第九話『謎解き』
「では、謎解きを始めましょ」
悠子姉が俺と時任を前に切り出した。
呪いゲームに連なる事件の真相を、今から説明するというのだ。
俺達三人は、空き家の中にいた。
廃屋というには新しいが、割と当時のまま廃棄されているようで、かなり荒らされていた。
「この呪いには、色々とおかしな所があるのはわかるでしょ?」
悠子姉は、一つ一つ説明を始める。
まずは、『白石沙織』という少女が、忽然と姿を消した事が全ての発端であるのは間違いない。
しかし、『白石沙織』自体が呪いという訳ではない。
何故ならば、『白石沙織』は生きていたからだ。
では、一体、何故呪いなんてモノがゲームという媒体で蔓延しているのか?
「あのゲームは本物だったわ」
呪いの、という意味ではなく、ちゃんと作られているゲームだという事だ。
しかも、意図的に呪いが発動するように、最初から作られているというのだ。
話が進むにつれて、辺りが段々嫌な気配がしてくる。
「何で、そんなモノ作ったのかしら?」
「もちろん、恨みを晴らす為よ」
「恨み……?」
作った人間は、一体、誰の恨みを晴らそうと言うのだろう?
ピシリと歪な音が聞こえた。
悠子姉は、尚も話を進める。
「このゲームを作った人間は、白石沙織が殺されたと思っていたのよ」
なるほど。
確かに、長い期間帰って来なければ、そういう風に考える人間もいるだろう。
白石沙織は、一年間帰って来なかったらしいし、充分有り得た筈だ。
家鳴りのように、パシパシとラップ音が、あちらこちらから聞こえてきた。
「でも、実際は生きていた……」
「白石沙織は、何故、行方不明になったのよ……?」
そうだ。
白石沙織は、どうして家に帰れなかったのか?
そこが問題だった。
「白石沙織は帰らなかったのよ」
「それは……」
家出だった。
白石沙織の家は両親……取り分け、父親が厳しく、半ば虐待のような躾が日常的に行われていた。
ただ、父親に他意はなく、あるのは深過ぎる愛情だった。
扉がバタンと閉まる音がした。
実際には、扉は元々閉まったままだ。
「だけど……娘に愛は伝わらなかった」
娘には、両親の行動は何一つ理解出来なかった。
いや……娘だけではなく、他の人間から見ても、到底理解出来るものではなかった。
だから、祖父母は白石沙織の頼みに応じて、両親から娘を隠したのだ。
両親の様子を見ながら、帰すタイミングを計りながら。
しかし、父親の心は行方不明後に徐々に狂い始める。
もう娘を両親の元に帰すどころの話ではなくなった。
そして、父親は母親を殺して、自らも命を絶った。
「何の為に……?」
「呪いのゲームを作る為よ」
「……ッ!」
そう……あの、呪いのゲームを作ったのは、白石沙織の父親だったのだ。
プログラムの中に呪いを埋め込んで、沢山の人間にプレイさせる為に報奨金まで賭けて、ネットに撒き散らしたというのだ。
娘を殺した人間に復讐する為に……。
そんな人間はいないにも関わらず……。
「そんな……思い込みだけで、呪いが作れるなんて……」
「そう。思い込みだけでは呪いにはならない」
だったら何故と、尋ねる俺に、悠子姉はゆっくりと呟いた。
父親は、自分と妻の命を使って、呪いを完成させたのだ、と。
父親が無理心中した目的……それが呪いの為だったのだ。
俺は、背筋がゾクリと寒くなった。
周りはうるさいぐらい、色々な音が鳴っている。
一体、何が周りで起こってるんだ?
「それでも、呪いの効果は大した事なかったのよ」
「そんなっ!人が呪いで死んだのよ!」
悠子姉の言葉に、時任が有り得ないという表情で、食って掛かった。
何の話だろう?
誰かが呪い殺されたなんて話は聞いた事がない。
「間宮さおり」
「……ッ!」
「あの娘こそが最後の欠片だったわ」
俺は二人の会話の意味がわからず、ただ黙って聞いているしかなかった。
間宮さおりとは一体誰なんだろうか?
「どういう事?」
「間宮さおりは白石沙織だった」
「……」
「何となく気付いてたんでしょ?」
どうやら、祖父母に引き取られた白石沙織の名字が変わり、間宮になったという事だろう。
しかし、それが何だと言うのだろう?
俺だけが、蚊帳の外のままで、ドンドン話が進んでいく。
「俺にもわかるように説明してくれ」
「間宮さおりは、私の幼馴染みで、先日学校から飛び降りた女の子よ」
あんただって、ニュースぐらい見て知ってるでしょ、と苛立った様子で吐き捨てるように言った。
「あの娘は呪いのゲームで死んだのよ」
俺はそこまで聞いて、ようやく時任が呪いのゲームに拘っていた理由がわかった気がした。
「違うわ」
「え……?」
「あの娘が飛び降りた事によって、呪いが強力になってしまったのよ」
「……ッ!」
俺は悠子姉の言葉に息を飲んだ。
時任は、その衝撃的な答えに、ただ呆然と立ち尽くした。
部屋の中は、もう部屋ではなく、生き物のように胎動を始めていた。
「待って。呪いが原因じゃないなら、何故、さおりは飛び降りたのよ?」
「両親の愛情に気付いたからよ」
例え、それが深過ぎて、しかも歪んでいた愛情だったとしても、自分の事を思っていた事には違いなかった。
その愛情を裏切り、逃げた結果、両親は自ら命を絶った。
その後悔や罪悪感が少女を死に追いやり、両親の憎しみや絶望感と絡み合って、どす黒い澱みのような呪いへ変質した。
これが呪いのゲームの全てだった。
「これで、謎解きは終わりよ」
「……で、俺にかかった呪いは?」
確かに、謎解きは終わったかもしれないが、俺の呪いは解かれていない。
このままでは、俺は呪い殺されてしまうだろう。
俺の言葉に、悠子姉はニヤリと笑う。
「心配しなくても、もう呪いの中にいるんだから」
俺は悠子姉の言葉の頭がクラクラしてしまった。




