駆引
「……あぁ」
つぶやく斉藤
ーー これは素人の自分でも、もうだめだということぐらいは分かる。まるで、業績不振の推移を棒グラフで見せられた気分だ。
「斉藤さん、見ての通りもう全身転移状態です。しかも末期、そして
遺伝子治療も免疫治療もマイクロマシンも…すべて遅いと分かりました」
宮崎は一呼吸置いて、ゆっくり、低い声で始める。
「結論ですが……よく持って半年、短ければ1ヶ月。正直、目立った痛みも自覚も無く、私とこう平然と話をしているのが不思議なくらいなんですよ」
「なるほど先生、もうダメってことかね」
「きわめて簡潔に言うと、…そうなります」
「参ったなぁ……こりゃ」どことなく他人事のようにつぶやく。
そう言うと、斉藤はスキンヘッドの頭頂部をひとせ撫でると後頭部を軽くペチペチとたたく。
宮崎医師は斉藤の顔を一瞥するが、そこには微塵も不安な表情は無かった。
むしろ、ほのかに微笑みをたたえていた。
そして、最悪の状況と余命宣告をされてもなお、ギラギラ光る瞳に釘付けになる。
ーー頂点を極める男はこんな時でも、こういう「目」をするものだろうか。やはり「普通」とは違う何かを持っているが故のCSM達なのだろうか。
「斉藤さん」
斎藤の眉毛が小さく、動く。 宮崎医師の言葉が続く。
「今のまま、というわけにはいきませんが、生き残れる可能性があるとしたら。聞いてみますか?どんなことがあっても他言無用となりますが」
「先生、今の状況でその言葉は脅迫と同じ。聞かないなんて選択をするやつは自殺願望者以外考えられない…違うかね。」
「……ですよね、ではその説明は専門スタッフから行います」
そう言うと、幅40mm長さ150mm厚み3mmのガラスのような透明の板を取り出し、どこかに電話をかけた。 間髪入れずに繋がり宮崎は何も無い空間と斉藤の顔を交互に見ながら手ぶらで会話する。 耳の中に入っているC型のクリップに骨伝導式のスピーカーとマイクが搭載されており、ぼそぼそと小さな声でも会話が出来る事を可能にしている。
「すぐに来ます」宮崎が斉藤を見ながらつぶやく。
3秒もたたないうちにドアが開く。
二人の男が入ってきた。
一人は、フルオーダーメイドであろう、体にフィットしたシワ一つ無い濃紺のスーツを着こなし。その上からでも分かる、巨体だが均整の取れた骨格とそこに一切無駄の無い鍛えられた筋肉がまとっている。そして強い意志を持った端正な顔立ち。
もう一人は、ぼさぼさの癖毛が印象的な猫背でやせ形の体型に、黒縁めがね、ジーパンに黒シャツといったラフな姿で、おどおどした動作をしながら居心地悪そうにあたりを見渡す。時折目の上がピクピクけいれんしている。
対照的な二人だ。
「初めまして斉藤様、水島と申します」
そう言って、スーツの男が握手をするために斉藤に手を伸ばした。
「初めまして」
斉藤は立ち上がり水島の手を握った、非常に大きくがっしりした手、それでいて強引では無く、包み込むような大きな手である。
「斉藤様、時間がありませんので早速始めましょう、あっ、これは技官の八雲です」
紹介された、猫背の男は斉藤を見ながらあごをしゃくる様に小さく頭を下げた。
宮崎医師が立ち上がった。
「では、私は席を外します。 水島君先に準備しているよ、スタッフはいつもの子達かい?」
「はい、先生。前回同様28号室に既に入っています」
「では、斉藤さんまた後で」 そう言うと足早に宮崎医師は部屋を出て行った。
「さて、斉藤様。 これよりお話しする事は一切他言無用となります。その旨了解の上でのお話となります。よろしいでしょうか」
「私も人間だ酒を飲むとどうなることやら、それより君らはなんなのかね?」
「おっと強気〜」ニヤニヤしながら八雲が声で話す。
「八雲」
冷気漂う鋭い目で水島が八雲を一瞥し、八雲が身を震わせる。
「申し訳ございません、我々の身分立場も含めて誓約が無いとお話しする事ができません……この手は使いたくなかったのですが、我々がここにこうして訪れた事も含めて秘匿して頂くために、一つ有意義且つ大切なお話をいたします。」
「有意義で大切?」眉間にしわをよせる斉藤。
「はい、名古屋に本社を置く某物流会社があります、2038年度年商2兆1,584億7450万円、経常利益1265億4780万円、総社員数210,245人、資本金800億円。ドローンタイプ、人工知能タイプの遠隔物流会社、長距離運送は全て本社に勤める遠隔操作ドライバーが4交替制で運営する。またここ数年工事現場における重機運営も遠隔操作化し、騒音振動の関係ない開発地区での工事は今や24時間体制。 大陸の日本統治区域への運搬、開発現場、資源開発地区で競合を押しのけ、飛ぶ鳥を落とす勢いの会社がありますが、ご存じででしょうか?」
水島は全ての数字を頭に入れて喋っている。
「そんな成績優秀な会社があるのかね」その会社の会長職に席を置き、また一代で巨大企業に育てた創始者である斉藤は目を細めた。
「さてここからです、2038年度の決算書ですが、純利益が実数字より4,840,584,625円ショートしている事をご存じですか?」