丑三つ時においでませ~スタイリッシュ廃墟~
丑三つ時と呼ばれる時刻に、一組の男女が山の中に立つ廃墟ホテルの前に立っていた。ここは、地元ではちょっと知れた心霊スポットで、二人は肝試しにやってきたのである。
「噂には聞いてたけど、すげぇオンボロだな」
「こわぁい。あたしのこと守ってよ?」
「任せとけって」
男が彼女の腰を腕に引き寄せて笑う。そんな二人の姿を。窓から覗く目があった。その目は窓の下に落ちるように消える。
ガラス扉を開く物音。写真を撮る音。楽しそうな話し声と、階段を上がる足音。近づく二人にソレはゆらりと動き出した。
びちゃ、ぴちゃり。全身から滴る液体が赤い足跡を残す。長い黒髪を前に垂らし、ソレはゆっくりと確実に二人との距離を詰めていく。
板のはがれかけた廊下をもろともせずに進み、階段の一番上に立つ。
階段を上って来た二人は正面にワンピース姿の女を見つけて、足を止める。
「……え?」
男が唖然とした声を出す。その声に反応するように、ソレはゆっくりと顔を上げた。獲物を前に、ぎょろりと両目を見開くと、首が落ちるように血まみれの顔をかくりと傾ける。
『オイシソオウ』
ニタリ。口端が裂けそうなほど上がると、大きく口を開いて、まるで倒れるように二人に向かって落ちていく。
「きゃああああっ!」
「う、嘘だろぉっ!」
ソレがぶつかる直前でふぅっと消えた。パニックになった二人は言葉にならない叫び声を上げながら階段を駆け下りていく。
その後ろ姿が遠くなると、ソレ──彼女は、再び空中に現れた。
『ええっ!? もう逃げちゃうの? まだ全然怖がらせてないのに……』
「オレは逃げない方に驚くぞ」
声をかけたのは、白いシャツにジーパン姿の高校生くらいの少年だった。剣道が似合いそうな雰囲気を持つ彼は、空中に浮かぶ彼女に苦笑を向けた。
彼女は一瞬で姿を変える。顔を汚す血が消え、真っ白なワンピース姿となれば、幽霊には見えない。
『だって、あの人達は怖い思いをして恋人といちゃつきたかったんだから、脅かしてあげることが善行でしょ? 善行を重ねれば、私も逝けるはず!」
「……成仏するためか。仕方ない、付き合ってやるよ」
『ありがとう!』
透明な手で抱きつく彼女に、少年は笑う。廃墟の管理人である霊感少年と、地縛霊の彼女の夏休みは始まったばかりである。
ホラーだけどほっこりするお話を目指してみました。心霊写真も、幽霊がサービス精神から写りこんだのかな? と考えれば怖さが減るかもしれません(笑) 読んでくれた方に楽しんで頂けたなら嬉しいです。