第十一話『始業式』
夏休みが終わり、始業式の日、俺は気怠い思いで教室のドアを開く。
何人かの友人と挨拶を交わし、俺は自席に着席する。
予鈴ギリギリだというのに、何故か教室の中は疎らだった。
「今日、うちのクラス、人が少なくない?」
「何か、ヤバい事になってるらしいよ」
隣の赤坂に疑問をぶつけると、何故か辺りを気にしながら、耳元に小声で話す。
聞き返そうとすると、担任が教室に入ってきて、体育館に向かうように告げた。
体育館では始業式が行われ、校長の有り難いお話が延々と聞かされた。
ようやく終わりだと思ったら、妙な事を言い出した。
「夏休みの間、西扇町小学校に行った者は、至急担任へ申し出なさい」
西扇町小学校というのは、三十年程前に廃校になった木造校舎の事だ。
今は県下でも有数の心霊スポットの一つに数えられてる。
山に囲まれていて、周りには当時の学生が通っていたであろう廃屋が幾つか残っている。
そんな場所を、校長が口にした事に、俺は違和感を感じた。
教室に戻ると、ホームルームで再度担任から話がある。
校長と同じ話だ。
しかし、誰も名乗り出なかった。
担任が教室を出ると、クラスの中は今の話で持ち切りになった。
「これが、ヤバい事に繋がってんのよ」
「マジか……」
赤坂が椅子に座ったままの体勢で、こちらを向いて、先程の続きを話し始める。
今から赤坂が何を話すのか、俺はちょっと楽しみだった。
「夏休み最後の思い出に、結構な人数で肝試しをしようって話になったらしいんだ……」
赤坂の話によると、三日前に西扇町小学校に肝試しに行ったんだそうだ。
そこで、何が起こったのかわからないが、意識不明や発狂した者が相当数出たらしい。
残りの人間も恐怖からか、部屋に籠もって出て来ない。
流石に、学校も問題視して、何があったか調べる為に、今回の校長の話になったという訳だ。
「確かに、ヤバそうな話だな」
「私も少しだけ話を聞いたわよ」
赤坂の話を聞き終わると、いつから聞いていたのか、時任が会話に加わった。
時任は自称霊感少女で、色々とオカルトに関わっている。
そんな訳で、今回の件も興味があるのかもしれない。
時任の話によると、今回小学校に行った人間に話を聞いたらしいのだが『あ……ち……』という言葉しか聞き取れなかったという事だ。
後は布団を被って、震えていたらしい。
「どういう意味なんだろうな?」
「わからない。でも、かなりの恐怖体験したみたいね」
時任は興味津々のように見えた。
夏休みの間、結構怖い思いをしたはずなんだが……。
全く、懲りない奴だ。
俺は、もう懲り懲りで、オカルトには関わらないようにしたかった。
「そうか。まあ頑張ってくれ」
「珍しく、関わらないんだ?」
不思議そうな表情を見せる時任に「積極的に関わってない、巻き込まれているだけ」と返した。
時任は何だか釈然としない表情でふーん、とだけ呟いた。
と、急に教室の中が俄かに騒がしくなる。
「今度の日曜日に、皆で西扇町小学校に行ってみねぇか?」
どうやら、日曜日に肝試しに行く話を誰かが始めたようだ。
話の通りなら、洒落にならないぐらい危険な気がする。
誰が煽動しているのか注意深く観察してみると、栗林哲郎が中心的に話を進めていた。
この栗林哲郎という男、時任と同じ中学らしいのだが、俺は嫌いだった。
普段から、どことなく人を見下したようなヘラヘラとした嘲笑を浮かべていて、決して非を認めない男だった。
そんな男の話に乗って、危険な場所に行けば、何か遭った時に責任を押し付けられかねない。
「亜沙美も一緒に行こうぜ!」
「悪いけど、用事があるから」
亜沙美とは時任のファーストネームだ。
こういう風に馴れ馴れしい感じも、嫌な感じがする。
時任は、弁えているという感じで、栗林の誘いをスルリとかわした。
栗林は一瞬不満そうな顔を見せたが、すぐにまたヘラヘラと笑みを浮かべる。
「皆、行こうぜ!怖い体験が確実に出来るんだぜ?」
「……」
流石に、このクラスの生徒も実害が出ている場所だし、友人知り合いが怪我や発狂している人間も少なくない。
皆、躊躇っていた。
不謹慎だと憤る人間もいる。
そんな空気を感じてない栗林の勧誘は続いていた。
変な事にならなきゃいいのだが……。
俺は、そう思わずにはいられなかった。