(3)いつわりの婚約
リューゼを護衛にして探索者登録。肩慣らしに魔物討伐の後、イヴと言う探索者に声をかけられた。
※「ボール」→「玉子」に変更しました。
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家元からの縁談話は今はなく、イヴ様との婚約、婚姻がなれば確かに気兼ねなく探索者を続けられる気はします。イヴ様にしてみれば、婚姻して家を興せば親元にも面目が立つし、子を授かれば私の好きにしても良いとまで言ってくれている。話が美味すぎます。
美味すぎで、変に勘ぐります。甘い言葉で、その先の落とし穴に誘われているような。しかし、こんな話は滅多な事ではない気がします。望むべくもない話が向こうからきているのです。
イヴ様の話は魅力的すぎます。婚約、婚姻は形だけで子をなしさえすれば、変わらず探索者は続けられると言うのです。
「次代の憂いがなくなれば、我を離縁すれば良い。子をなし貴族の責任を果たせば、意に沿わぬ相手と姻戚に留まる必要などないからな」
「……分かりました。宜しくお願い申し上げます」
伸るか反るか? 伸るでしょ! 甘い言葉で騙されて身ぐるみ剥がされた詐欺被害者に自分が重なります。でもイヴ様はそんな悪い人には見えません。私はイヴ様と握手を交わすと、掌には大金貨を握っていました! ……。リューゼは冷ややかに見つめています。
「そうか。家名爵位を教えてくれぬか? 速やかに報せねば親御も困るであろうゆえ」
「はい。私、アースノル子爵が第五子ミカエラと申します」
「おお! そなた、アースノルの。そうか、あの小さかったミカエラであったか。我は逃れた鞘に自ら戻ったのだな……」
「……ええっと」
例えはよく分かりませんが、イヴ様は私の知り合いでした。
十数年前に赤ん坊の私をお守りしてくださった事がある。おぼろ気な記憶をたどると……嫌な事を思い出しました。お世話をしてくれていた彼女にオシッコを引っかけたのです。
その節はすみません。でも原因はあなたですよ。真相を私が覚えているのは秘密です。
私達は婚約に合意して、あとの根回しはイヴ様にお委せした。さらにギルドで早速、新パーティーの申告をしておきます。ギルドは終日運営されているので処務は滞る事はないのです。受付けの人はマルティー嬢ではありませんでしたが。
次の週末の再会をイヴ様と約束してギルドで別れました。リューゼを連れて学園へ戻ります。
泥々の私達を見ていぶかる門衛に魔物討伐やドレイ購入の事を説明して学園に入れてもらえました。たぶんこの先、次々説明を繰り返す事になるでしょう。早く着替えないと、と学園寮の自室に急ぎます。
学園入門の説明でリューゼは護衛だとしましたが、学園内では側仕えに扮してもらうつもりです。弱小とはいえ領主の子には側仕えの部屋も用意された部屋が割り当てられているのでリューゼをかくまうには好都合なのです。
勿論、もともと私に側仕えなど付けられてはいないので備えられた無駄な部屋がやっと役立ちます。大部屋を維持するお代は領地から出ているので使わないと勿体ないですね。
「は~疲れた。リューゼ、となりの部屋を使ってね?」
「分かった」
リューゼをとなりの側仕えの部屋へ連れて行き、買った衣装や下着を出します。そうだ、傷の具合はどうかな? 酷かった拳のケバ立ちも収まっています。凄い治癒力です。念のため、魔法で体内を点検しておきましょう。
「□■■……洗浄」でリューゼを綺麗にしました。傷の事も考えると、お風呂はまだ早いでしょう。自分にも「洗浄」をかけて、今夜はさっさと眠ります。
◇
ある平日の午後、実技が早く片付いたので、勇んでギルドに向かいました。革鎧に着替えた護衛のリューゼも一緒です。
受付けのマルティー嬢が素材買い取りの清算が出来ていると教えてくれ、依頼の一つを勧めてきました。上町の研究室の掃除でした。
「お願いします、ミカさん。矢のような催促で失礼のない確かな方でないと送り出せません」
相手は上級貴族らしいですし、問題があれば信用問題になりそうですね。貴族の蓮っ葉ものでも私なら貴族同士の問題に収められるかも知れません。依頼を受けて研究室に急いで向かいます。
「掃除の依頼を受けました探索者のミカと申します」
部屋の奥からぬぼっと現れた女性は、資料や資材の山に遭難しているように見えました。「待ってました」と早速、依頼主の彼女から概要を聞いて取りかかります。
研究室とは錬金術師の工房で、ほぼ独りで切り盛りされでいるのがエリサ様です。ポニーテールが肩の辺りまで垂れた栗色のブロンドが美しい。髪の毛の扱いはイヴ様と似てかなり雑です。前髪を留めれば見良いと思い、クリップで留めて差しあげました 。緑がかった青い瞳が良く映えます。
資料をまとめていくつかの袋に入れて資材と一緒に魔法カバンに放りこみ、部屋を掃除していきました。水魔法の「洗浄」で一気にやりたいところですが、さすがに家具類を痛めるので出来ません。泡や霧状でチリを内包しながら除去できたら良いのですが。今度、呪文をいじってみますか。
初夏に差し掛かる時期で、汗をかきつつ作業していましたが段々と鬱陶しくて薄着になりました。魔法使いの鎧であるローブを脱いでいます。腕まくり裾まくりで作業していると研究室の工房主――エリサ様が凝視してきます。
「ミカくん。あなた……男?」
「な、なんの事でしょうか?」
「男でしょう!」
「よく言われますが、違います」
「違うなら、ちょ、ちょっとチェックさせて……」
終わりました。触られると男だとバレます。こんな時にリューゼはどこへ?
ダメです。もうお婿に嫁けません。と言うほどのチェックではありませんでしたが、男とはバレました。人に触られるとこそばゆくて、笑い過ぎて床に伏せました。掃除より疲れます。
「ミカくん、いえ、ミカちゃん。あなたを専属にします。あなたを指名依頼しますから、掃除の衣装は男の子らしくお願いね?」
専属ですか……ありがたいですが、良からぬ予想しか出来ません。上級貴族に逆らうほどの事ではないので従いますが。ニヨニヨ、欲に染まるエリサ様のほほ笑みは前世の欲ボケ中年を思わせます。ここへ通いつめると、きっと取り込まれますね。物理的に、肉体的に。
「良かったら衣装を用意するけど?」
「……分かりました。服はご心配なく。持参してこちらで着替えられますか?」
「あるけど、そこも整頓して掃除しないとダメだわ」
ズボンをはき女装して身を護っているのは理解されたようですが、ここ研究室では装いを戻さないといけなくなりました。なんですか、メイドに掃除させてグヘグヘって感じですか?
工房は、粗方片付いたけれど、まだかなり残っています。未分類の資料を出す場所を空けて、そこへ仮置きして今日のところは辞去しました。明日も続けてやらないとだけど、午後の実技次第なので未定です。ギルドに中間報告として報せて明日も行ければ続けて作業するとしました。
次の日、午後の実技が終ると普段着のドレスに着替えローブを被り研究室へ直行しました。いつもの探索者用の女衣装は念の為バッグに入れています。
「エリサ様、片付けはこんなところで宜しいですか?」
「宜しい宜しい。ミカちゃん、ありがとう」
「……慰労の抱擁は、まあ良いでしょう。お尻ナデナデするのは過剰です。ギルドに報告いたします」
「報告して困るのは誰かなぁ~」
くっ……ぐうの音も出ません。エリサ様が錬金術で作られた丸薬を私はこっそり食べてしまったのです。勿論断りもせず黙って。
さかのぼって、その日、研究室におもむくと既に空けたはずの作業台の側にズタ袋が積まれていました。錬金に使う資材だそうです。エリサ様は丸薬を作り上げていらっしゃいました。まんま、チョコ玉子です。
部屋に漂う香りもカカオの香りです。丸薬は焦げ茶色をしていてチョコレートそのものに見えます。それが何なのか聞きたいですが守秘義務に関わります。ぐっと我慢で掃除をしました。リューゼは役にたちません。外で剣を振ったり暇潰しをしてもらいます。
昨日の続きで片付けていきました。薬品や魔術具が保管されている部屋に入ると、先ほどのチョコ玉子――丸薬がお盆の上に並べられてありました。乾燥させているのでしょうか? 埃を避ける覆いをして部屋を掃除していきキレイにしました。
チョコのお盆にかけた覆いを片付けて、この部屋は終わりです。終わりですが知的探求心が丸薬を調べろと叫んでいます。焦げ茶色で光沢が悪いですが丸めたチョコレートに見えます。匂いを嗅ぐとチョコの香りです。一つ手に取り舐めてみました。味は微妙です。第一、味を感じません。舐めるくらいでは解けなくて味を感じないのでしょう。ここまで来たらかじるしかありません。
少しだけかじり取りました。ほのかな甘味を感じますが物凄くニガいです。でもチョコレートでした。たぶん、カカオ含有率が高いからでしょう。しばらく舌の上に留めていると、ゆっくり解けて口に広がり、鼻に抜ける香りはチョコレートです。荒々しいくも芳しい香りは若々しさを感じます。熟成や焙煎が均一じゃなく多くの香り成分が含まれているからこそ、深い香りを放ちもしてニガいのかも知れません。それに舌触りは粉っぽくて、まだまだ練りが甘いですね。
しまった! 欲望に負けて錬成品に手を付け、口を付け、破損させてしまいました。でも久々のチョコレートでした。悔いはありません。エリサ様から買い取らせて頂きましょう。一品ものじゃないので被害は少ないと思いたいのですが。
「エリサ様、申し訳ありません」
正直に錬成品を損傷させた事を告白して謝罪しました。
「いかほどお支払すれば宜しいでしょうか」
「お金には代えられません。代わりにコレを着てもらいましょう」
差し出されたのは、丈の短いドレスと下衣でした。なんと足が軽い。聞いていたエリサ様の話とは違って昨日の今日で衣装を揃えたようです。研究室に籠っているのじゃなかったのですか? いや応なく、受け取り着替えました。
ドロワーズは魅せる為のものです。シュミーズはレースで飾られて普通でしたがカットは胸が覗くほどきついです。ドレスはドロワーズの裾が見える短い丈で、私の年齢では隠す膝頭が見えるものでした。何より胸元と背中ががばっと開いて中身がまる見えです。これは屈辱です。世に聞く娼夫の恰好ですか? いくらなんでも、やり過ぎです。
「エリサ様。こんな恰好で人前には出られません」
『そう? 良いわ。ギルドに報告するから』
逃げ道は、なかったのでした。渋々エリサ様の前に姿を見せます。工房でいる分には問題ないです。街角に立って客を取れと言われたワケでもありません。これくらいの恥辱に堪えられず、男が探索者など出来ません。
「素晴らしい。そのまま、持ち帰って……それはダメだったな」
「あの、何か?」
「なんでもない……」
エリサ様のトラウマスイッチが入ったようでした。その後は、その姿で片付けを済ませ一応の依頼の達成をみました。しかし、週に一、二回の掃除の指名依頼をもらいます。専属なので。
リューゼ、なんであの時、止めてくれなかったの?
「ミカに別段、危害が加えられた訳ではない」
正論です。どうにも、私が右往左往しているところを傍観している節があります。
ギルドには達成報告と継続の依頼を受けた事を報せて学園の寮にもどります。寮で床に就きましたが、落ち着かなくその日はなかなか寝つけませんでした。
◆
その日、学園の管理部から手紙を受け取りました。家元からの便りです。昼食の配膳を待ちながら封を切り中身を確認します。家からの連絡など初めてで、マナーを破り隠すように読みました。
そこには、王家第二王女エヴァンジェリナ姫、通称放蕩姫との婚約が結ばれたのは本当か? と言うものでした。
意味が分かりません。確かに婚約の約束はしました。お相手は探索者のイヴ様です。どこがどう転んで、王女との婚約になるのか理解不能です。イヴ様が放蕩姫なの? 壁に控えるリューゼを呼び寄せて訊いてみます。探索者が長かったリューゼならイヴ様の素性を何かしら分かるかも。おっと、私も一応探索者ですが。
「まあ、その通りだ。一応秘密にはなっているが、イヴが王族と言うのは周知の秘密だ」
私はその場に突っ伏した……かったですが出来ないのでなんとか姿勢を保ちました。
どうして教えてくれないのさ。焚き火とかじゃなく紅蓮の炎に飛び込もうとしてる主を助けるのが護衛でしょう!
「あたしは、一夜の相手でも相手が相手だけに勧めたぞ。何よりミカ……様の為だ。イヴとの契りは何よりも力になる。それに……」
「それに、何?」
「……二人が婚姻すると面白い。イヴとパーティーを組めるし、ハーレム仲間が増えるw(エリサはもうひと推しだろうし)」
ぬわにぃ! 人が自由を求めてやまないのに、そんな事で警めなかったの?! 私の自由を返せ! 戻せ!
もうダメ。イヴ様との約束の時は今夕に迫っていました。