(2)リューゼとイヴ
貴族の子、ミカは学生の身ながら、探索者で自立を目指しています。護衛のドレイを見に行った先でトラブル発生。
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まさか、あの扉を破ってしまった? 木で出来ているとはいえ頑丈な扉を破壊しなければ、ここには来られません。身体中血が飛び散ったドレイ服の修羅は、肩を怒らせ悠然と立っていました。次の瞬間、残像を残しリューゼが消える。
「あがっ!」
「んんっ?!」
女は変な声をあげ吹き飛び、動かなくなりました。リューゼが素早く跳びかかり回し蹴りで私の上から退けたのです。その素晴らしい動きに驚嘆してしまいました。ともあれ、助かった。リューゼの痛々しい姿に涙がにじんできました。
「間に合った……か?」
「んん、んん……」
間に合いましたとも。早くほどいて。茶巾包みで身動きが出来ません。服が乱れホコリにまみれ、恥ずかし過ぎます。ほら、早く……眺めていないで、さぁ?
「……助けたんだし、報酬をもらおう……か?」
「んんっ? ん~ん~!」
「そうだな。口の詰め物を外すが大声は出すな?」
「……んん」と首肯いて口の詰め物を取ってもらいました。私の拘束は外してくれなさそうですね。
「あたしと契約する意志は変わらないか?」
「……ええ」
「そうか。お前、名前は?」
「ミカだよ。リューゼと契約したいのは変わらない。報酬と言うのは、やっぱり、その――」
「そうさ、ミカを喰いたい。だけど痛くはしない。良い話だろ?」
「そうだけど……あ、傷を治すね?」
私が触れられないのでリューゼに触れてもらい、治療呪文を唱える。水魔法系で治癒魔法には程遠い力しかありませんが、今は事足りると思います。ほころびた拳からは血の流れが止まったみたい。
話をしてリューゼと合意しました。リューゼがドレイで収監されたのは、私を欲する事からみても、やはり色ごと絡みだったそうです。探索者をしていた頃に暴行したとの濡れ衣を被りドレイに落とされたのだとか。暴行ではないけれど情交はしたと言うので、契約の約束は失敗だったかも知れません。
まあ、私は親に対して婿入りという最終面目を保ちつつ探索者をできるし、リューゼは私を貪れるというウイン・ウインが成り立つのでオール・ライです。……ですよね?
◇
オレは、零小領地持ちとは言え領主アースノル子爵の第五子として生まれた。オレは天寿を全うして人としての生を終えたが、再び新たな生を受けたのだ。成長するにしたがい、前世の記憶は薄れてきたが、この地は少し男女関係がおかしいと気が付いた。
母上が御当主であり、もっぱら政務で采を執っている。父上は庶務など裏方で領地を支えている。その事からも分かるように女系世界だ。
十歳になり王都の貴族学園に入った私は、厳しく貴族たるを学んだ。男なので女を支える術を叩きこまれる。今となっては、その事にそれほど抵抗は無いが、前世の記憶からはもう少し自由が無いのか? と思ってしまいます。
平民であれば、もっと自由だろうか? きっと反抗期ですね、私。この世界には魔法が存在し、人と獣人などの亜人が生活して妖精がいる。それらを魔物が脅かす、ここはファンタジーな世界なのです。ならば、もっと世界を見てみたいと焦がれるじゃないですか。
私は継嫡外の男なので爵位継承はされず、十五で成人すれば程なく縁談、婿入りが待っています。いわゆる政略婚姻です。それまでに、なんとか自立して封建的束縛から逃れよう……。
◇
リューゼに包まれて夢を見ていました。いや、古い記憶かも知れません。リューゼとは契約する事にしました。今はまだ、口約束ですが護衛には申し分ありません。
「目覚めたか、ミカ。お前は貴族さまか? 最高だよ」
「しりゃない。ひゃあくおきょして……」
リューゼから離れると、改めて頭と身体がしんしんとしびれているのを感じました。口も巧く回りません。バランスを崩してリューゼに掴まります。リューゼに支えてもらいドレイ商の女を確認します。まだ気絶したままのようですね。しんでいなくて良かった……。
「るーじぇ、このしと、おきょして」
リューゼに頼んで女を起こしてもらう。それは爪先で蹴飛ばして起こすものでした。何気にひどい。何度か蹴ると女が目を覚ましました。
辺りを見回して私達を認めると、女は慌てて飛び起き、ふらふらと出口に逃げます。女の歩くに任せ、私達もついて行きます。リューゼのいた部屋に差しかかると、粉砕された扉が目に入りました。よく扉を破れたものです。
リューゼを見ると彼女も元いた部屋を眺めていました。身体を支えてくれるリューゼですが、お尻を掴む必要はあるのでしょうか? まだ足許が覚束ないので言いませんが。
女は階段を上り、応接室を通りすぎ執務室と思われる部屋に入りました。机に取り付くと引き出しからナイフを取り出して掲げます。
「もう終わりだ。後悔させてやる」
意味が分からない。そっちが悪いんじゃないのかな? そのセリフ、そっくりそのままお返しします。
「さて、リューゼを譲って頂けますか? 出来ればひと月金貨一枚づつの返済だと、ありがたいのですが?」
「何をバカな。払いは一括に決まっている」
「そうですか。仕方がありません。事の次第を探索者ギルドと商人ギルドに報告しなければ」
「な、なんだと?!」
私は探索者ギルドから清掃の依頼でやって来ていたとデッチあげ、酷い対応にギルドへ改善を求める報告すると半ば脅したのです。
まあ、かなりのハッタリですけど、下見の対応で考えていた大筋とは違わないでしょう。
「リューゼ、この人を見張っていてね。ギルドに報せてきます」
やはり、そんなハッタリは女に効かず、交渉決裂しました。はなから不利な立場を悟らせず、さも有利なのはこちらだと鼓舞するように踵を返して私は歩きだしました。
「……待て、分かった。今回の事を謝罪する。報告は無しだ。それでいいな?」
「誠意が感じられません。あなたは、婿入り前の貴族の子に危害を加え辱しめようとしたのですよ。
私はミカエラ・フォン・アースノルと申します。上得意の貴族に話が広がると大変でしょうね?」
ここで名乗っても本人と証明できませんね。ドレイ商の女も確かめる術はありませんが、自分の行いを思い出したように青くなりました。女の握ったナイフが落ち、乾いた音を立てて床に転がりました。
「アースノル? アースノル領ご領主のご子息で?」
「ええ。母は、かしこくも女王陛下より、いかばかりか領地を賜っております」
本当にちんまい領地ですけどね。でも領地持ち貴族と名乗った事で信じてもらえたようです。さすがに女は折れて、誠意ある態度に改まり謝罪して、リューゼの対価を月割りにする約束を取り付けました。
「では、契約書を作り、取り交わしましょうか?」
上手くいきました。身分差で強引に、とはなりましたが、ちゃんとお支払いするのです。被害を受けて少しくらい割引きさせても良いくらいのところをです。強権で値引きさせた、なんて言われると私が悪者になるばかりか横暴だと貴族の悪評が広まってしまいます。
虎の子の金貨を一枚、ひと月めの支払いとして渡しドレイ商を後にしました。リューゼはドレイに落ちていますが、ドレイ商と主従契約はされていませんでした。契約の際に抵抗が著しく、弱ってから改めて契約で縛るつもりだったそうです。私も主従契約を結ぶつもりはありませんが、護衛関係でいる程度の契約を結ぼうと思います。そちらが、お安いでしょうから。
元は探索者だったそうだし、性的に満足していれば罪を犯す事は無いでしょう。私にも従ってくれると言ってくれました。身体が保つか心配だけど私を貪ってる間は……大丈夫だ、と思う事にします。
ギルドに帰って依頼達成を報せました。商人の失せ物探しの報告はそのままに、ドレイ商は下見したとして後日受託するとしました。ドレイ商はしばらくは、おとなしくなるだろうと一言付け加えます。
「ミカさん、報酬をお受取りください」
「ありがとうございます、マルティーさん。それから、こちらのリューゼの探索者登録をお願いします」
「はい。承ります」
二重になったような失せ物探しの本来の報酬を受け取り、リューゼを登録してもらいます。これで護衛がついて安心して依頼が増やせるでしょう。
「お帰りなさい、リューゼ様。クラスを落としてしまわれましたね」
「構わないさ。今の仲間は見習いだからな」
振り返りリューゼが私を見る。悪かったね、見習いで。リューゼは黒鉄のギルド証を受け取っている。黒鉄級の護衛とは贅沢ですね。これは、一つ上の青銅級の依頼が受けられるのではないでしょうか?
「ねえ、リューゼがいれば青銅級の依頼を受けられるよね?」
「そうさ。でも、基本ウッド級を受けて、片手間にブロンズ級の常時依頼を片付けるのさ……ご主人様」
ご主人呼びは慣れないだろうね。気持ちだけは受け取っておきます。「ミカで良いよ」と許可して名前で呼んでもらいましょう。
依頼について簡単に言えば、初心者の採取依頼を名目に森に入り、常時討伐依頼の魔物が襲ってきたとして討伐していくと言う抜け道です。
リューゼに最低限の武器防具、衣料品を買い与えました。護衛契約の媒体に与えたチョーカーに、契約魔法をかけてもらいました。学園に帰ろうとすると、常時依頼の名目で森へ行こうとリューゼが言いました。勘を取り戻したいらしいのです。
「さすがに時間が無いんじゃない? 傷の具合は悪いし」
「動けるなら動く方が早く治る」
やれやれ、私も稼ぎたいのはやまやまだけど、もう今日は色々あって疲れたよ。
リューゼは魔物を見つけては狩っていく。私はリューゼが弱らせた魔物にスタッフで一撃入れたり、水魔法で攻撃したりしてパワーレベリンクしていく。討伐した魔物や採集物は魔法バッグ行きです。
ここらの魔物はリューゼの敵ではありませんでした。ウサギ系の魔物の突撃を丸盾で軽くいなして刺突を加えます。体長がメートル級のウサギの体当たりはかなりの偉力にみえるけど、彼女は物ともしません。
森の浅いところでは現れない狼系の魔物が出現した時は胆を冷やしましたが、リューゼは難なくさばいています。それでも、爪がかすって切り傷を負いました。リューゼが仕留めたあと、私は駆け寄り治療しました。
「もう十分でしょう? 帰ろうよ」
「そうだな。身体が重くくなってきたし時間も無い」
日が傾き木々の隙間から光が射してきています。急ぎギルドに帰り、薬草の納品と素材の売却をしましょう。
「薬草十二束ですね。ポーション用とマジックポーション用と、促進剤に使えるものなど特殊な薬草もありますね……」
薬草は、締めて銀貨八枚です。薬学が役に立ち、高く引き取ってもらえました。ほぼお金が尽きてしまったので、これは非常にありがたい。一日の終わりでギルド内は探索者であふれかえっています。リューゼは私の後ろに立ち、周りを警戒していますが、それを良い事に終始私のお尻を点検するのはやめてほしいです。
「……素材は外を回って裏の解体倉庫へお願いします」
「ありがとう、マルティーさん」
素材の突撃ウサギ十三羽、フォレストウルフ一頭を解体場所へ出します。精算は後日になりますね。
学園に戻っても私には食事がありませんし、連れていくリューゼもなおさらで、ギルドに併設された酒場で夕食をとることにしました。酒場に入ると思っていたより皆さんは静かにお酒を酌み交わしていました。どちらかと言うとピリピリしている雰囲気です。カウンターでお酒を呷る人物を窺っています。
テーブル席は埋まってしまって、立ち呑みかカウンターしかありません。そのカウンターに陣取る軽装の騎士風の女性は一瞥をくれたまま、緑がかった青の瞳をこちらに向け続けています。銀の胸当てが特徴的な鎧姿であちこち裂けたマントを羽織りプラチナの長い髪は無造作に結って垂らしています。
座って食べたいので居心地が悪いのは我慢してカウンターの隅に腰かけ、料理を頼みました。リューゼも私を庇うように座ります。料理はゴロっと肉入りのシチューがメインに固パンですね。
料理を待っているところへ、件の騎士がリューゼの隣りに歩み寄って座ったようです。
「我はイヴ。青銀級の一匹狼だ。ものは相談なんだが……」
何やら囁くようにリューゼへ話しかけています。
「黒鉄級のリューゼ。高いぞ?」
「隣りのそれは、やはり男か?」
「そうだ。あたし専用だ、良いだろう」
なんか不穏な言葉が聞こえますが、シチューが来たので食事にしましょう。それから私をモノ扱いしてる気がしますが仕方ないです。確かに男だし、今はまだ護衛される立場でお荷物ですから。
「……いくらだ? 少し回せ」
リューゼは、思案して人差し指を立てています。騎士風の女――イヴさんは苦悶しています。
「高い! 二は無い。一つだ」
と言って、イヴさんは空間から大金貨を現せて手に取りました。驚きました、収納持ちの人です。大金貨です。初めて見ました。どうやら、人差し指に親指を含めてふたつとしていたようですね。
「そうか。なら決裂だな?」
リューゼは宙から現れた金貨に少し驚いた風でしたが、すぐに平静にもどってニタリと嗤い、私の頭を撫でました。そのドヤ顔はムカつきます。
「……分かった、二枚でも良い。いつが空いている?」
イヴさんは、もう一枚現してテーブルに大金貨を並べています。間近で見たいですがリューゼ越しで良く見えません。
「いつでも空いてる」
「あの~、さっきから何の話?」
食事の手を止め、二人に聞きます。
「このイヴが主とヤりたいそうだ」
「はあ?!」
「待て。主と言ったか? これはお前のご主人か? 首のチョーカーはドレイの証しなのか?」
「そうだ」とリューゼが答えると、イヴさんは私に向き直った。
「申し訳ない。我はイヴ。どうだろう、頼めないだろうか? 母が早く身を固めろ、子をなせとせっつくのでな。なんなら我をパーティーに入れてもらえば、きっと役に立つ」
「はじめまして、イヴさま。ミカと申します」
イヴ様は私に謝ったうえで、貴族のご息女らしく身を固めなくてはならなくなったと身の上を聞かせた。そこで手っ取り早く子をなすのに、見かけた私を選んだようだ。いくらなんでも無軌道過ぎませんか。私も身に爪される話ですが。またパーティーに加わって助けてもくれると言っています。
「申し訳ありません。私も婚姻を控えた身で貞操を捧げる事は出来ません」
「そなた、貴族か? 相手は決まって……は、いないな。決まっていては探索者など出来はしない」
「うぐっ!」その通りです。
「我と婚約はどうじゃ? 探索者をするからは、そなたも事情があるのであろう――」
「いまだ学生の身でありますが、私は探索者をして身を立てたいのです。ですがその内、縁談が舞い込むのではと慄いています」
「ならば我を選べば、探索者を続けられるぞ」
イヴ様の言う事には、偽って婚約、婚姻を結び探索者を続ければ良いと言い、彼女と婚姻するのだから純潔だとか貞操がどうとかを私は気にしなくて良くなる、と言うものでした。
リューゼとの話から、私が純潔を失い困っていると思ったでしょう。実際喪失したのですが、純潔の証――童貞膜は残っているので見た目は誤魔化せるので心配ないのですが。
イヴ様の探索者を目指した話も私と同じように貴族の道筋から反発した為だと教えてくれます。しかし、それもついに観念したと言うのです。魔力を放散しきれず子をなす以外に途がなく、今は胸に溜まる一方だと豊満な胸を揺らして見せました。
なるほど、開放的な胸当ては意味があったのですね。この世界は良かった。いくら女性の胸を凝視しても嫌がられるどころか、そんなに見て何が楽しいのか、ってスタンスなので。前世の記憶が、楽しいと教えるだけで、今は胸を見てもなんにも感じなくて悲しいです。せめてドキドキくらいしたら良かったのに。
「はち切れそうで大変ですね」
胸甲との隙間に手を入れて確かめさせて頂きました。もうポヨンポヨンでした。柔らかかったです。でも、ただそれだけでしかありませんorz。そんなやり取りの中、リューゼに私のお尻がつねられました。痛い。