第十八話『廃工場』
見知らぬ場所に、俺は一人立っていた。
正確には、知らない場所ではない。
子供の頃に、一度だけ悠子姉に連れて来られた事があった。
所々、見た事ある気がする。
俺はキョロキョロと辺りを見回しながら記憶を辿っていく。
ここは、どんな心霊現象が起こるんだったっけ?
確か、色々と噂があったはずだ。
そうだ。
俺は一つの噂を思い出した。
それは『落ちてくる作業員』だった。
何でも、この工場は安全管理がずさんだったらしく、何人もの作業員が地面に落下して亡くなったという話だ。
その噂を思い出した瞬間、真後ろに大きな何かが落ちてきた音がした。
しかも、かなりの高さから落ちてきたらしく、かなりの衝撃音だった。
恐る恐る振り向くと、一人の男性が血を撒き散らし、色々とぶち撒けて倒れていた。
「うわぁっ!」
俺は目の前の光景に妙な声を挙げ驚いた拍子に、躓いて尻餅を突いてしまった。
死体だろうか?
いや、もちろん死んでいるのはわかっている。
そうではなくて、落ちて死んだのか、落ちる前からしんでいたのかという事だ。
俺は怖ず怖ずと、グチャグチャな死体を観察する。
「……ッ!」
今、身体の一部が動いた気がする。
気のせいかもしれないので、俺は注意深く見つめた。
ビクッ。
動くはずのない死体の頭が起き上がり、俺を睨んできた。
死体はジリジリと這い寄ってくる。
「うわぁあああっ!」
俺はパニックになりながらも、必死で起き上がり、その場から逃げ出した。
振り返ると、死体は壊れた手足を使いながら、這いながら凄い速さで追いかけてくる。
俺は脇目も振らず走り続けていた。
どうにも疲れて、立ち止まった。
ハァハァと肩で息をしながら、後ろを振り返ると、死体はいつの間にか居なくなっていた。
逃げ切ったか……。
気配が無くなって、俺はホッとしたように、折れた鉄骨にもたれ掛かりズルズルと座り込む。
深く息を吐いた時だった……折れた鉄骨に何かが突き刺さった。
液体が飛び散り、顔に掛かる。
そして、何かは大きく口を開いた。
「ギャアアアッ!」
「うぎゃあああっ!」
落ちてきたのは、先程の奴とは違う死体だった。
死体は痛みを訴えるように、俺に向けて叫び声を上げた。
釣られて、俺も叫び声を上げてしまう。
俺は這々の体で、その場から駆け出す。
ただただ、夢中で逃げた。
辺りには、次々に何かが落ちてくる。
一瞥すると、先程までの死体と似たような奴だった。
ドスンやグシャと落ちた嫌な音に、俺は耳を塞いだ。
建物の中に入っても、それは変わらず、次々に死体は落ちてきていた。
俺はあちこちに逃げ回った。
そして、遂に俺は一番最初に死体と遭遇した場所に戻ってきてしまった。
いや、恐らく、追い込まれたのだろう。
その証拠に、足が折れ曲がった死体が、こちらに向かって歩いてくる。
後ろからも何体か追って来ていた。
俺は前と後ろを見ながら、この窮地を脱する方法を巡らせていた。
しかし、全然逃げ道は見つからない。
俺は諦めて、目をギュッと瞑った。
襲われる痛みに耐えられるように、身体を固くしていたが、死体は一向に襲って来ない。
「?」
おかしいなと思い、少しだけ目を開けて、辺りの状況を確認する。
死体の姿は見当たらない。
取りあえず、俺は完全に目を開けて、立ち上がって辺りを見回してみる。
やはり、死体は一体もいなかった。
俺は呆然としてしまう。
変わりに、意外な人物が目の前に現れていた。
「悠子姉!」
「ピンチだったわね」
「し、死体は!?」
「お帰り頂いたわ」
まさか、悠子姉にこんな所で会うとは思わなかった。
悠子姉は俺の質問に、何事も無かったかのようにサラリと答えた。
「いやいや、何サラッと現れてるんだよ?」
混乱した俺は、突然現れた悠子姉に、思わず突っ込んでしまう。
悠子姉は今捕まっているんじゃなかったのか?
そこまで考えて、ようやく今の状況を理解した。
「これは夢だ」
「ご名答」
なるほど。
だったら、目の前の悠子姉もわかる。
どうやら、俺は悠子姉に招かれて、ここにいるらしい。
夢の中の悠子姉なら可能だろう。
先程の落ちてくる死体の意味はわからないが……。
「表の私がドジっちゃったわ」
完全に油断してたわよね、と続ける。
そして、捕まっている場所を教えるから助けに来て、とわざとらしく舌を出して可愛く言われた。
俺は呆れたように、深々とため息を吐きつつ、居場所がわかって少し安心していた。
「それで、今何処に監禁されてるんだ?」
「ここよ」
「は……?」
俺は間抜け面で聞き返してしまった。
そんな俺に、悠子姉は真下を指差して「この廃工場よ」と説明した。
「わかった」
「待ってるわよ」
そう言って、悠子姉は俺をドンと強めに押した。
バランスを崩して、ヨロヨロと後ろに下がった。
そこには、先程まであった地面がなく、俺は足を滑らせる。
俺はそのまま真っ暗な闇の中に落ちていってしまう。
底無しに見える闇の中で、手を伸ばした瞬間、俺は目を覚ました。
「もっと気持ち良く起こしてくれ」
俺は汗を拭いながら呟いたのだった。




