(13)ハチの巣、突入
アリの幼虫を赤ちゃんと称してミカは、かいがいしく世話をしながら魔法の習練を続けた。夜、義姉エリサが森にやって来た。イヴの口車に乗ったエリサは皆と共に夜襲に加わった。
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「『浮遊』」
エリサ義姉さまの車――チャリちゃんと一体となった私は「浮遊」を発動させて浮かび上がり、樹冠を超えるとイヴさまの合図で高度を維持した。そこからはイヴさまの魔法――恐らく「飛跳」で動き始めハチの巣へ向けて移動する。
体にかかる加速度を感じていると、始めの緩やかな発進と行程なかほどのトップスピードに至るまで滑らかな加速はさすがと思う熟達を感じました。車の外を眺められたなら、きっと楽しかったでしょうが夜中なので思うほどの景色は観れなかったでしょう。魔力循環で私は精一杯ですし、車内で歩き回って魔法を維持できるのか分からなかったので座ったままでいました。
「何、あれー。すごく大きい! あの円屋根みたいなのがハチの巣なのー?」
「そうです。ちょっと巨大すぎますが」
「そうですね……。対比物がないのもあって夜目で見ても感覚が狂う大きさです。地上から感じたのとは違う威圧感を感じます」
「へえ、そうか?」
運転席のエリサさまが発した巣の感想にハッチのイヴさまが答えると、ノーラが前方に行って覗き窓から見た感想を言い、リューゼが続く。前のほうに皆で行かれると車体の重量バランスが崩れるよ。まだ今は大丈夫そうだけど。作業机にかじりついて座る私は、同じく座り続けるナタリーをそっと見たら、あまり関心はないようでした。
「ちょっと降りる場所を空けてくる」
「イヴ、私はどうしていれば良いですか? このままで大丈夫ですか?」
「ミカは浮遊を維持していれば良い」
状況が分からずイヴさまに尋ねると特に何もしないで現状を維持すれば良いようです。ステップから腰を上げたイヴさまはそのまま飛びたっていく。でも、一体ハチの巣からどれくらい離れているのでしょうか。
「ミカ、こっちに来て見ろ。ハチの巣が暗闇にぼやっと浮かびあがっているぞ」
「でも……ここから動くと車が墜ちてしまいそう」
「大丈夫だろ。イヴはそこから動くななんて言わなかったし?」
確かに、動くなとはイヴさまに言われていない。車体を感じながら、恐る恐るイスから腰を上げて前方に移動すると、中ほどより前まで歩いていくと荷重バランスが変わって前方が少し下がると機首上げみたいに逐一車体の姿勢を水平に保った。なるほど、車の姿勢は私が無意識に調整していたようです。
私が前方の覗き窓に取りつくとエリサ義姉さまが凍りついた。ギーちゃんを抱えている私にはまだ恐れが出てしまうようです。少しの間だけ失礼します、すみません。
覗き窓から覗くと確かに夜空に照らされてか薄青くハチの巣が浮かび上がって見えました。その巣の手前の黒い影が揺れて倒れていく。イヴさまが木を切り倒しているのでしょう。
もっと見たいと思って気持ち乗りだすと車体が大きく傾き機首を下げた。
「うおっ! ミカ!」
「ミ、ミカちゃん?」
「ひいいっ!」
「……あっ。少し傾けるとイヴが見えました」
ハチの巣から離れてなぎ倒される木の根本にぼんやりと光る人型が見えました。
「すごいです。二、三度、棒を振ると木が倒れていきます。斧を振るっているのでしょうか? すごいすごい」
「そんなことより、車が傾いているぞ」
「……傾いてはダメ?」
「いや、ダメではないが、やる前に言ってくれ」
「そ、そうよ。急にやると、魔物に襲われたのかと思ったわ」
「すみません。戻します」
私は車体の姿勢を水平に戻して、元の場所に戻ってイスに座りました。
木々の伐採は約三十分ほどで終わり、私はイヴさまに導かれるままに車を降ろしました。
『姉上、ここから直進で隧道を空けてもらえますか?』
「……やっぱり、そうなるのね。外にムシはいないの?」
『大丈夫です。ムシ達の戦場はかなり先ですから。穴に入るまでは念のため明かりを点けないでください』
「分かったわ」
イヴさまが車の外からエリサ義姉さまに穴掘りを頼んでいます。車を進めながらエリサさまが土魔法由来の穴堀り魔法で大きな隧道を空けつつ進むのでしょう。ほどなくイヴさまが上部出入口に帰ってこられ座ります。
緩やかな勾配で車が進んで行きます。戦車が楽に通れる大きさに坑が空けられているのでしょう。大人が四、五人横に並んでも歩けるくらいでしょうか。
「姉上、もう前方の明かりをつけても良いでしょう」
「分かったわ」
通り過ぎていく壁肌を眺めると、圧し固めたようにつるんとしていて、崩れてこないようになっているようです。坑道のようになった形もカマボコのような断面なので、前世でいうシールド工法を魔法で実現しているのでしょう。さすがに後方はどうなっているのかは確認できないですが。
素晴らしいです。エリサさまがいれば、山を迂回したりせずに街道がつけられるのでは、ないでしょうか。今は箱馬車やほろ馬車は通れるか通れないかと言う高さの坑なので、もう少し大きく造れば……と想像を膨らませてみてダメだと諦めました。エリサさまは、このような所には来られるはずがないのでした。
「姉上、広間のような空洞に突き当たりました。坑空けはやめて構いません」
「もう、終わり? 帰っていい?」
「まだです。広間を偵察してきます」
「私も行きます、イヴ」
「ミカちゃん、ダメよ。外は、ムシだらけよ」
「それほどムシはいません、姉上。二十匹ほどです」
「そ、そう。イヴ、ミカちゃんを護ってね」
「もちろんです。我の……なんでもありません」
イヴさまは、あえて二十匹ほど、と言うところは呟くように言って私に配慮してくれたようです。イヴさまに付いてリューゼと一緒に戦車の外に出ると「灯火」を唱えました。イヴさまが唱えた呪文に復唱して発動させたものです。
大ホールのような空間が「灯火」に照らされていました。リューゼはお尻に付いてきて、いえ、後ろで警護してくれています。
ハチとアリは凍えていて、うじうじと這いずっていました。あらかじめイヴさまが凍らせていたのでしょうか。
「リューゼは周りを警戒。ミカ、回りこんで倒せ。我は、頭を抑えている」
「は、はい」
「……分かった」
昨日のように、ハチやアリの横に回って体節を槍のように杖で突いて斬っていきました。イヴさまがムシの正面で注意を惹いてくれているので楽勝です。振動や人影を感知して這いよってくるムシは、リューゼが牽制してくれています。
「リューゼ、これはアリの巣だな」
「そうだな。こんな空洞をハチは造らないと思うが」
「「…………」」
「よろしいですか。イヴさま、それはどう言うことでしょう。ハチの巣にはいったらアリの巣だったと?」
「……そうだ、な。このように坑を空けた先に広間があるのが不思議だ。穴に突入すれば、すぐにハチの巣に行き当たると思っていた……。我は、とんでもない勘違いをしているかも知れない」
倒したムシを収納に片付けるイヴさまに疑問をぶつけましたが、イヴさまにも答えを導き出せずに考えこんでしまいました。
「ミカ、大きめの穴からハチが這い出してきている。あたしが頭を抑えるので狩ってくれ」
リューゼに引きずられて、ハチが這い出す穴に連れていかれた。穴は人が通るには少しかがまないと通れないくらいの大きさです。
ハチをほふりながらイヴさまを伺うと、まだ立ちすくんで考えているようです。
「ミカ。よそ見していると、刺されるぞ!」
そうです。イヴさまやリューゼのお陰で安全に狩れるだけで、ここは魔物の巣の中だったことを噛みしめます。
「もう少し探ってみるか。リューゼ、後ろを頼めるか? ミカは車に戻れ」
「……イヴさま、私も行きたいです」
「ミカ、ここからは何が起こるか分からない。車で待っていよ」
「しかし……」
「なあ、イヴ。凍結させながら行くには『風雪』をかけながら行くのだろ? 『探索』も頻繁にかけ続けると、万一の場合は魔法がかけられないのではないか?」
「むっ! ……よ、よし。ミカ、『灯火』の代わりに『風雪』を頼む。リューゼは前を、ミカはリューゼに続け。我の槍では穴の中で取り回せない」
「任せろ」
「では、ミカ、『風雪』だ。『灯火』を破棄して復唱せよ」
『イヴ! 一体、何やってるの? 暗くなったし、ミカちゃんは無事?』
戦車に戻らぬ私たちに、焦れていたらしいエリサさまが、「灯火」が切れたことで車の中から声をあげた。車内からなので、こもった声です。
『ちょっと、イヴ。聞こえてる?!』
ずっと広間の入り口に留まっていた戦車を進めて、エリサさまがやって来る。イヴさまと私は、呪文を唱えているので返答できなかったですが、いよいよ発動する前まで唱え終えました。
「姉上、もう少し探索してまいります。ここでお待ちを」
『そう? 分かった。早くね? ミカちゃん、チャリちゃんに帰って来なさい』
「義姉さま、私も同行しますから――」
『ダメよ。 もう探索ごっこは十分でしょ?』
「いえ、まだハチの巣の状況を知るところまで調べられていませんので」
エリサ義姉さまの説得をなおざりに、私たちは探索を強行することにしました。保留していた「風雪」を発動させて、狭い穴を少しかがみながら進んで行きます。ここは少し上り坂になっています。前を執ったリューゼがハチの頭を串刺しにしていく。
穴の出口と思われる所に着くと、イヴさまが「風雪」を強めるように言われ、私の体をかわしてリューゼと共に穴から躍り出ました。
そこは、また大広間になった場所らしいです。私は「夜目」が使えないので、突入始めはイヴさまとリューゼが狩っていきました。「夜目」とは、集光して見ているのとは違うようです。
そこへ、前照灯の魔道具を点けた戦車――チャリちゃんが坑道を空けながら現れたので、私がアタッカーに戻り薄明かりの広間にうごめくハチ達を捌いていきます。もちろん「風雪」を維持しながらハチを斬り裂いていきました。
「まるで放棄されたアリの巣だ。滅ぼしたアリの巣を通路にしてハチが出入りしているのかも知れぬ」
「ああ。外とつながった穴と違って、こちらは比較的太い直径で行き交いやすく、アリが空けたに違いないだろうな。もっとのぼるか?」
「そうだ。もっとのぼらねば良く分からぬ」
「ええっ? まだ行くの?」
広間のムシがいなくなったことでエリサさまが、ついに上部ハッチから頭を出して嘆く。ハチの巣には達してはいませんから、まだまだ行きますよ。
それから、いくつかの広間で戦闘を続けました。戦車の明かりに照らされるイヴさまの戦いの様は右脚をかばって見えました。ハチ毒に蝕まれた脚です。リューゼと私に攻撃を任せハチの頭を抑えるに留めているようです。
イヴさまをお止めしようか迷っている内に、地上への出口まで着いた。出口にハチが這いよってきていたようですが、イヴさまとリューゼが片付けました。私も二人に続いて外に出ました。
「なんだ、ここは!」
「どうなっていますか? ハチの巣ではないのですか?」
「いや、ハチの巣はある。しかし二十メートルほど上にむき出しで天井にぶら下がっているようだ。マズいな。ここでも飛ばねばハチを狩れぬ。リューゼ、姉上に灯火して来るなと伝えてくれ」
「分かった」
「ミカ、我の側を離れず音を立てないように。周りはハチとアリが、うじゃうじゃいる」
「は、はい。それにしてもここは、よどんでいるような厚い空気で……むっとする場所ですね。胸が熱くなるような、締めつけられるような……」
「分かるか? ここは魔素があふれているのだ……非常にマズい。魔力涸渇にならず困らないがムシにとってもそれは同じだ」
胸のギーちゃんも居心地が悪いように体をくねらせています。
そうしているうちに明かりを点けず戦車が坑道を敷設しながら地表とは名ばかりの場所に出てきたそうです。言ってみればハチの巣をぶら下げる円屋根の下に広がる地下空間の地面らしいです。
「ミカは、車に。我は、偵察してくる」
「その……脚は大丈夫なのですか。私にはもう限界に見えます」
「大丈夫だ。巣まで飛んで見てくるだけだからな。我は羽音を立てぬから明かりがなければ見つからぬ。それよりもハチどもは巣から直下に舞い降りて這いよって来ている。リューゼから離れるな」
「……分かりました。お気をつけて。リューゼ、車まで誘導して」
夜目が使えぬことを忸怩たる思いでリューゼにすがって戦車にもどりました。
「ミカちゃん、寒いよ。『風雪』をやめたらダメなの?」
「風雪」を発動させている私は周りを冷やしていることを失念して、無作法にも車内に戻ってしまい義姉上に寒いと不満をもらされました。
「申し訳ありません。イヴさまにやめて良い許可は、もらっておりませんので。チャリちゃんの上にいます。リューゼは見張りをお願い」
「分かった」
「あっ、私も外に出ます」
「そうね。ノーラ、ミカに付いてあげて」
「ではノーラもお願いします」
再び私は車内から戦車の上に戻ります。リューゼとノーラも付き合ってくれます。なんとか「夜目」を取得できればリューゼたちを煩わさなくて良いのに。
「……イヴは、ミカちゃんに何をさせてるの?」
エリサ義姉さまの問いには答えられません。何せハチの巣のすぐ近くでハチやアリを戦車に寄せ付けないように「風雪」を使っているとは話せませんから。
「リューゼ、イヴさまは、どうしています?」
「分からない……。上の巣にいるようだが……。いや今、降りてきた。良く見えないが……ムシの殻が辺りに降り積もっていて、今はそれを回収して回っているのかな」
座ってひざの上で私を抱えたリューゼが答えた。誰もかれも、私をぬいぐるみやクッションのようにして楽しいのだろうか。確かに私に密着していれば「風雪」の効力外で寒くないのですが。
「イヴの収納はすごいですね。ムシの死骸がうず高く積もっていても収めてしまって」
リューゼは「風雪」に晒されても動じないノーラを見倣ってほしい。
(イヴ。今どうなってるの?)
エリサ義姉さまがしびれを切らしてピリピリする通信魔法で話されました。ムシ達の真ん中でそれはマズいと思います。ギーちゃんがまた「ンギィ」と泣いてしまいました。
「マズいな。ハチが騒ぎだして巣から降下して来ている」
「イヴさまは?! イヴさまは無事?」
「大丈夫だ。巣の直下からは逸れているので見つかりはしないだろう。しかし……地表に降りたハチは一斉にこちらへ向かって来ているようだ」
「リューゼ、あのピリピリをやらないようにエリサ義姉さまに伝えて……」
イヴさまの無事をリューゼから聞いて、エリサ義姉さまに魔法で話さないでいてもらうよう、リューゼに頼んだ。飛んでいるとはいえピリピリで刺激して、ハチどもにまたまとわり着かれては安全とは言えないでしょう。
リューゼが車に戻るのを確認して、私は「風雪」を強めました。私には分かりませんが、きっとハチ達は魔法の発信源がこちらだと気付いたに違いありません。直ちに私たちが害されるとは思いませんが、ムシが近寄るだけでエリサ義姉さまが半狂乱になって更に境遇を悪化させるのは避けないといけません。
「待たせた。ミカ、車の中にいれば良かったのに」
「イヴさま、ご無事でしたか。エリサ義姉さまがあのピリピリを使われたので心配しました。外にいるのは『風雪』をかけ続けていますので、車内が寒くなりますから」
「そうだったな。文字通りハチの巣を突いたようにハチもアリも湧き出した。『風雪』は、やめてよい。中に入って、帰ると姉上に伝えてくれ」
「はい。もう、調査は良いのですね」
「ああ。それよりムシどもが集まって囲まれると、姉上が恐慌に陥るかも知れない。もしそうなると……」
「……そうなると?」
「……いや。直ちに離脱しよう」
私たちは車内に戻り、イヴさまはハッチの定位置に。戦車は消灯したままでイヴさまの水先案内で来た道を帰ります。戦車を方向転換して来た道を進みます。坑にはいると明かりをつけました。
「エリサ義姉さま、治癒魔法薬か万能薬はお持ちではないですか?」
「ごめんね、持ってないわ。どうするの?」
「ミカ? やめよ」
「イヴさまの治癒です――」
「ミカ、よいのだ」
「――でもイヴさま、右脚が限界でまともに歩けないではないですか。私がもっと早く義姉さまに相談していれば……」
「いったい、どうしたと言うの? 怪我なら渡した魔法薬でダメなの?」
「魔法薬ではダメなのです。ハチ毒の過敏症で効かないどころか……」
「ミカ、この依頼が片付くまで辛抱すれば――」
「もうまともに闘えないではありませんか?!」
「なんてこと……。このチャリちゃんにも魔法薬くらいは造れる素材と器具はあるけれど治癒魔法薬を造るまでの素材と器具はないの……」
「そうですか……王都まで帰れば可能ですか?」
「そうね……素材を集めないといけないけれど。イヴが中のイスに座らず搭乗口にいたのは、もう座ることもできなかったのかしら?」
「…………」
「そんな……。私が傍にいながら……申し訳ありません」
「ミカ、気にやむな。そなたのせいではない」
いつしかエリサさまは戦車を停めて私たちは話しこんでいました。
「姉上、後ろにムシが迫っています。車を進め、速やかに外へ」
「そ、そうね。オークの集落に帰って話しましょう。……いやあああああぁ!」
エリサ義姉さまが再び発進させるや悲鳴を上げると、戦車を急停止させて体を強張らせてしまいました。
「――ムシが! アリが!」
「姉上! 落ちついて!」
「エリサさま?!」
「『稲妻嵐!』」
車体の覗き窓から眩惑する光が射しこみ、パリパリと音が響きました。忙しなくギーちゃんが身をよじります。
「あああっ、やってしまった。ミカ! なんとかして姉上を落ち着かせてくれ!」
「は、はい!」
「ああ……あああ、まだムシがいるうううっ!」
「エリサさま!」
私はギーちゃんを抱えているのも構わず、エリサさまに駆けより抱きついてなだめました。
「ミカちゃん、放して。ムシが! ムシが! 『稲妻嵐』」
エリサさまは半狂乱で私を振り解いて再び呪文を唱えてしまいました。こうなったら……。
「エリサ!」
「んんっ?!」
私はエリサさまの頭を掴まえ唇を重ねました。エリサさまは体を強ばらせて身動ぎしなくなりました。
「エリサさま……。落ち着いてください」
「ミカちゃん……。こんなところで、皆がいるのに……」
「落ち着かれましたか? 恐慌になってはいけません。ここはムシの巣のただ中なのです。辺りのムシが私たちの居場所を分かって、もっと集まってしまいます」
覗き窓から見ると明かりに照らされて焦げたアリが累累と屍を晒していました。
「姉上、アリどもを踏みしめて――」
「それはイヤッ!」
「――でしょうね。ムシを片付けて道を空けますから付いて来てください。ミカ、リューゼ、ノーラ、ナタリー、総力で血路を開く。頼めるか?」
「ミカちゃんはダメ。ムシは魔法で殲滅するから片付けをお願い」
「姉上、雷魔法でムシが怒り狂ってきっと向かって来ています。数百匹と押し寄せられては魔力が保ちませんよ。最悪、車の中で籠城して助けを待つことになるかも知れません」
「イヤなこと言わないで。じんましんが出るわ。またチャリちゃんを浮かせて行けないかしら?」
「壁で車体をこすってもいいですか?」
「んんんー……仕方ないなー。構わないけど、あんまりこすらないでね」
「鋭意努めます。ミカ、頼む」
「はい!」
すかさず「浮遊」を頭で唱え戦車を浮かせました。って、ええっと……高度を下げていくのは一体どうしたら。
「イヴ、車の高さを下げていくのは、どうすればいいでしょう?」
「魔力循環を維持して魔力を抜いて平衡になれば、それからは逆循環して……。まあ浮かせていれば、我が力ずくで下降させよう」
「……分かりました」
何やら説明し難いようでイヴさまはあきらめて「飛跳」で無理やり下らせるようです。時間的猶予もないので仕方ないですか。ノロノロと広間を横切って空けた坑道まで至ると道なりに車体を傾けて下っていきました。
下方の地面には赤黒い炎牙蟻の死骸が絨毯のように折り重なっていて、まだ新手は押し寄せて来てはいません。
坑道を抜け次の広間へ出ると新たなアリが這いよって来ていました。浮かぶ戦車には気付いていませんが鬼気迫る勢いで這い進んでいます。攻撃を受け仲間をなくし、同族というより家族の団結で生きているのですから敵を求めて懸命なのでしょう。