第一話『再会』
夏休みも半ば過ぎ、そろそろ課題に取り掛かろうと、馴染みの喫茶店の一席を朝から陣取っていた。
「家でやればいいじゃないか?」
「部屋じゃ集中出来ないんだよ」
朝から席を埋められて、苛々としたマスターに、視線はノートに向けたまま反論する。
実は部屋で課題をしないのには集中出来ない以外にも理由があるのだが……。
「どうせ暇なんだから良いじゃない」
「それは、そうだけど……」
今も昼真っ盛りだが、お客は俺以外誰一人いない。
図星を突かれたのか、マスターは誤魔化すようにゴニョゴニョと呟く。
俺はそれ以上の追求せずに、勝ち誇るったように鼻を鳴らす。
何杯かの珈琲のおかわりを、ジト目で睨むマスターに頼みながらペンを走らせていた時だった。
カランと乾いた入り口の鈴の音が鳴る。
どうやら、来客のようだ。
マスターの営業スマイルが見えるような声で、客を迎え入れる。
俺は気にする事なく、黙々と課題をすすめる。
そんな俺の席の前に、ドカッと座る気配がする。
「?」
こんな閑散とした喫茶店で、何故俺の前の席に座る必要があるのか意味がわからず困惑する。
というか、ちょっと怖い。
恐る恐る、上目遣いに相手を見る。
「康助、久しぶり」
「悠子姉っ!?」
片手を挙げ、気さくに笑ったのは幼馴染みで、三つ年上の妃悠子だった。
子供の時は本当の姉のように、面倒を見て貰っていた。
大学入学と同時に一人暮らしを始めたので、会うのは久しぶりだ。
「こんな所で、何してるの?」
「夏休みの課題」
マスターにアイスコーヒーを頼みながら、テーブルに広げられた教科書やノート等を見ながら不思議そうな顔をしている。
なるべく、俺は忙しそうに装った。
昔、あちらこちらに引きずり回されて、ちょっとトラウマになっている。
「だったら、私の家でやりなよ」
わからない箇所があったら教えてあげるし、と続ける悠子姉に俺は考える。
大学生なら、高校の課題ぐらい余裕だろうし、悠子姉だって大学に入って落ち着いているだろう。
俺にとって悪い話ではなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔するよ」
「それじゃあ、行こうか」
ノートや教科書を乱雑にバックに押し込むと、おかわりの珈琲を飲み干す。
悠子姉も届いたばかりのアイスコーヒーを一気に飲むと、俺の分まで会計してくれた。
その一連の流れが、俺には何だが大人びて見える。
外に出ると、照りつける日差しと茹だるような暑さに目眩を覚える。
悠子姉の家は近くらしく、思い出話に花を咲かせながら歩いていく。
大した距離ではなかったが、着いた頃には、俺と悠子姉は汗だくになっていた。
「適当に座ってて」
中に招き入れられた俺は、妙な緊張を覚えながら部屋の中を見回していた。
物や色味が少なく簡素な感じで、あまり女性の部屋らしくなかった。
入れてくれた冷房が、徐々に部屋を冷やしていく。
「どうぞ」
「あっ、ありがとう」
運んできた麦茶をテーブルに乗せる。
コップの中の氷が、カランと涼しげな音を立てる。
悠子姉はテーブルを挟んだ俺の前に着くと頬杖をつく。
「ねぇ康助、最近心霊スポットとか行ってる?」
「……ッ!」
ドキッとする。
そういえば、俺が中学ぐらいの頃、良く悠子姉に心霊スポットに連れて行かれていた。
悠子姉は霊感が強いらしく、一緒に行くと、毎回怖い目にあっていた。
それがトラウマになっていた。
まあ、悠子姉と一緒でなければ、基本的には何も起こらない事に後に気付いたのだが……。
「まあ、たまに」
「へぇ」
見透かすように瞳の奥を見つめられる。
まさか、今から心霊スポットに行くとか言い出すつもりじゃないだろうな。
何となく嫌な予感がして、俺は警戒態勢に入る。
「最近、何処に、いつ行ったの?」
「廃病院に。一週間ぐらい前かな?」
興味津々である。
なるほど。
俺の体験談が聞きたいだけのようだ。
悠子姉も好きだな。
「一人で?」
「いや、クラスの男女六人で」
「女の子も一緒だなんて康助もやるね」
意味ありげにニヤニヤと笑う悠子姉に、俺はちょっぴりイラッとする。
「他には聞きたい事はない?」
「じゃあ、最後に一つだけ……」
悠子姉はゆっくりと俺を指差した。
「康助の後ろに立ってる女の子は誰?」
世界が壊れる音が聞こえた気がした。