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意味のあった彼

作者: 久賀 広一

写真の中にうつり込んだ、アカの他人と友達になるのが得意技だと、彼は語った。


「人里離れた農村深部で暮らしていると、写真くらいしか話し相手がいなくてね」


寂しそうに微笑む長篠ながしのたけしは、作家だった。

時に世界中を旅しながらも、創作には人の生活音から遠いところがいいと、ポツン家屋を探しては引っ越しをくり返している。


「あっ。畑をやってらっしゃるんですね」

そのインタビュアーの女性は、裏庭に見えたナスが「食い切れるわけがないだろう」というほどぶら下がっているのを確認した。


「あれはエサでもあるんです。ウチのにわとりたちは、どうも黒くて柔らかい物を穴だらけにするのが好きみたいでね」

ふっと彼は何かを思い出したように語ったが、話はそこで止まってしまった。


インタビュアーの女性は、沈黙をうまく破ることができずに、30ほど用意してきた質問のメモを取り出していた。

「えっと、長篠ながしのさん。今年でデビュー10周年になるわけですが、あなたの本は去年、何万部売れたんでしたっけ?」

「何万部?」そこでわずかに彼は声をとがらせる。

「何を勘違いしてるんだ君は。僕の最新作はまだ、250部しか売れていないよ」

あれは大ヒットだったな、と長篠はあごをなでなから上を向いていた。

まあそれでも、僕がどうにか食べていけるのは、この品種改良した烏骨鶏うこっけい黄金きんちょう” のおかげだけどね。


燻製くんせいのカケラを目の前のテーブルからつまみ、彼は続ける。

「・・・もちろん調子に乗るつもりはない。実家でときどき手伝わされている養鶏業ではなく、僕の本業はあくまで作家だよ。だからこうやって、引っ越しできる規模でしかトリを平飼いしないんだ」


「あなたは、どうしても小説家だと言い張ると?」

そこで女性は挑発的な言葉を投げかけた。

彼がそう名乗っている以上、地元の町では唯一のプロ作家ということになる。

小さな本屋に泣きついてスペースを確保し、題名タイトルセンスだけはあるために少しは売れるが、こんなインタビューは茶番に等しかった。

「おそらく僕は、”フィンセント・ファン・コッホ”と呼ばれるようになるだろう。・・・何故かわかるかい? 長篠という作家があまりに巨大すぎて、作品がすべて影に入ってしまっているんだよ。僕の著作が本当に輝きを放つのは、作者が死んでからなんだ」

足を組み替え、ソファの上で大きく息をついた彼は、確かに大物に見えた。

だが当然、それは態度だけのものである。

よくここまで勘違いできるものだと、インタビュアーは思った。






「ーーそれでは、これで終了させていただきます」

予定していた分量の質問を終え、白川奈未(なみ)はボイス=レコーダーの録音を止めていた。

始めから分かっていたことだが、まったく話にならない内容だ。

まるで華族の生き残りのように、広大な庭地を眺めながら、アフタヌーンティーを口から飛ばしそうなホラを吹いていた。


・・・ふう、やれやれ。

あたしが作家になれずに、こんなドサ回りみたいな仕事してるのに、実家の仕事にチョロッとくち出しただけの男が、何でこんな羨ましい生活してるのかしら。

世界って、どうなってるの?

やっぱりカースト制度的な生まれの違いは存在するのかしら。


白川奈未は、メモや書類を片付けながら、そんなことを思っていた。

このインチキだけで成り立ったような作家を、どうにか酷評できないだろうか。

いや、せめて正当な評価を彼に叩きつけて、悠々自適な生活を、少しでも傷つけてやる。


ここの所やや疲れ気味だった白川は、あまり良いとは言えないようなことまで考えてしまう。

必要のない誰かを傷つけるということは、未来の自分を傷つけることに等しい。

だが、彼女はもう止まることはできずに、”作家”長篠をテーマにえた本を書くことに決めたのだった。


・・・そうね。タイトルは「どこまでも無意味な男」がいいわ。

掘っても掘っても何も出てこない、ただ気分次第で文字を連ねて、作家が一番苦心するはずのオチを無視した尻切れトンボ。


まさに、長篠の人生にピッタリではないか。

ときどき偶然にオチがつくこともあったが、たいてい彼の小説は、放りっぱなしのキャッチャーまかせ。

お金をもらって「ハイ当然よ」の見識だった。


(ふふっ、見てなさいよ。あたしがあんたに、鉄槌を下してやる。それもそんじょそこらの審判じゃない。人工衛星(サテライト)クラスの鉄塊を、脳天の死角からたたき落としてやるわ!)

そう誓った白川は、その夜からリフレッシュ・ドリンクを友とすることになった。

時に朝チュンまで机に向かい、化粧を落としていなかったことに気づいて半狂乱になる日々もあったが、どうにか脱稿までこぎ着けた日は、もう感無量で声も出なかったようだ。

「・・・」

ため息をつきながら、彼女はタイトルの一行と、作者名だけが入った原稿の表紙を愛おしそうになでたという。


・・・この作品で、あいつを審判する。誰かたった一人でもいい。文学賞の下読みさんがこれを読んでくれれば、あのインチキカースト野郎を、あたしは世間と共有できるのよ!


彼女は、長くつかえていた胸のわだかまりが、少しずつ消えていくのを感じていた。

こんな充実感は、いつぶりだろう。

夜が明けてカーテンの向こうが明るくなっていくのを見ながら、白川は目を細めていた。

嫌なヤツってのも、悪くはないのかもねーー

すべてを作品に昇華することができた彼女は、そんな余裕もどこかに生まれて、苦い笑みで背伸びをしたのだった・・・。







ーー ちなみに、彼女の著作、「どこまでも無意味な男」は、選考委員舌戦の文学デビュー作となった。


世にとって無意味な男を書くことに、何の意味がある!と激烈に反対した者が一人いたが、それはまあ、それも仕事のうちである。


「白川さん、こっち向いて! ーーはい!! それがナスですね!? 彼の家からもらってきたという!」

処女作にしてそれが話題となり、半生を生活できるだけの金銭を手にいれた白川は、題材にした”作家”長篠に対して、生涯悪口を言わなかったという。


いっぽう、長篠は・・・。

小説のモデルとなって高名になった自分に興味などなく、あくまで自作にこそ価値があると、それ以後もポツポツと作品を発表し、晩年には割合わりあい好意的な読者も獲得したようだ。

「見ていろよ。僕が死んだら、日本で数度目の文化カルチャー・インパクトが起こる」

その持論は、終生変わらなかったらしい。


ーー 二人の人生は、見事にクロスオーバーした。

だが、生涯手にした金額は、やはり実家が強かった長篠の方が、わずかに上回っていたという。











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― 新着の感想 ―
[良い点] 長篠の、本人は作家と言い張っているが、儲け的にも、それ以外の面から見ても、有能過ぎて悠々やれている農家にしか見えないところ。 [気になる点] 主人公のノリというか、心の声が寒すぎて、賞取っ…
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