嫁の乳を讃えよ
蛍光灯の光を浴び、煌びやかに光る三角帽子。バースデーケーキには蝋燭が七つ。今日は佐藤家の長男である敏明君の誕生日だ。
あ、間違えた。
カメラさん隣の家!隣の家!
そうそう、こっちこっち……新婚二年目の遠藤夫妻。妻と夫の二人暮らしの中古住宅では今まさに修羅の真っ最中であった…………。
「……何これ(ニッコリ)」
妻が取り出した名刺の数々。それを見た夫は血の気が引き生きた心地がしなかった。
「……『おっぱい倶楽部 ゆき』……『揉みしんぼ まり』……『触れ合い牧場 さち』……『おっぱい倶楽部 マキ』……『おっぱい倶楽部 ねね』……『紳士の社交場 あきな』……etc…………」
床に正座させられた夫は次々と読み上げられる名刺の数々に、まるで罪状を読み上げられる被告人の様な気分だった。
「私もアホじゃないからスマホで調べたけど……少なくとも計128,000円を貴方は私に無断で【オッパイ】に使ったのね?」
「はい……間違いありません」
俯いたまま返事をする夫。妻の顔は恐ろしくてとても見ることは出来ない。
「判決を言い渡します。被告人は……小遣い半額三年の刑とします」
「そ、そんな!!」
「……何か?(暗黒微笑)」
「……い、いえ…………」
月々一万円の小遣い。夫はそこからオッパイ代を捻出していた。飲みの誘いを断り、趣味のプラモデルも控え、ジュースすら買わない日々……その全ては【オッパイ】の為に…………。
「さて……」
妻はゆっくりと名刺達を夫の目の前に並べ始めた。それは無間地獄の始まりである。喧嘩をすると完膚なきまでにねちっこく詰め寄る妻の性格を夫は知り尽くしている。この程度で終わるはずが無い。夫は死を覚悟した…………
「この子は何カップなの?」
「…………」
オッパイ倶楽部のゆきちゃんの名刺を指差し、妻はニッコリと聞いた。その笑顔にはドス黒い感情がありありと満ちている……
「何カップなの?」
「……え、Fです」
「そう……」
「…………」
何の意味があるのか解らない質問だが、夫の精神をメタメタに突き崩す為だけの効果は間違いなくある。その実、夫の顔は酷く困憊し今にも卒倒しそうであった。
「この子は何カップ?」
「……Gです」
夫は正直に答えるべきか否か迷ったが、スマホで店のホームページを見られている可能性がある以上、ココは正直に答えるべきだろうと推測した。しかしそれはとても浅はかさで…………
「よく覚えてるわね……」
低くドスの効いた声で俯く夫に圧を掛ける妻。夫は「ヤバい」と思ったが既にその頭は真面な策を講じる事は出来なくなっている。追い詰められたネズミの如く後は甚振られるのみだ!
「で、どの子が一番好きなの?」
夫はその質問に答えられる答えが瞬時に脳裏を過った……が、答えてはいけないと思い口をつぐんだ。
「答えろ」
夫はその口調に戦慄した。妻は怒りが頂点に達すると静かに口調が変わる。そして歯止めが効かなくなるのだ。このままでは包丁で刺されると感じた夫は恐る恐る虎の尾を踏む覚悟で口を開いた。
「こ、この子です…………」
「…………」
妻は無言で夫の指差した名刺を拾い上げた。その顔に笑みは無く静かな怒りが満ち満ちていた。
「小江戸パラダイス、さなえ……」
妻はポケットからスマホを取り出し、とあるホームページを開いた。そこには小江戸パラダイスのスタッフ一覧が載っており、妻はさなえのページをタッチした。
そしてスマホを開いたまま床に置き、妻は着ていた上着を脱ぎ、その下着姿を露わにした。無間地獄はまだ入口である……。
「さなえちゃんは何カップなの?」
「……Iです」
「私は何カップ?」
「…………」
夫が躊躇えば躊躇う程妻の表情が険しくなる。夫の生殺与奪権は既に地獄の閻魔である妻が握っているのだ!
「言えよ……私は何カップだ?」
「……AA……です……」
夫は自らの手で身内を殺すかの様な地獄を味わっていた。
そもそも夫は妻に対して不満は抱いておらず、家事を熟し優しく笑顔の可愛い妻が好きだった。…………が、夫はそれ以上にどうしようもなくオッパイが好きだった。
「さなえちゃんのオッパイは気持ち良かった?」
「…………は、い……」
妻はまな板とハンマーを取り出し床に置いた。そして徐に立ち上がると夫のプラモデルが飾られてある棚に手を伸ばす。
鷲摑みにされた戦艦のプラモデルはまな板の上に無造作に置かれ、妻は躊躇いも無くその鉄槌を振り下ろした。
──ガシャーン!!
(うぐぅ……!! すまねぇ金剛……!!)
妻は無表情のまま次のプラモデルを手にした。
──ガシャーン!!
(……嗚呼…………千歳……)
そして次々と破壊されるプラモデル達の残骸が部屋中に飛び散る。
──ガシッ
最後のプラモデル。それは夫が最初に買って苦労して完成させ、グチャグチャで見た目の悪い重巡洋艦だった。
「ま、待ってくれ!! それだけは―――!!」
──ガシャーン!!
「嗚呼……」
無慈悲に下された審判に、夫は涙を堪え過去の思い出を掬い取る。そしてもう二度と風俗には行かない心に決めたのだった────
――三年後――
「……何これ(ニッコリ)」
どうしても捨てられず一枚だけ残しておいたお気に入りの名刺は、いとも容易く妻に見付かり、夫は為す術無く無間地獄を再び味わう事となった…………
読んで頂きましてありがとうございました!
(*´д`*)