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選定の剣と女子中学生

吹き荒れる風が頬をなでる。

それは何か予感めいたものを感じさせる風だった。

薪を運んでいた青年は天を仰ぐ。


「来たか。」


空を見上げた後、薪割りを再開する。

その青年の近くにある岩に刺さった剣が一瞬光を帯びた……気がした。



目を覚ますと見知らぬ石室にいた。

地面には紫色に光る魔法陣があり、目の前には黒服の青年がいた。

黒服の青年は丁寧にお辞儀をした後


「ようこそ。お待ちしていました。天海沙也加あまみさやか 、我らが王。」


などと言ってきた。


「王?」


サヤカは突然の状況の変化に追いつけなかった。



石室を出ると平原だった。風が心地よく吹いている。


「ここはコール平原。それであれがカメロード孤児院。」


青年がすぐ近くにある小屋を指した。サヤカは


「あの、なんで私は今ここにいるんですか?」


サヤカには今までどこにいたかの記憶が薄れている。

現状を知るために目の前の青年に聞くのが一番だと思った。


「あなたはわたしが召喚しました。王になっていただくために。」


「なんで私が?」


「聖剣の導きです。あそこにあるでしょう。」


そういって指さしたのは小屋ほど近い場所だ。

岩に剣が刺さっている。その剣はところどころ錆びてはいるものの

綺麗な装飾がされていてまるで伝説のあの剣のようだ。


「聖剣エクスカリバー。」


青年がサヤカの思ったことを言った。青年はサヤカの方を見た後


「君の疑問に答えよう。ついておいで。」


そういいながら孤児院に入った。

孤児院内部は少しぼろかった。木造の部屋で床は歩くたびギシギシ言っている。

テーブルに案内されたので座る。目の前に飲み物が横から出された。

飲み物を出してきたのは女の子だ。こちらを見て不機嫌そうにむっとしている。

むっとしているがなかなかかわいらしい女の子だと思った。歩くたびに赤毛が揺れている。


「どうも。」


礼を言うとふんっと言いながらどこかへ行ってしまった。


「ふふ。彼女はガレス。警戒心が強くてね。あまり嫌わないであげてくれ。」


「はあ。」


出された飲み物を飲む。味は緑茶だ。


「飲んだことがある味。だろ?これでもそちらの味覚に合わせるのは苦労したんだ。

 こっちには苦いけどおいしい物なんて無いからね。」


サヤカ自身、お茶はそこまで好きでもない。が苦労して用意してくれた青年達に悪いので

ちゃんと飲むことにした。


「さて、ではまず自己紹介からだ。私は賢者アンブローズ。

 呼び方は好きで構わない。」


「えっと天海沙也加あまみさやかです。」


立ち上がり挨拶をするとアンブローズは、はははと笑った。


「いや失礼。日本人と言うのは礼儀が正しいんだなと思ってね。」


「日本を知ってるんですか?」


「うん。君を召喚するときに君の世界の情報は一通り調べた。

 君と有意義に会話をしたいからね。」


「それで王になるってなんでですか?」


「単刀直入に言うと君は聖剣に選ばれた。全ての世界の中で君だけが。」


この世界と元の世界、それ以外にも異世界はあるみたいだ。その中で唯一無二って超絶レアではないか。

「聖剣に選ばれただけで君には拒否権がある。でも何も知らずに拒否されるのは

こちらとしても困る。だからこうして来てもらった。」


「拒否したらどうなるんですか?」


「ここに来た記憶を消したうえで元の世界に帰すよ。承諾したとしても聖剣の力を使って帰ることも

 可能だけどね。」


つまりここで拒否しようがどうしようが元の世界には帰ることができる。サヤカはふと感じた違和感について聞いてみた。


「あの元の世界のことを思い出そうとすると頭がぼやけるんですけどこれは?」


特に出来事の記憶が思い出せない。昨日の夕食とか。


「こっちの事情を知ってもらうためにわたしの魔法で元の記憶を薄めている。まあすぐに治すから心配しないで。」


人を召喚したり記憶をどうこうしたり賢者の名は伊達ではないということか。

アンブローズがお茶を飲んだ後話し始めた。


「この世界では争いが絶えなくてね。内乱、戦争、略奪そんなことばかりだ。」


孤児院の中をよく見ると使われた跡が多い。風化してぼろくなったわけではなさそうだ。

「そう。ここも随分とにぎやかな時期があってね。


ガレスも孤児だったけどここで働いてくれているんだ。」


いつの間にかガレスが隣に立っていた。サヤカのことを見ようともしない。


「ははは……」


清々しいくらい嫌われている。


「わたしは争いの多い世界は嫌いだ。だから君には聖剣の力を使って世界から

争いの種を消してほしい。」



「ふんっ」


サヤカは即答できなかった。当然だ。受けたら受けたで大変だが断ると

罪悪感が襲い掛かってきそうだ。

サヤカは薪割りをしている。アンブローズが動けなくなってからはガレスが

やっていたみたいで彼女はサヤカを監督している。


「腰が引けてる!そんなんじゃ敵に殺されるわよ!」


「この斧……重すぎるんだけど。」


元々サヤカから勝手に申し出た薪割りだが5分ほどで限界が来ていた。

記憶は薄れているためわからないがおそらく学校では文化部にいたのだろう。


「5分でこれって。ホントにこんなのが英雄なの?」


ガレスが毒づく。彼女はこれを毎日2時間はやっているらしい。

すごい。ガレス様って呼ぼうかな。


「ごめんね。」


「別に謝らなくてもいいわよ。あなたにだって事情はあるんだし。」


「?」


「急に呼び出されて世界を救えって言われても困る話よ。アンブローズは

 人の気持ちがわからないのよ。私だったら即答で断ってたわ。」


人の気持ちがわからないって孤児院を運営している人がそれでいいのだろうか。


「ガレスちゃんも孤児なんだよね?」


「ええ。住んでた村が山賊に占領されてね。通りすがったアンブローズが私を助けてここまで連れてきたの。」


「山賊……。」


「珍しい事でもないわよ。あまり言うと引き留めているみたいで嫌だけど女は生かされるのよ。慰み者にされたり売られたりするためにね。」


「そんな。」


サヤカは言葉も出なかった。自分が王になるのを断ると不幸な境遇の子がどこかで大変な目にあい続けることになる。


「私は……。」


「だから!引き留めているわけじゃないのよ。あなたはあなたで元の世界でやることが……」


「王になるよ。何となくここで逃げたら後悔する……と思う。」


サヤカの父親は自衛隊、母親は警察官だ。父は死んでしまったが

両親ともに人を助けることに誇りを持っていた。その姿を見て

サヤカも手の届く位置にいる人は助けたいと思うようになっていた。

聖剣に選ばれたことによって手の届く範囲が広がった。

その中にいる人は今も争いに苦しめられているのだろう。

ガレスはサヤカの目の色が変わったことに気づいた。

その目は薪割りに5分でダウンした人間の目ではなく

英雄と呼ばれるにふさわしい人間の目だった。



翌日からサヤカは特訓を始めた。

聖剣を持つことで様々な加護を得て超人になれるらしいが

それは超人的身体能力に耐えられる体があってこそだとアンブローズは言う。

薪割りに5分で倒れるようでは話にならない。


「でもムキムキにはなりたくないなぁ。」


「サヤカは絶望的に体が動かないからダメなのよ。私くらいになれば聖剣は扱えるらしいわよ。」


一緒に孤児院の周りを走りこみながらガレスが言う。

確かにガレスは健康的な体をしていると思う。足はすらっとしてて腕も細いようでしっかりしている。


「よしっがんばるぞ!」


「おっその意気ね!ペース上げるわよ!」


「ちょっそれは勘弁。」


この世界のことを知らなくてはいけないとガレスが言い出した。

それを聞いたアンブローズが教師になって言語や歴史を教えてくれている。

寝そうになると後ろからガレスが殴ってくるので寝れない。

薪割りも毎日2時間やることになっている。

最初は10分持たなかったが。コツをつかみ着々と時間を伸ばしていった。

そして一か月が経過した。



「せいっ」


バカっと景気よく薪が割れた。5時間ぶっ通しでも威力は落ちない。


「ホントすごいわね。5分でへばってたのが昔のことみたい。」


「自分でも驚きだよ。私もやればできるんだね。」


「ふふっ安心するのは早いわよ。ワンデスボローの砦で内乱が起きた理由は?」


「国のレジスタンス組織がその砦にいて周りの兵士をけしかけたからでしょ。」


「まあ正解ね。」


二人で笑いながら話しているとアンブローズが来た。


「賢者さん。」


「サヤカ、調子よさそうだね。……そろそろか。」


そろそろ。アンブローズはそういいながら聖剣の方を見る。

そう体を作るのが目的ではない。聖剣で世界を救うのがサヤカの目的だ。

それを終えるまでは家に帰る気はない。


「君の記憶を戻そう。長い事すまなかった。」


アンブローズが何か唱えるとサヤカの記憶が戻った。

サヤカは目を閉じ一つ一つ戻ってきた記憶をたどる。

ガレスは内心不安を抱えながらサヤカを見る。記憶が戻ったことで心変わりする

可能性もあるからだ。無論そうなったとしてガレスにサヤカを責める気はない。

サヤカが目を開けた。


「どうする。」


このどうするはまだ拒否権があるということだろう。

サヤカの答えは決まっている。


「私は王になります。」



聖剣と対面する。ずっと遠めには見えていたがいざ対面するとプレッシャーがある。


「王になるってずっと言ってたけどサヤカ女の子だから、姫なのかもね。」


気の抜けたことをアンブローズは言っている。


「それ今言うこと?」


「えっと…抜いちゃっても?」


アンブローズが何も言わないので少し心配になる。


「いいよ。」


サヤカはゆっくり深呼吸して剣に手をかける。

途端剣を中心にまばゆい光が出る。風が吹き荒れ光の柱が雲を貫通する。

剣は奥深くまで刺さっているのか、めいいっぱい力をいれてようやく動いた。

ガレスとアンブローズも膨大な魔力の流れに驚愕する。

サヤカの雄たけびと共に剣が抜けた。


と思っていたのだが

対して力を入れる必要もなく剣が抜けた。

光の柱は出ないし風も普通。後ろの二人は雑談していた。


「なんか拍子抜け……。」


これで本当に王になれるのか。


「エクスカリバーは長い事そこに放置されていたからね。

 見た通り錆びてるし剣としては使えない。内部にある魔石も

 魔力を失っている。選定の剣としての機能しかないわけだ。」


「つまりいきなり戦えるわけではないと。」


「うん。」


いいやがったこの賢者。


「じゃあ私のこの一か月の努力は?!」


「エクスカリバーの機能が復活しない以上今すぐ出るものでもないかな。

 でもほら体力は付いたし前のままじゃ、何に会っても即死だったからいいんじゃない。」


「んな?!」


「だから言ったでしょ。こいつ人の気持ちわからないって。」


その後孤児院で一息つき落ち着いた後に


「エクスカリバーの修復ができる人がいる。」


とアンブローズが言った。



サヤカがエクスカリバーを抜いた記念でこの日は無い資金をかき集めて

細々とパーティをしていた。サヤカは異世界にきて初めて肉を食べた。

シンプルなステーキだ。味付けは少なめだが塩コショウのような味がする。

何より焼き加減がちょうどいい。生焼けすぎず焦がさない。

サヤカはミディアム派なのだ。


「おいしい〜。とろける〜。」


「ふふん。私が料理したからね。」


「ありがと!ガレスちゃん。」


「………どういたしまして。」


二人の少女が話す様子を穏やかに見ていたアンブローズが話を始めた。


「ここから東に3キロの地点にカーリオンという都がある。

そこは王都とよばれており世界中から騎士志望の若者や依頼を求める

冒険者が集まる。そこに『ビビアンの宿場』という宿を経営するビビアンという

女性がおりその人なら聖剣を修復できる。」


「王都……。かっこいい響き。」


「将来的にあんたの領地になるのよ。」


王になるのなら王都は自分のものになる。サヤカは単純なことを忘れていた。


「行くなら早い方がいい。明日には向かうとビビアンに手紙を出そう。

 それから馬車の手配も。」


食事が終わるや否やアンブローズはそそくさと行ってしまった。


「あいつ最後のサヤカとのご飯なのに何も言わず行きやがった。」


「あれ?最後?なんで?」


サヤカは口に肉をいっぱいに詰め込みながらアホみたいな声を出した。

ガレスは少し笑いながら


「だって王都まで私たちついていけないもの。孤児院あるし。」


「あ!そうか!お別れやだな〜。」


「大丈夫よ。今生の別れじゃないもの。……ぐす」


「ガレスちゃん泣いてる?」


「な……泣いてなんかないわよ!」


この日は夜遅くまでガレスと話をした。

別れ話を切り出すと涙目になるのが面白くていじっていたらマジ切れされたのだが

それはそれとして楽しい時間を過ごした。




翌日孤児院まで馬車が来た。サヤカを王都まで送り届けてくれるそうだ。

聖剣をカバンに詰めて馬車に乗る。馬車には荷物がもう一つあった。


「それじゃ今までありがとうございました。」


馬車から身を乗り出し挨拶する。ガレスはいなかった。


「ああ。行っておいで。我らが王。そうだ君に新しい名前を与える。

 今後使うといい。」


そういいながらアンブローズはサヤカの元まで来て耳打ちした。


「アーサー。それが今後君が使う名だ。」


アーサー……。さすがに本で読んだことがある。エクスカリバーが出た時から

予感はしていたがひょっとするとアンブローズはマーリンなのではないだろうか。

馬車が走り出すガレスはとうとう最後まで現れなかった。


「ガレスちゃん。どうしたんだろう。」


「ちょっと待ったーーーーー!」


声が聞こえた。振り返ってみるとガレスだ。

孤児院の屋根の上にいる。


「まさか……。」


サヤカは衝撃に備えて馬車の縁にしがみつく。

ガレスは勢いをつけて屋根からジャンプしてきた。

そしてその勢いのまま馬車のの中に器用に入ってきた。

いや入った時にサヤカを突き飛ばし押し倒しているので

完全に器用とは言えないが。

馬車のに打ち付け痛む腰を抑えながら体制を直した。

はるか遠方の都市を見る。まだ遠くて全容が見えないが天高くそびえる塔があるのがわかる。


「あの塔なんなんだろ?」


これからの旅路に期待半分不安半分で馬車は王都へ向かった。

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