GL・ガールズラブ』らしき描写あり。

 ※「(しとね)」……(とこ)、寝台。いわゆるベッド。

 ※「(ねや)」……寝所、寝室。


(5,6k)


 呆然とお昼を頂きました。砂のような味でした。食後のお茶を頂きながら心落ち着けて今宵、婚約の顔合わせをどう乗りきるか考えました。



 学園前に絢爛けんらんたる馬車が停まる。中から颯爽さっそうとイヴさまが現れました。金の刺繍が施された真っ白な貴族服をまとって輝くプラチナの髪は結い上げられています。みすぼらしい私とは大違いです。


「ミカエラ、待たせた」


「あの……イヴ様はもしかしてエヴァンジェリナ姫様なのでしょうか?」


「水くさい、わらわとの仲ではないか。イヴで良いぞ」


 やっぱり………私はその場に突っ伏した。いえ、私の衣装など汚しても惜しくありません。それなりの、学園で着ているものと大差ないドレス、よそ行きとは言え質素な一張羅ですから。


 何ですか? 水くさいってオシッコとかかってます? いや、かけたのは確かですが。そんなに仲が良かった気はしないですが? もしかして、過去の過ちを責められているのでしょうか?


「さて、行くか」


 茫然とする私をイヴ様は抱え起こし、馬車にエスコートして頂きました。リューゼも付いてきています。


「イヴ様、どちらへ」


「母上に挨拶しにゆく」


 正気を取り戻した私は確認しました。いえ、聞かなくても分かっています。どこか遠く行くのだと妄想したかっただけなのです。


「母上とは、女王陛下でありますか? 王宮に向かっているのですか?」


「まあ、そうなるかな」


 イヴ様も緊張されているのでしょうか? 言葉少なです。さして言葉を交わすことなく、馬車は宮殿に入りました。



 姫様は、宮殿の奥へと奥へとお構い無しに突き進んで行きます。私はふかふかの絨毯じゅうたんの上をふわふわする足許で、付いてゆくのに精一杯で、どこをどう歩いたか定かでない内に、気付くと王族の居室と思われる部屋までたどり着いてしまいました。


「エヴァンジェリナ、まかりこしました」


 侍従に導かれ部屋の中に入ると、夕焼けに染まる空を映す窓近くのソファーに寝そべりオットマンに足を投げ出す女性がいる。女王陛下でしょう。陛下は男性に膝枕状態でくつろいでいらっしゃいます。その男性が王婿おうせい殿下でしょう。


 姫様に付き従い、そのおそばに進み、ひざまずいて顔を伏せる。ここは最上級のカーテシーです。


「母上。婚約のご挨拶に罷りこしました。これなるは我が夫となりますミカエラ。アースノル子爵が子息にございます。良くご存知でしょう」


「お初に……いえ、久しく御目おめもじいたします。ミカエラ・フォン・アースノルにございます。エミーリア女王陛下におかれましては――」


「堅苦しい挨拶などいらぬぞ。ここは謁見の場ではない。よくぞ参られた、婿どの。久しいのぉ」


 と言うや、陛下が近より私を抱き起こしました。陛下も存外、足が軽かったようです。顔を近づけ見つめられて私の「幼き頃の面影」を思い出されています。私は食べられるかと思いました。


「ミカエラ。そなた、ちっこくて軽いのぅ。それではエヴァンジェリナの相手が務まらぬぞ? おもしとねで」


 私はどう返せば良いのか分からず、ひきつり笑いでいるしかありません。


「母上、心配さるな。それ、あれなる者をされよ」


 後ろに控えるリューゼを示して懐妊をあかしました。って、ま さ か。


「なんと、ミカエラ。そなた、既に子をなしておったとは」


「左様です。ねやではわらわが鳴かされるやも知れませんw」


「そうか。それはたくましいのぅ」


 ロイヤルジョークには付いていけまへん。それより、リューゼのお腹には赤子が? 誰の子? 私しかいませんorz。


「今宵は久しく留まるのであろうな?」


「はい。ひとつ、部屋を充てて戴ければ」


「であるか。用意はさせてある。晩餐ばんさんまで休むがよかろう」


 母娘の話が進む中、やっと再起動した私は義父となる王婿殿下へご挨拶に回りました。男はかくあれと言う御方です。にじみ出る優しさと落ち着きを備え、匂い立つ美貌に同性でもうっとりしてしまいます。


「よくぞいらっしゃいました、ミカエラ殿。エヴァンジェリナの父、アレッシアです。エヴァンジェリナの事よろしくお願いしますね?」


「御意、アレッシア殿下。若輩なれどエヴァンジェリナ殿下にとつぎましたれば全身全霊をって、お支えいたします」


 どうしてこの方がイヴ様のお父上なのでしょう。どうしてこの方のそばにおられたイヴ様が私を選ばれたか分かりません。きっとステーキは食べ飽きて、たまにはお茶漬けの気分だったに違いありません。


 ◇


 リューゼの妊娠は冗談にしか聞こえませんでした。それにリューゼ本人ならともかく、なぜイヴ様が暴露出来るのか不思議です。陛下はなぜ納得されたのでしょうか? リューゼは否定しないのも変です。二人が示し合わせて冗談を披露したに違いありません。


 晩餐まで充てられた部屋で休みます。休ませて頂きます。


「イヴ様、気分が優れません。休ませて頂けますか?」

「なんと残念な。こらえられぬか? 姉妹を紹介したいし母御も来られておるぞ」


「母が? どうして……あっ、内々ですが私の婚約披露でした、ね?」


「……仕方ない。そなたの活躍は妾から話そう」


「姫様! 大丈夫です。参ります。私の話は私がお話しますので」


「あぁ、そうであった。そなたは秘密があったのだな。良かった。危うくしゃべってしまうところであった」


「姫様……」


 姫様、うかつです。偽装婚約が台無しです。


「その……リューゼと子をなした話はダメか?」


「え?!」


「なんじゃ?」


「ご冗談ですよね、懐妊の話は?」


「いや、本当だが……話してはいけなかったか?」


「ダメです。姫様とのちぎりが初めてでないとまずいではないですか!」


「……そ、そうか?」


 ヤバい、母上に知られたりしたら……何から何まで全て話さないと説明出来ません。私はハングされる。


 ああ、どうやって……どこで姫様と知り合った事にすれば……いや、知り合っても婚約までこぎ着けた理由など思い浮かびません……。


「そなた、本当に顔色が優れぬな。残念じゃが休んでいよ。後は母上と巧くやるゆえ」


「……女王陛下!」


「なんじゃ、いきなり? 母上がどうした?」


「陛下はどこまで知っておいでです? 私の秘密は仰らないよう、お口止めはしておいでですか?」


「……ほぼ御存知じゃ。妾が申し上げた。大層喜んでおられたぞ……口止めは致しておらぬ」


 イヴ様はお口が軽くていらっしゃる。それは女王陛下のご気性を受け継がれたのでしょう。すなわち、陛下もお口が軽くて――。


「へ、陛下はどちらに? 母には話さぬようお口止めして頂きませんと」


「拙いな。母御と歓談してらっしゃるはずじゃ」


「どちらでしょうか? 直ちに参りましょう!」


 マズい、マズい、マズい。

 お願いします。お頼みします。

 天照大御神さま、月読命さま、須佐之男命さま、八百万の神よ。

 南無八幡大菩薩。

 南無大師遍照金剛。

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

 エィメ~ン。あっら~はくばる。涅槃ねはんにて待つ……ダメじゃん。

 インシャラ~……ダメ――ではないか。けせらせら~。



 私はイヴ様と、陛下の居室に飛び込んだ! しかし、すぐ回れ右して外に出て静かにドアを閉めた。中では陛下が母上を押し倒して、熱いバーチョを交わしていました……。終わった……何もかもが懐かしい。これが走馬灯か。タヒのう……。


 ダメだ、私はすぐに親になるのでした。私がしんでも皮すら残さない。生きてこそ、わが子をいだけるのです。まだ、首は身体とつながってます。

 

「そなた、戻って休め」


「大丈夫です。お気になさらず」


「じゃが、こんなところで突っ伏し寝転んでいては体に障る」


 いのです。絨毯の目を数えたい気分なので……。

 しばらくして入室を許され、再び居室に入ると顔を上気させた母上がいました。陛下はばつが悪そうです。


「ウォホン。急用か?」


「……はっ! 母上に内密のお話がございます。……のう、ミカエラ」


 ええっ! イヴ様からお話してください。陛下はイヴ様からお止め頂かないと困ります。……この裏切りもの。


「陛下と二人きりでお話があります。イヴ様が何かと私の事をお話したことで」


「そうか。それで?」


 チラチラ、母上を見て席を外してもらえるように視線で訴えたのですが……。


「心配せずともエレオノーラは知っておる。安心して話すが良い」


「母が知っている、とは? ……」


「側仕えが孕んだ事であろう? エレオノーラも喜んでおった」


 はい、ひとつ階段のぼりました。天国への階段じゃないですよ。陛下、だまされております。巧く話を合わせているだけなのです。母上は腹芸の達人でございますよ。


「勘違いなのです。冗談なのです。ねえ、イヴ様」


 キッときつめの眼差しでイヴ様に同意を求めました。


「そ、そうじゃな。冗談、たわむれでした、母上」


「何を言っておる。確かにあの者の腹に微かな命の波動を感じた」


 そうなのですか? なぜ納得されていたのか今分かりました。


 そこへイヴ様の姉上様――エリザベータ様の来訪が報らされ、部屋へと入ってこられた。私は、そっとそちらに目を移すと……見知ったかたでした。慌てて扇を広げ顔を隠します。


「母上、お久しゅうございます」


「よく来た、エリザベータ。そちらの……どうしたミカエラ?」


「……あれ? あなた、どこかで……ミカちゃん! どうしたの? こんなところでも、お仕事?」


 はい、またひとつ階段のぼりました。大人の階段じゃないよ? 扇に体を隠す勢いでちぢこまりましたが不審さが際立っただけでした。


「エ、エリザベータ姫殿下。お は つ に お目にかかります。ミカエラと申します」


「……ええっ?! イヴの相手ってミカ……ミカエラちゃんだったの!」


 エリサ様、「ちゃん」はやめてください。母上の瞳が一層きつくなった気がします。


「では折角の贈り物、どうしよう……」


「姉上! それは、あの?」


 エリサ様は、木製の小さな箱を携えていた。飾り彫りの施されている焦げ茶色の箱で、ニスが塗られたような光沢がある。7かけ10センチの四角で高さ5センチほどの大きさをしている。


「そう、あの夜のお薬。ミカエラちゃんが相手じゃ、イヴにあげられないかも。ミカエラちゃんは私が狙ってたのに……」


 エリサ様、しー、しー。誤解をうむ情報を母上に聞かせないでください。やっぱり私は狙われていたんですね?


「お願いします、姉上」


「しょうがないかな……」


「ありがとうございます」


 エリサ様が携えていた装飾された箱をイヴ様に手渡された。イヴ様が箱を開けると中に、あのチョコ玉子が入っていた。くぼみが付けられて八つのチョコ玉子が収まっている。


「あの、私も『チョコ玉子』を頂けませんか? エリザベータ様」


「『チョコ玉子』? その丸薬ギヤワの事? ミカちゃんが欲しいの?」


「ミカエラ。これは、そなたのために姉上に頼んでいた物なのだ」


「ああ、そうなのですね? ありがとうございます。今頂いて宜しいですか?」


「ダ、ダメじゃ。まだ早い。部屋に戻ってな――」


「そんな……。食事の後でもダメでしょうか? 先日、エリザベータ様のところで頂いてから、また食べたくて食べたくて――」


「「「えっ?!」」」


 えっ? 何かマズいですか?


「ダメですか? 私には、とてもお高くてあがなえないですし――」


「エ、エリザベータ。そなた――」


「姉上! どう言う事ですか?!」


「ご、誤解だ! 目を離した隙にミカエラちゃんが食べてしまったのだ」


「そ、それは、姉上の部屋へ行ったと? ……」


 なんか墓穴を掘ったような……。母上の目が尚一層厳しくなってるし。また、ひとつ階段のぼりました?


「違う。工房ラボで保管している物を隠れて食べて――」


「やはり、工房に連れ込んで、くんず解れつ――」


「連れ込みなどしない。掃除を頼んだところミカエラちゃんが――」


「あああっ!! エリザベータ様、何やらふしだらな衣装をお持ちとか?」


「ミカエラ。大声を出すでない。びっくりしたぞ」


 すみません、すみません。


「で、ふしだらな、どうした?」


の子にふしだらな服を着せてはずかしめ――」


「もう着なくていい。ごめんね。あれは封印する。封印するから勘弁して……」


 あれ? ……墓穴に墓穴を重ねて掘ってしまった? 母上の目が怖いです。


 ◇


 晩餐の準備が整うまで茶番劇を続けて、ふらふらになって、食事となった。


 支度が整う間際、陛下の末娘、イヴ様の妹姫が会食の席へといらっしゃる。その場はさっと静まりかえった。


 王婿殿下に良く似た茶色のブロンドで透き通る白い肌、赤みの瞳が愛らしい。華やかなエンジ色のドレスが似合っている。お人形のような姿に見惚れてしまう。


 って! 妹でしたよね? なんで男の装いなのです? 私もああなりたいと思った、ときめきを返せ! ……そう思っても彼女から目が離せない可愛らしさです。



「で、探索者になった事で、知らずにエヴァンジェリナと出会い、エリザベータの工房へも行ったのだな?」


「……はい」


「エレオノーラ。なんと立派な良いの子ではないか? 市井に下り労働して稼ぎ見聞を広めるのは、生なかには出来ぬ」


「……はい。お恥ずかしい限りです」


「護衛とした者が相手とは言え、既に子をなしたのじゃ。確かな種を持っておるのは心安かろう」


「……面目次第もございません。エヴァンジェリナ姫殿下に不肖ミカエラの純潔を捧げられませず、このエレオノーラの不徳の至りにございます」


 母上が平謝りです。もう領地には足を踏み入れられません。私の自立へのあがきは全て白日の下にさらされました。もう夜で日は沈んでしまいましたが……。階段はついにのぼりきり、私は母上に絞首ハングされます。穴という穴から牛の乳が出そうです。



 脂汗をかきながら晩餐を頂戴しました。お昼と同じく砂をかむ食事でした。食後、お茶を頂いていると、侍従を経てイヴ様からチョコレート――ギヤワの入った箱が渡されました。デザートですね? ありがたく一つを含み舌の上で転がします。芳醇な香りが鼻へと抜けて至福です。大ぶりの玉なので口内で転がすさまははしたないですが、チョコの誘惑には勝てません。


 晩餐の後も母上から特に叱責を頂かなかった事が尚の事、感動……いえ、勘当を想気させます。陛下と母上はお酒を酌み交わし旧交を温めるようで私の事など眼中にないのでしょう。


【キャラ】※過分にネタばれを含みます。また予告なく変更もされます。


◇ミカ(ミカエラ・フォン・アースノル)

 零小領主アースノル子爵の第五子。十四歳。成人後、婿入りの予定。婿入り先は未定。現在、貴族学園に在学。婿入りしなくても良いように探索者で自立を目指す。


◇リューゼ

 ミカが買ったドレイで、護衛兼探索者パーティーの前衛。獣人の雑種。ミカの(しょ)体験の相手(膜は破らず)。年齢不詳なれど三十歳くらい。

 

◇イヴ(エヴァンジェリナ・カル・ローディタリア)

 王家第二王女エヴァンジェリナ姫。二五歳。放蕩して探索者(ミスリル級)をしている。大概、単独で行動、一匹狼。身を固め子をなせとの女王の催促と自らの衰えを感じていたので、丁度良いミカから種を貰おうとするが、それなりの貴族と分かり偽りだと称して婚姻を断行する。火魔法。水魔法。雷魔法。風魔法。収納魔法。

 一般一人称「(われ)」、王族一人称「わらわ


◇エリサ

 王家第一王女エリザベータ姫。二十八歳。学者肌、研究者。錬金術師。土魔法。雷魔法。爆裂魔法。


◇クリス

 第三王女クリスティーナ姫。二十三歳。芸術家。雅びの人。男装。治癒魔法。


◇女王エミーリア・カル・ローディタリア

 一人称「()」。アラフォー(じゃないと辻褄があわないかな)

 若い頃はイヴ並み、あるいはそれ以上ブイブイいわせていたかも。気性の近いイヴを王位に継がせたい(秘めた想い)


王婿(おうせい)アレッシア(アレス)

 転生者(転移者)の疑いあり。


◇エレオノーラ

 アースノル領領主でミカエラの母。子爵位。女王の旧友。女王エミーリアの子と子の婚姻の約束を守るため、頑張って男の子を産みました。

 ◇

「わらわは、王位を継がねばならぬ。そなたとは、お別れだ」

「それでは、次代はお(そば)に添えるよう、()の子を産んでみせましょう」

「エレオノーラ!」

「エミーリアさま!」

 と言うような事があったとか、なかったとか。


◇マルティー:茶髪のギルド受付嬢


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