僕は世界を縛れない!
いつのことだったかな。一回だけ、とんでもない人を見かけたことがあるんだよね。
多分魔法職の人なんだけど、武器は特に持ってなくて(ナックルとかつけてたかもしれないけど)、拳でモンスターを蹴散らせていたあの姿……魔法を使ってる感じもなかったし、もしかして、もしかしちゃうと、僕たちみたいに縛りプレイでもしちゃってるのかなーとか興味が湧いちゃったり。
「ってことでそのすごい人を探そうと思うよ! 黒髪のお兄さんを探してクロ!」
「ザックリしすぎてみつかんねーわ」
フェアファレン・ヴェルト・オンライン略してフェアヴェルで、僕とクロは相変わらず縛っていくスタイルを維持している。いやー、縛りのお陰でどのくらいこのゲームの醍醐味をぶっ壊しにいってるか分からないね。それこそが醍醐味といっても過言じゃないんだけどね。
フェアヴェルは荒廃した世界を再建するために、枯渇したマナを復活させようってゲーム。ストーリーが進むにつれてどんどん魔法が使えるようになっていくんだけど……まあ、引きの悪いクロはその魔法系スキルを縛ることになったよね! 流石の僕も笑っちゃったよ。
一方の僕は拳と武器スキルの禁止。常に魔法ぶっぱって感じだからクロの真逆をいってるね。序盤はろくに使えるスキルがなくて大変だったよ。
で、そんなフェアヴェルで魔法も使わず拳でモンスターと殴りあってる人を見かけたら、ちょっとソワソワしちゃうのも仕方ないと思うんだよね。外見の装備は明らかに魔法職だったのになぁ。
「まずこのゲームで魔法縛るバカなんて普通居ないだろ……そろそろ肉弾戦もキツくなってきたぞ、俺」
「大丈夫大丈夫、属性耐性上げまくりつつ、レベリングと筋力のステ上げればなんとかなるって! 現に拳のみでモンスターを蹴散らす猛者も居たんだから不可能じゃないよ」
「まあ……本当にそいつが存在すればだけどな……」
げんなりした顔をするクロ。いやいや、だから本当に存在するんだってば。そうそう、丁度すぐ近くでコボルトと戯れてる黒髪長髪のお兄さんみたいな感じで、魔族系の角アクセつけてて魔王シリーズの防具つけてて……。
「あ、いた」
「は!? 嘘だろ!?」
嘘じゃないよ! ご本人様だよ!!
すごいね、本当に噂をすればなんとやらだよ。こんなにすぐ見つかると思わなかったし、近くで見れば見るほどえげつないね。コボルト殆どワンパンしてるじゃん。おかしいなぁ……この辺のコボルトってちょっと武装してるからただの拳じゃダメージ与えるにも一工夫必要なんだけどなぁ……。
よし、折角だからしっかり観察してクロに技の一つや二つでも盗んでもらおう。今日の目標が出来たね。これはなかなかやりごたえがありそうだよ。
「…………」
「…………」
「……ど、どう? クロ。あれ見てなんか掴めそう」
「絶対無理だ。あれスキルなにも使ってないだろ……」
うん、僕も同意だよ。
スキル使わずに通常攻撃だけでコボルト溶かすってどんなステしてるんだろう……レベルも気になるし、スキルもどんなの持ってるか見てみたいよね。バフかデバフ系のスキルを持ってて、それを使ってるのかな? バフだったら自分にかけるだけだし……いや、それだけで素手でワンパンってどんなスキルとステなのさって感じなんだけど。
「『空虚なる物語の終焉』」
なんて僕とクロが戦いていたら黒髪のお兄さんは唐突に魔法系スキルを発動させた。
ただ、やっぱりその威力がおかしい。
ちらっと見えたダメージ値がコボルトの総HPを余裕で上回ってたし、それが一撃じゃなくて多段だった。多分六発位はダメージが通ってる。そして、何よりエグいのはその魔法が全体攻撃ってことかな。お陰でコボルトの亡骸が大量に転がってて正に死屍累々。あー、あのスキル使えたらドロップ収集楽だろうなぁ……。
「何か用か?」
「え? あ、もしかして僕に聞いてる?」
「ああ、お前らに聞いてる。ずっと見てるから俺に何か用でもあるもんだと思ってて早めに片付けたんだが」
スキル獲得条件とか色々聞きたいなぁどこから切っ掛けを掴もうかなぁとか考えてたんだけど、お兄さんの方から話し掛けてくれた。これは嬉しい誤算だね。
「単刀直入に言うと、お兄さんのプレイスタイルはどんなのなのかなって気になったんだよ」
「プレイスタイル?」
「そう。あんまりスキル使わないで戦ってたから、スキルスロットは何で埋まってるのかなとか」
お兄さんが超気さくな感じで話し掛けてきてくれたから、すごくラフな感じで会話を始めちゃった。三白眼だからか目付きがすごく怖いんだけど、よく見たらこのお兄さんめちゃくちゃイケメンだね。惚れちゃったらどうしよう。
「ああ、俺は……」お兄さんはアイテムスロットを操作しながら言う。実演して見せてくれるってことなのかな?
「いい畑になりそうな土地を探してるだけだ」
そう言うとお兄さんはクワを装備して地面に向けて降り下ろした。そして、耕した土を握ったりこねたりして確認する。え? このゲーム地面耕せるの? っていうか、そもそもクワとか装備品で存在するんだ?
「ん、この辺はいい土だな!」
超いい笑顔のお兄さん。うわー、惚れそー。
クロは隣で何を言えばいいのかわからなくて固まってるし、どうしてくれるんだろうね、この空気。まさか縛りプレイどころか、農家プレイしてる人がいるなんて思ってもみなかったよ。
「じゃ、じゃああのスキルはなんで……?」
若干の沈黙が流れたあと、それに耐えかねてクロがようやく口を開いた。そういえばそうだね。農家プレイしててあの超上級レベルの魔法が使えるのはなんでだろう。
「ん? ああ、あれは土を見るのにモンスターが邪魔だったんでな。闇の初期スキル『ダークボール』を使い続けて進化していったらこうなった」
「素手でコボルトをワンパンしてたのは……」
「それは純粋な筋力だ。ほら、筋力って攻撃力のステータスに影響するだろう? やっぱり農業に筋力は必須だからな」
質問すればその分簡単に教えてくれるお兄さん。不思議だね、教えてもらえば教えてもらうほどわからなくなっていくよ。
スキルの熟練度をあげて進化させていけば強力なスキルになることは知ってたけど、まさか初期スキルを使い続けてああなるなんて思わないよね。普通そのあとに獲得したスキルの方が強いからそっちを使っちゃうし……。初期スキルの方が熟練度をあげやすいのかな? ちょっとそこは検証が必要だね。いや、そんなことよりも。
そんなことよりもだよ。
お兄さんの顔すっごく輝いてるけど、基本的にさっきから農業が動機だよね。なにしにこのゲームしてるの、このお兄さん。
「……ん、またコボルトがわいてきたな。そうだ、丁度いいから農業やって獲得したスキルを見せてやるよ」
本当だ。コボルトがまたわらわらと僕たちを囲いに来てる
お兄さんはそれらに対してすごいいい顔でそんなことを言うんだけど、手に持ってるのクワなんだよね。っていうか何!? 農業やっててスキル獲得できるの!? しかもそれ戦闘に使うものなの!? 言葉が足りないにも程があるよお兄さん!
「いくぞ──『旋律を奏でる大地』!」
その瞬間、大地が大きく波打ち、群れていたコボルトたちに多段+クリティカルのカンストしたダメージを叩き出しながらお兄さんは地面を耕した。
その姿は、世界を破滅に導く魔王のように見えた。
というか、そのスキルが凄まじすぎて世界が終わると思った。
……世界って、広いね。