(12)戦車が森にやって来た
朝、集落に玉のようにアリがまとまった塊が訪れた。塊の中に女王アリがいて、「幼虫」をミカに託した。そのあと、ミカは呪文の習練を続けた。
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イヴが、天幕に入ると倒れたミカを抱えてナタリーがおろおろしていた。
「いかがした?」
「あっ、イヴさ……イヴ。ミカと魔導書で呪文を覚えていたら突然苦しみだして……」
「イヴ。大丈夫、です」
「ミカ、『氷弾』は覚えたのだな?」
「……はい」
「ならば良い。ナタリー、ミカは大丈夫だ」
イヴは、収納から魔素回復薬をミカに渡して飲ませた。
「ナタリーのほうはどうだ? 今夜、ミカと共に夜襲に加わってほしいが、『氷弾』を覚えていることが必要だ」
「大丈夫そうです。繰り返す早さがそれほど必要でなければ」
「よし。では、より練度を上げてくれ」
「スッキリしました。これは魔素回復薬ですか?」
「そうだ。ミカには次の課題だ。風魔法の『浮遊』を覚えて浮かびながら『氷弾』を唱えてみよ。可能なら、浮かんで杖に魔力を流しながら、『氷弾』だ」
イヴがスパルタンに課題を課されたミカはニガ虫をかみつぶした顔をして、ナタリーは光を無くした目を宙に漂わせた。
「……はい。次は『浮遊』を覚える、です」
「いい顔だ。ここを辛抱すれば黒鉄級は近いぞ」
(黒鉄級でスミマセン。火魔法しか唱えられなくてスミマセン……)
イヴは、ミカのカバンから風魔法の魔導書を取り出し、笑顔がいく分戻ったミカに渡した。ナタリーは、心に闇の扉を開けた。
「では、精進せよ。我は女王の防護囲いを築く手伝いをしている」
「待って。イヴ、抱っこヒモになるような物など、ありませんか?」
「なんだ、それは?」
「手を使わずこの子を抱いていられる物です。幅は狭めの布地でいいです」
「しようがないヤツだ。アリの幼虫など捨て置けば良いではないか」
と言いつつも、イヴは布地を収納から取り出してミカに渡した。ミカのローブの隙間から覗き見える赤子の開けた薄目には漆黒の目が見えた。
「ありがとうございます。それから、幼虫じゃないです、赤ちゃんです」
「まあ、どうでも良い。我はゆく」
天幕をあとにしてイヴはつぶやく。
「赤子のようなものを抱いて、父性に目覚めたか……。善いような、悪いような。我らの赤子の予行演習と思えば良いか……」
避難してきたアリ達を刺激しないよう、木の伐採は集落の南で行われた。多くのオーク達が駆り出されて作業に当たる。倒した木が切りそろえられ、三っつ、四っつに縦に裂いて杭に仕立てる。
オーク達が杭を準備している間にイヴは、回収した死骸の魔石や毒腺を取り除き、鉄の大鍋に放りこんでいく。伐採の端材をくべ火魔法で火をつけると、イヴの作業に興味を示していたオークの子達に大鍋の世話を頼んだ。
杭になったものをイヴが収納して運び、アリ玉から十歩は離れた周囲に打ちこんでいく。北と南に開口部を残してアリ玉囲いの外周を回し、杭の頭端には屋根代わりの丸太を架ける。
イヴは手が空くと死骸焼きを覗き、嵩が減っていれば死骸を補充した。鍋一杯になると一度空けて死骸をつめ直し、また焼く。焼成したものをムシ除けに使うためだ。アリ玉囲いの外にも撒く必要があるだろう。
昼食をはさんで作業して、囲いは一応の出来を見た。昼下がり、集落から見ると、樹冠に日が隠れるころになっていた。ついぞ、ハチや炎牙蟻を見ることがなかった。
「我は、夜襲に備え少し眠る。死骸の焼いたものは、ムシ除けに使ってくれ」
「そうブヒね。もう少し眠るブヒ」
「ムシ除け、ありがとうブヒ」
イヴは、オーク達と別れて天幕へと向かった。
◆
私たちは、お昼まで詠唱の練習を続けました。昼食は、朝の残った食材でステーキと焼き肉を作って食べました。お肉ばかりですが、森ではぜいたくを言っていられません。
何も出ない乳首をくわえているアリの赤ちゃんが、食性から食べられると分かっているだけに、お肉を与えて良いものか悩みました。肉食の赤ちゃんにお肉と乳首の区別がつくのか、はなはだ疑わしくてためらわれたのです。
こそぎ落とした脂身や赤身を与えてみましたら、問題なく食べました。一杯食べてくれて一安心ですが、食べ終わるとまた乳首を求めてきます。さようなら乳首、と短かった付き合いに別れを告げて含ませました。
イヴさまが言われた通り、食いちぎられる覚悟をしましたが大丈夫でした。午前と同じく吸い付いているだけです。一体、何をして赤ちゃんが乳首を求めるのか、よく分からないのですが、まだ乳首とお別れしなくてよさそうです。
昼食のあと、食休みを使って火魔法の魔導書を眺めていました。折角、礎地を授けられたのに試す機会がなかったのです。
私は、水魔法と似た呪文の一文を見つけて、少し疑問を持ちました。恐らく水と火で共通する働きが記述されているのでしょう。「氷弾」にも似た箇所があるのです。時間があれば、火魔法専門のナタリーに聞きたいですが、まずは「浮遊」を覚えないといけませんね。
昼下がり、防護柵の構築作業を終えて天幕に戻ってこられたイヴさまは、私たちに呪文習得の進捗を聞かれました。
「二人とも、どうだ。進んだか?」
「かなり練度は上がりました」
「も、もう少しだと思います」
「そうか。ミカ、唱えてみよ」
「……はい」
私の「浮遊」の詠唱を聞いたイヴさまは、練習に付き合ってくれました。
「もう少しだな。詠唱が成功して魔法発動時には、こめる魔素は少しにしておけ。魔素をこめるほど高く上がるので気をつけるのだ。我は、夜襲に備え少し眠る」
「はい。お休みなさい」
「お休みなさい。ミカ、私は天幕の外で唱えています」
「そうですね。私も外へ行きます」
天幕の外でしばらく唱え続けていた私は、ようやく「浮遊」を発動させて地面から少し浮かばせました。イヴさまの言われたのは、さらに「氷弾」を行使することです。呪文をそらんじて樹冠を的に捉えました。
「『氷弾』」
目の前に氷の粒が回りながら凝集して前後に尖った鏃のようになり、回転を増しながら飛びさって樹冠の葉を散らしました。
おおっ、と声を上げて踊り出したいのを抑え、携えた杖に魔力をこめながら、再び「氷弾」を暗唱しましたが……また胸が締めつけられ「浮遊」の高度が下がりました。
もう魔素が枯渇したようですが、三度目ならまだ少しいけると分かります。胸元で赤ちゃんが身をよじり「イギィ」と鳴くのをなだめて「氷弾」を発射。
「『氷弾』」
無事発射しましたが、足はもう地面に着きそうです。「浮遊」は維持して杖の魔力循環をやめました。
「赤ちゃん、よしよし。どうしたのかな」
赤ちゃんがぐずります。いつまでも赤ちゃん呼びでは、困りますね、名前を付けてあげなきゃ。
「大牙蟻だから……オーガ。タイガ……女の子らしくない。ん~」
ひとしきり悩みましたが、思い浮かびません。名前はイヴさまと相談するとして、とりあえず幼名は「ギーちゃん」にしておきましょう。
「ミカ、やりましたね?」
「ナタリー、ありがとう」
「どうした、ミカ?」
「ああ、ギーちゃんが、ぐずるの。どうしたのかな」
「「ギーちゃん?」」
「ああ、この子の仮りの名前。ギーちゃん」
「「…………」」
ナタリーとリューゼが声をかけてきたので、アリの赤ちゃんにギーちゃんと仮に名付けたことを言うと、とまどった顔をされました。
「宙に浮かんだのが怖かったのかな……」
それからしばらく、浮かんだまま魔力が回復すると杖に魔力を注いだり、「氷弾」を撃ったりして過ごし、ギーちゃんがぐったりしたので一切の魔力操作をやめました。
「……もう、お腹が減ったのかな。もしかしたら、粗相かな?」
まだ残された湯船のそばで、ギーちゃんに巻かれた葉っぱを広げました。ギーちゃんの体を見て、やはり人ではないのを確認しました。脚は二本ですが、腕は四本。お尻に膨らみが生えています。葉っぱの先端が袋になったところに汚物が溜めるようになっていて、寝かせたために背中に広がってしまいました。
イヴさまから頂いた布地の残りで体を拭い、おしめとお包みを作ってまとわせ、再び抱っこしました。
ギーちゃんが吸っていた左乳首が伸びきっていて、少しショックです。まあ、朝から吸っていたので仕方ないのですが、次は右乳首に替わってもらいました。
夕食も焼いた肉になり、味付けなしの肉から脂身をけずってギーちゃんに与えました。焼けて柔らかくなった脂身をより喜んでいるようです。赤身は切り刻んで与えるほうが良いのでしょうか。食事の指し図をしていたイヴさまが、私たちを覗きこんできます。
「そなた……ソレに、かかりきりだな」
「はい。可愛くて可愛くて、も~食べたいくらいです。ねえ、ギーちゃん?」
「……アリは、食ってはいかんぞ? ギーちゃんとは、なんだ」
「イヴ、ミカが付けたその幼虫の幼名だそうだ」
「……リューゼ、胎の子を早く産め。我も早く子を作らねば大変なことに。ミカ、今宵……は、ダメだ。夜襲だった」
「分かった。急いで産むが、まだ六月はかかるぞ」
「遅い。遅すぎる」
「赤ちゃんは、そんなに早く産まれませんよ? ね~、ギーちゃん」
『ンギィ~』
「…………」
「あたしは、純粋な人じゃない。子が生まれるのは八月だぞ?」
「それは知りませんでした。春になったら、お姉さんだよ、ギーちゃん」
「ミカが壊れた……。大変だ、リューゼ。この悪夢から目覚めるには、もう一度眠るしかないかも知れぬ」
「そうだな……」
イヴさまたちの話が耳に入りはしましたが気に留まらず、ひたすら脂身をギーちゃんに与えていました。
ギーちゃんが何も出ない乳首にしゃぶりついて飽きないものだと思っていましたが、乳首から白いものがにじんでいて……なんだか納得しました。
私の体が尋常でない変化をとげているのでしょうが、儀式で胸がふくらんだのを受け入れた時点から、大抵のことには動揺しなくなったようです。むしろ今は赤ちゃんにお乳をあげられることに、悦びを感じます。
お腹も一杯になって天幕で仮眠をとりました。もちろんイヴさまと一緒なのですが、私がギーちゃんを抱いているので背中を向けてしまいました。
(……ミ□ちゃん□、ぶ□?)
まどろんでいるところに、呼ばれた気がしました。
(イヴ。ミカちゃんは、無事?)
確かに、呼ばれていましたが、音声ではありません。懐かしい声が頭の中に響いて聞こえ、体がピリピリします。
「はい。無事です、よ?」
「……姉上だ。雷系魔法の意志疎通手段で、声に出しても届かぬ」
身を起こしたイヴさまから「走査」された感覚がしました。
「義姉さまが来られているのですか?」
「……そうだ。案外、早かったな」
(イヴ、遠いよ。迎えに来て)
「イヴ。あれをやめさせろ。気持ち悪くて仕方ない」
「ん~、む。……仕方ない。迎えに行ってくる」
「では、わたくしも――」
「いや、ここで待っていよ。おそらくやっかいな車で来ているのだ」
「車、ですか?」
(イヴ、聞こえてる?)
「ンギャ~ッ!」
『ンギ、ンギィ~』
「イヴ、アレをなんとかするブヒ!」
イヴさまからすぐさま「走査」が発されたが、リューゼからは奇声があがり、ギーちゃんは体をよじって嫌がるし、フランが天幕へ飛びこんできて叫び、天幕外の喧騒が聴こえてきました。
イヴさまは、スマンと謝りながら、天幕を出て漆黒の空へ飛び立った。
集落のかがり火に照らされた青い金属光沢の箱状の物体が夜空から下りてきて、集落の外に降ろされた。下から支えて飛ぶように、イヴさまがその箱を運んで来たのです。
『なんで集落の外なのよー?』
『こんなものを置く場所がありません。内に下ろせば移動するに外柵をまた越えねばならないですよ?』
金属の箱――砲塔のない戦車、装甲車と言えるものの下からムシ除けで体を白くして這い出てきたイヴさまが上部出入口から現れたエリサ義姉さまに何やら反論している。
『チャリちゃんをこんなものって……分かったわよ。で、ミカちゃんは?』
イヴさまは、南の物見台にいる私を指さしましたが、きっと逆光のシルエットではエリサさまには分からないと思います。
『イヴ、早く早く』
手を差し出してエリサさまはイヴさまを急かしています。イヴさまに運ばれ集落の中に飛んだエリサさまが、物見台から下りた私を見つけて飛びついてきました。私は腕でギーちゃんを護って受けとめます。
「ミカちゃん、大丈夫? ケガとかしてない?」
「はい、エリサ義姉さま。大丈夫です」
「心配したわ。遅くなって、ごめんね」
エリサさまも私たちがクランスルに遠征しているのはご存知だったようですね。ご心配をおかけしたようで申し訳ないのですが……体を撫でて確かめられなくても、本当にケガはありませんから大丈夫です。念入りなお尻の点検は特に必要ないですよ。
「さあ、帰りましょう。オークに犯される前に」
「オークは、いい人ばかりですよ?」
耳もとでささやいたエリサさまの言葉に反論しました。
「アレ? この胸は……赤ちゃん? なんで、赤ちゃんが。ミカちゃんの……か、隠し子?」
「いえ、預かっているのです――」
「姉上、天幕に入って話しませんか?」
「そ、そうね。あ、イヴ、薬はチャリちゃんに置いてるから取って来てね」
チャリちゃん? あの装甲車のことでしょうね。「戦車」でチャリちゃんってことでしょうか。それに薬と言うと、イヴさまには治癒魔法薬が必要なのですが、それのことでしょうか。
ともかく、エリサさまを天幕に案内しました。
「さあ、誰の子? って何。……触角が生えてる……なんか……ムシみたい――」
エリサさまは、ギーちゃんの触角に気づいて飛び退いた。
「えっ? ええ、アリの赤ちゃんです。幼虫じゃないですよ?」
「いやあっ! アリの赤ちゃんって幼虫でしょ!」
「違います。ギーちゃんです」
「あっ! イヴ、ミカちゃんがおかしなこと、言うのよ――」
「姉上、女王アリから幼虫を預かってからミカがおかしいのです」
「イヴ。ミカちゃんから幼虫を取り上げて、処分して。ミカちゃんに近寄れない」
「エリサ義姉さま、ひどいです。ほら、可愛いですよ~」
「んぎゃあああっ!」
「ミカ、よせ。姉上は……」
「はっ! まさか……」
「姉上は、とても森に来られるような方ではないのだ。それを推して……」
「……な、なるほど。それで……。私はもう一つの天幕に下がります」
「待ってミカちゃん。イヴ!」
うなだれた私は、イヴさまの天幕を出てナタリー達の天幕へ移りました。エリサさまは、森にいるようなもの、特にムシがお嫌いのようです。どうして、イヴさまが義姉上に頼るのを厭っておられたのか分かった気がします。たぶん、こちらの女性はムシくらい平気なのでしょうが、エリサさまは違うのでしょう。
クランスルの二人がいる天幕で居心地悪く隅で手持ちぶさたに座っていたら、イヴさまが迎えにこられた。
「ミカ、ナタリー、ノーラ。夜襲に向かうが良いか?」
「「はい」」
「……はい」
ナタリー、ノーラの二人はイヴさまに付いて天幕の外に行く。私も離れて外に出ると、エリサさまが外で待っていた。私を見つけると、あからさまに距離を取った。
「ミカちゃん、夜襲なんか行っちゃダメ。ムシが一杯、いーっぱいいるのよ?」
「義姉さま、私は探索者です。ムシのみならず魔物の群れに飛び込むこともあるのです」
「……イヴからも言って。ミカちゃんを止めて」
「姉上、ミカは、わら……我が護りますから大丈夫です。ミカ、幼虫は置いてゆけ」
「いやです。私からギーちゃんを取り上げるつもりでしょう?」
「そうではない。幼虫を抱えていては動きにくいぞ。それに……それに……」
「この子のことで足手まといにはなりません。任せてください」
「しかし……。姉上がいるので言わないつもりだったが、今宵、できるなら巣に突入しようと思う。身軽でなければ危険、かも知れないのだ」
「ダメよー、ダメダメ。巣に入るなんて許可しません。ミカちゃんが死んじゃう。イヴ、外から爆破しなさい。氷浸けでもいい。ね?」
「そうはいきません。それでは、女王と次代を確実に仕止めたか確認できません。誰かの『手で』やらねばいけないのです。それに今宵は巣の中の偵察のようなものです」
「…………」
今夜の夜襲の概容を聞いて、ナタリーとノーラは青ざめた。比べてリューゼは、不敵な笑みを浮かべている。でも、いくら大きくてもアリやハチの巣の中に入って剣を振るえるとは思えません。
巣に入るのは確かに子連れでなくても大変そうです。それで、「氷弾」と杖攻撃の二段構えなのでしょうか。
「イヴさま、ギーちゃんと一緒に行きます。大丈夫です」
「分かった。そう言うことで、姉上、集落の護りをお願いします」
「いやよ。私も行く。こんなところに独りぼっちでいられるワケ……何?」
「……いえ。なにも」
イヴさまが相好をくずしたのをエリサ義姉さまは見逃さなかった。そうだ、トンネルはエリサ義姉さまがいれば可能だと言っていました。でも、あまりな距離はダメでしたよね。
「なんか悪巧みしたわね?」
「とんでもない。姉上がいれば、あの車があれば、ミカ達があの中にいれば安全かと思っただけです」
「た、確かに、そうだけど……私がムシのいるところに行くなんて……」
「仕方ないですね、姉上。ミカの安全のためですから……」
……分かった。イヴさまや私が、迎えに行かなくても、義姉さまが樹海に、あの戦車で来られると言う算段だったのかも知れません。きっと、ムシ嫌いの義姉さま自ら、なさらないといけなかったのです。イヴさま、策士です。
「やっと、話がまとまったか?」
「待たせた、リューゼ。まずは、姉上、ナタリー、ノーラを車へ。その後、ミカとリューゼを運ぶ」
イヴさまが、私達を順々に「戦車」に運び、乗り込みました。上部出入口から数段の階段を下りると、中央にテーブル、その周りに固定式の椅子が並んでいて、ダイニングのようですが、テーブルは食卓というより作業台のようです。
エリサ義姉さまは、運転席らしき前方に座り、リューゼ達は空いた席に、ギーちゃんを抱えた私は後ろのほうに座りました。
「姉上、獄殺蜂と炎牙蟻の魔石が百ほどあります。解体していないムシの分は、また後で。それから、集めた毒腺は王都に帰ってからでも」
「ええっ? ありがと~。助かる~」
「いえいえ。さてミカ、修練の成果を見せてくれ」
そう言ってイヴさまが、魔素回復薬を差し出された。ええっと……車内で何を示せばいいのでしょう。
「浮遊だ。樹冠の上まで浮かばせれば、我が移動させる」
「えっ、ミカちゃんが?」
「む、無理です。自分の体を浮かせるだけで精一杯で、このように重い、しかもそんなに高く浮かばせることなど――」
「そなたは、浮かんだのだろう。ならばできる。車の魔素を感じて自分だと思えばいい。重さなど大したことではない。しかも、車は、ほぼミスリルでできているので魔素の流れが良く分かる。
そなたの魔素枯渇を回復薬で全快すれば、雑作もない」
イヴさまの言われるまま魔素回復薬を飲みました。お昼に頂いた回復薬とは味も魔素の回復量も違いました。あふれる魔素に体が熱くなりました。
「これは……イヴさま?」
「すごいであろう。姉上の特製だ」
「すごいです。イヴさまが義姉さまに頼まれたのですか?」
「まあな。王都には低級のものしかなくて、姉上にお願いしていたのだ」
エリサ義姉さまを伺うと、運転席で得意げでした。ありがとうございます。
私は「浮遊」を唱えると、神経を研ぎ澄まして魔素をたぐりました。車内の人々、車体を、自分と同調させてみると、なるほどくっきりと他と区別できるほどに車の車体が分かりました。車は、私。
「『浮遊』」
魔力をどんどんとこめて、戦車が浮かび上がっていくのを感じると、イヴさまは上部出入口から頭を出して段板に腰掛けました。
「ミカ、高さはここまでで良い」
恐らく樹冠の上に出たのでしょう。私は魔力を維持すると、イヴさまの魔法で車が進み始めました。