(15)炎牙蟻との攻防
外界に続く広間に炎牙蟻のアリ玉が待ち受けていた。それを素通りするに忍びなく、唐突の女王討伐になった。
※本話には、流血、怪我の外科治療的シーンがあります。
「効を奏しない」※効果が発揮されない
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女王を倒すには、もう一手足りない気がします。なけなしの魔素を集めた「風雪」を発動させて、漂い舞う氷塵のモヤを吹き飛ばし女王の動向を注視しました。甲殻のヒビから緑の体液をにじませる女王ですが、体を魔法光が包み始めて傷の治療に努めているようです。
「……氷槍」
「えっ?」
「……惜しい! 何か足りなくて安定していない……」
イヴさまが新しい攻撃魔法を放ちました。改変した「氷弾・改」よりも「炎槍」を氷に置き換えたモノに見えましたが射速に見合う硬さが足らなくバランスが悪く感じました。
「……氷槍! 今度はどうだ?」
再び放たれた魔法は硬さは同じに速さを落としたようで、バランスは取れていますが威力は弱くなって見えます。
「――ダメか……。早々調律が取れるものでもないな。『炎槍』と『焔槍』は素晴らしく調整されていると言うことだ」
「……そうですか。今は新しい『氷弾・改』が私に最善ですね」
「そうだな。速度を上げても魔力増に見合う威力はなさそうだ」
「それは――」
「おい! いい加減、魔法援護してくれ!」
リューゼたちが防護障壁をよみがえらせた女王に斬撃を繰り返して抑え込んでくれているのに、つい私は夢中で魔法談義をしていました。ごめんね、少し回復したけれど魔素が空なのよ。私はカバンの魔素魔法薬を取り出し呷った。
「直上、五連射……氷弾・改!」
射線の注意喚起をしてもう一度、直上から五連撃を浴びせかけましたが、いくばくも命中せずリューゼたちを振り切って女王が突進してきました、跳び上がって!
「よけろ!」
「逃げて!」
「うおおっ、ミカ!」
「きやぁああっ!」
悲鳴と怒声があがる中、女王は修復した翅を震わせ、あろうことか跳んできました。ダメです。機首を上げたが戦車を浮かせるほど「浮遊」の操作はできない。攻撃魔法に魔素をつぎ込んでしまいました。
残されるのは、下降して魔素をいくらか回収することだけど、それに見合うほどの利点はない。敵に上を取らせる悪手です。
お手上げで茫然とする私をイヴさまが庇い被さってくる。
イヴさまの「飛翔」が発したのか斜め後ろ上方にさがるのをゆっくりと感じた。
時間の流れが遅くなったようにキバを広げて迫る女王を目の当たりにして正気を取り戻し私もイヴさまを庇い返し前に出た。
杖を持つ手に力を籠め迫る女王へ差し出す。
魔力を籠められなかった杖は易々と弾かれキバが迫りくる。
逃れられず、それを阻めずにいる私たちの元にノロノロとそれは至った。
「ミカ……がはっ!」
「イヴさま!」
「ンギィイイイ」
忌々しくも、私たちはキバの餌食になって挟み込まれてしまった。挟むキバが更に食い込み苦悶の息を吐く。自由が利かない中、再度杖を突き立てるが、頭を振った女王に弾かれてしまった。
「ミカ! このアリやろう!」
「うおおおおっ!」
リューゼたちが跳び上がり女王に斬撃を加えているが足場のない空中では力が乗らずに受け流されて火花を散らす。
「このぉおおおおおっ!」
自棄気味にイヴさまが車体を浮かび上がらせ女王ごと天井へ打ち付ける。私もなけなしの魔力で併せて「浮遊」で追い立てた。
戦車の車体と天井で挟み女王の自由を奪えたが頭部は動く。切れた脚でもがいて車体に金属の擦過音を起こす。天井との隙間でギリギリとさいなむキバに辛うじて耐えているが、このままでは私たち下半身とお別れしそうです。
広間の天井は素掘りで柔らかく女王が身動ぎするほど崩れ、その自由を許す。それを許さぬようイヴさまが飛翔で追い押しつけるが効を奏しない。
「……氷弾・改」
女王の眼前、口の前に出現させてイヴさまが氷弾を撃ち出した。上は土くれ、下は戦車の車体で出現させるのは私たちのすぐ隣りしかない。焔の槍は近過ぎて使えない。数を撃たない「氷弾」では、防護をはがせず女王の前で氷片を撒き散らすだけだった。強度が足りない。
呪文のどこかに槍や礫を象づくる一節があって、そこに強度を決めるなにかがある。あるのだろうけれど今は調べる時間も強化する術もない。おまけに今は魔力もない。
ならどうする? 壊れない入れ物、攻撃魔法を包んでおける別のモノ――殻があれば、防護障壁を貫けるんじゃないのか? 杖で攻撃するのは杖の強度に魔法を乗せているじゃないか……。そうだ、私はソレを持っている。
でももう魔素がない。自己回復を待つ時間はない。今は「浮遊」で魔力循環している。それを破棄して得た魔力を呪文に回してもはるかに足りない。ならば皆の、特にイヴさまの魔力はどうなってる? 魔力循環に乗せて調べてみると潤沢にあった。
「イヴ、魔素を魔力循環をへて、分けてください」
「ああ、できるなら、やれ。いくらでも、使え」
私は腰からソレを引き抜いて腕をひねって女王の口に突き立てた。かなり浅い、いや、障壁に阻まれすごく浅い。非力な上に腕をねじっていて力を籠められないが構わずイヴさまから導き出した魔力で魔法を乗せた。
「……氷弾・改!」
魔法を乗せて撃ち出した短剣は回りながら女王の防護障壁をはがして火花を散らす。その口をえぐって穴を空け、緑の体液を撒き散らしながら頭部を突き抜けた。
飛び去った短剣は広間の天井に穴を穿ち、土砂を降らせ土ぼこりに視界がふさがれた。
「や、やりました。大丈夫ですか、イヴ」
「大丈夫だ。そなたは大丈夫か?」
「脇腹と背中が少しと肩をひねったのが痛いくらいです」
「そうか……よかった。すまない。あの時そなたを押し退け剣を抜くべきだった。しかし、抜けなかった……」
「謝る必要はありません。私が邪魔をしてしまいましたから」
「そうだ。これからは自分の安全を優先するのだぞ」
「はい……。心に留めておきます」
そうは言ったけどかなり反射的に庇ったので次の機会に活かせるかは分からない。
戦車を地面に降ろすと、その場で仰向けに脱力した。大人しくしていたギーちゃんがモゾモゾ胸から這い出ようとする。しっかりとハイハイしてローブから出ていく。体を起こし重い体を引きずり付き添うと女王のほうに這っていく。
戦車前方の傾斜はへこみ擦り跡が一杯あった。その上に女王の緑の体液が撒き散らされて、義姉さま自慢のチャリちゃんの見る影もない。
あちゃー、この惨状を見た義姉さまをどう取りなしたら善いものか……。
女王に取り付こうとするギーちゃんを抱き上げて、戦車から引きずり降ろした女王の胸殻を割るリューゼの元へ行く。腕の中で暴れるギーちゃんの目的は女王で、復讐の一撃でも加えたいのだろうか手を伸ばしている。
胸殻から取り出したスモモほどの大きさで真っ赤な魔石をリューゼが手で拭い私に差し出してくる。ギーちゃんがその魔石を求めてリューゼに手を伸ばす。
「何してんだ、コイツ。ほれ、ミカ。やったな」
「うん。なんとか、ね。皆のお陰」
リューゼから魔石を受け取ると、こりずにギーちゃんが魔石を求めてくる。女王に恨みの一撃を与えるのではなかったんだ。仕方なく手を離すとギーちゃんが両手でつかむ魔石を口元へ。
「ダメダメ。ばっちいよ、アメじゃないよ」
私は慌てて魔石を口から外し、ギーちゃんをなだめてカバンに直した。
ノーラは迷って這うアリや動けずもがく残敵を片付けてくれている。イヴさまは飛びながら広間の死骸を集めているが右脚が血塗れだった。死骸を集め終わり女王側の私たちの元に降りてくると女王の死骸も収納した。
「イヴ、脚が……。さっき怪我を?」
「いや、古傷が裂けただけだ」
「やっぱり怪我したんじゃないですか」
「もうふさがって血も止まっている。問題ない。さて……帰るか?」
イヴさまはくたびれた短剣を差し出した。私が撃ち出した短剣も死骸と併せて回収してくれていました。押しいただいて受け取りました。
「これのお陰で助かりました。さあ、超特急で帰りましょう!」
「そうだな。しかし、かなり傷んだ。刃こぼれしてオリカルコンもはがれかけている。摩滅した鍔も拵え直さないとな」
「もう使えないですか?」
短剣をかざして見ると刀身の飾り彫りが煌めく。それは、あちらで実印に描かれる複雑な象形文字に似た模様が刻まれていて、角度を変えると虹色に輝きを放っている。
所々、刃は欠けていて、根元のツバは擦り減り元の形が窺い知れなくなっていた。お預かりしているのにお金がかかりそうな修復の評価が下されて身が縮みました。私に弁償できるでしょうか。
「いや、魔力を流してみろ。魔力循環で保護すれば、まだ使える。もう手放してはダメだぞ」
ひと安心です。稼いでなんとか修復してみせます。
「やっと帰れる、のね」
静かにこちらを見ていた義姉さまが声をかけてきた。ムシの死骸が片付いたからか、戦車の上部出口から顔を覗かせていた、あきらめた、悟ったような表情をしている。
擦る程度ならと言ったのに車体の痛ましい今の現状はあきらめざるを得ないのでしょう。あとでお慰めしないといけませんね。
皆が乗り込んだ戦車を浮かべ広間の出口まで行くと、坑をふさぐ氷をイヴさまが吹き飛ばす。半ば解けていた氷を遠慮なく巨大に育てた焔槍でえぐった。戦車から眺めると鬼気迫る兵隊アリが這い入ってくる。もう護るべきものもいないのに。それを横目に戦車を進め外に出た。
オークの集落まで戻ると戦車から天幕に飛んで戻ろうとすると止められた。
「『飛跳』はまだ早いと思う。そなたは『浮遊』で浮かせてくれれば我が移動させるぞ?」
「……それはそうですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。『浮遊』を効かせていれば、寝台まで軽く運べるぞ」
「分かりました。リューゼ、ノーラ、ナタリー……エリサ義姉さま、私に掴まって」
エリサ義姉さまは、いくぶん慣れたのかすがりついてくれました。抱えたイヴさまの他もまとめて魔力を巡らせて浮かび上がらせた。
集落内に運んで皆を降ろすと、急いで天幕の寝台にイヴさまを降ろしました。出来るだけ動かさないように鎧をはぎ、イヴさまの下半身を露わにしました。
症状を聞いていましたが、皮膚を突き破った板状の赤黒い内出血の塊が覗き出血していました。あまりの患部に頭がくらくらする。
「ハチ毒と反応して魔石化してるわね」
「魔石化ですか? どうすれば良いですか?」
「ハチ毒は不活化しているだろうから、回復薬や治癒魔法が効くんじゃないかな、たぶん?」
「『水の癒し』。それで次はどうすれば?」
「……いきなりね。もう少し話を聞いて。今の治療を見たところもうハチ毒は活性しては無いようね、イヴ?」
「そのようです、姉上。もう違和感はありません」
「治癒魔法薬はすでに効かないわね。万能薬以上でしか古傷は治せないの。今は魔石化した内出血の塊を外科的に取り除いて万能薬までの一時しのぎするしかないわね」
「それで脚は動かせるようになりますか?」
「しばらく不自由するけど大丈夫よ。ただの怪我になったからね」
「分かりました。それで義姉さまは、その……したことはありますか?」
これが重要です。できるならここで応急処置して、せめて歩けるようにしないと。
「ないわ、残念だけど。知識として知っているだけ」
「では教えてください。私がやります」
短剣を手に義姉さまの言われるように血塊をはがしていく。所々、ゆ着しているところがあって、はがすたびに血がにじみ出る。ある程度はがした塊を切り外し、続きをはがして、を繰り返して全てを除去した。
イヴさまに魔法薬を飲ませると、患部全てに薄皮が巻いたが皮下組織は巻き込んでこない。これが古傷の治らないと言うことなのでしょう。しばらくすると薄皮は徐々に分厚くなって赤身の覗くところがピンク色の肌に覆われた。
「これで終わり。あとは皮膚が突っ張るけど皮下組織が育つまで曲げ伸ばして『復帰療養』すれば良いわ」
「ありがとうございます」
私は義姉さまを両手を取り感謝を伝え、イヴさまのピンクの疵跡に接吻した。きっと直しましょう。いとおしくその疵跡を撫でた。
「何? こそばゆいぞ。ミカか? やめろ」
その反応がつい可愛くなってイヴさまが身悶えに疲れて静かになるまで私は接吻と愛撫を繰り返した。私にその積もりはなかったですが、勘違いしたイヴさまに熱いお仕置きを受けたのは必然ですね。疵を労るようにお諌めした甲斐なく、横並びで朝まで抱き合い続けました。
朝、予想より早く王国騎士団と探索者ギルドの召集されたベテラン探索者がオークの集落に集まりました。大半の人員はクランスルの夜営地で討伐駐屯陣を設営すると残っているとのことです。
「イヴさ……イヴ、現地に行き確認できるとありがたいが」
「そうだな――」
「ダメです。調査依頼で炎牙蟻の女王討伐までしたのです。ハチの巣までの坑道も敷かれているのですよ。警戒しつつ進めれば我々のお手伝いはもう不要と考えます。イヴには療養が必要です」
「ええっと、お前は?」
「あー、こなたはリーダーのミカだ。ミカが承諾しなくては我も承けられぬな。そなた達でも慎重にやれば問題ない。ハチはアリに警戒しているし、その半数は減らした」
「……仕方ありませんな。王国の騎士に盾になってもらい地道に進めるとしましょう。しかし……」
「侮るな。これでも女王をたおしたのだ。怒らせると怖いぞ」
「イヴ、人を猛獣のように言わないでください。イヴを含め仲間とクランスルのノーラやナタリーの協力あればこそです」
「……なるほど。リーダー殿の言うようにあとは我々で模索しましょう。クランスルの探索者二人にも続き協力してもらいますか。では――」
クランスルの森の討伐は任せましたけれど、私たちの後片付けは終わってません。不慮の怪我をしたイヴさまの回復を願うことです。学園を留守にしました。断りなく遠征して女王陛下王婿殿下が心配してらっしゃるかも知れません。私のせいで怪我をされたと報せるのも少し気が重いですが仕方ありません。
今回の調査依頼は達成した上に、ある程度は騒動解決の道すじは付けられたと思うので、名誉の負傷を癒す私たちの撤退をはばかることは無いと思うのです。攻撃魔法の砲台としてイヴさまが有要とは思いますが負傷者は後方に退避して構わないでしょう。
エリサ義姉さまは探索者協会に関わりがないにも拘らずハチの巣の周囲に塹壕を敷設する役目で残られることになりました。戦車の中ならムシの近くでも平気になったのでしょうか。ムシ嫌悪を抑えるほどのご褒美に釣られたのではと、私は考えます。
集落の外にたむろっていた大火蟻の集団はいつしかいなくなっていたと言います。新天地へ旅立ったのでしょうか。今回の討伐隊と出会わないことを祈ります。なんとなく、彼女達は悪さをしない気がするので平穏に暮らしてほしい。
「では、エリサ義姉さま、ノーラ、ナタリー、フランたち。あとをお願いします」
「イヴをお願いね」
「ええ、もちろん私達の役目ですから。森の平穏を取りもどします」
「助力をありがとうございました。お気をつけて」
「寂しいブヒ。ミカ、行かないでほしいブヒ」
「ミカは行っちゃうの、ブヒ?」
「そう、ここの仕事は終わったから」
「仕事……。仕事があれば、また会える、ブヒ?」
「そうね、たぶん……。それじゃ、皆元気でいて、怪我しないように」
皆に簡単な別れを告げた。集落に降りたった時にお肉をくれたオーク娘が名残惜しく話しかけてきた。若いオークは別れに慣れていないのでしょう。
イヴさまを寝かせた担架を抱え、リューゼがすがり、ギーちゃんは胸に飛びます。触れるもの全てに魔力を流し私とひと塊として「浮遊」をかけました。
始めは「飛跳」で跳ぶつもりだったのですが、戦車を運んだときのように「浮遊」で浮かせイヴさまが進ませたほうが良いと説き伏せられました。
私は初めての遠出、探索者の大仕事、強力な魔物の討伐、そして新しい呪文の習得と、さまざまな経験をくれたクランスルの森を後にした……。
次回、最終話は、見直し手直しして近々投稿します。