第1章・黒巫女
武具乙女が登場します。
電源を切った筈なのに何故かついていたパソコンに表示された「武具乙女」の画面を見た瞬間に途切れてしまったあたしの意識、凄まじく長い様にも、呆気ない程短い様にも感じられた時を経た後に途切れていたあたしの意識はゆっくりと浮揚して行った。
閉じられていた瞼の上から陽射しの刺激を感じたあたしはゆっくりと瞼を開き、片手を翳す事で眩い陽射しをやり過ごしながら横たわっていた上体をゆっくりと起こした。
「もう、朝?」
あたしは寝起き直後の様なぼんやりとした気分のまま呟きながら周囲を見渡し、自分が見たことも無い場所に一人でいる事に気付いてぼんやりとしていた意識が一気に覚醒させられてしまった。
「って、ここ、何処よっ!!」
あたしはそう言いながら周囲を見渡したが周囲は建物一つ見えない草原で、そんな無慈悲な現実を目の当たりにしたあたしは途方に暮れてしまったがその時になって漸く場所だけで無く服装まで変わってしまっている事に気がついた。
あたしの服装は可愛らしい装飾の施されたライトアーマーに深紅の短目のスカートと言う装いになってしまっており、その特徴的な装飾を目にしたあたしは思わず口を開いた。
「……このライトアーマーって、まさか、「武具乙女」の!?」
あたしはそう呟きながら装飾を凝視したがその特徴的な装飾は間違い無く「武具乙女」の女性主人公のライトアーマーに施されていた装飾で、それを確認したあたしはもう一度周囲を見渡しながら言葉を続けた。
「……まさか、ここって「武具乙女」の世界、なの?」
あたしの発した呟きは誰もいない草原に虚しく吸い込まれ、あたしは腹を括るしか無い事を確認しながら呟いた。
「……まっ、くよくよしてもしょうがないわよね、取りあえず何か無いか探してみよう」
あたしがいきなり異世界に飛ばされたのに渡された物がこの衣装だけとか言う詰みな状況で無い事を願って呟きながら改めて周囲を見渡すと、あたしの近くに明らかに怪しいストーンサークルみたいな石柱があり、それを確認したあたしは意を決して近付いてみた。
あたしがその場所に近付くと石柱の一つに何かのマークみたいな物が生じて、そのマークを目にしたあたしは思わず声をあげていた。
「……これって、ギフトシンボルじゃない!?」
あたしはそう言いながら石柱に駆け寄ってマークをよく見てみたが、マークは間違い無く「武具乙女」のクエスト内でドロップしたりクエストクリア報酬で得たキャラクターを受け取る(他にはガチャによって得る事が出来る)為のアイコン、ギフトシンボルのマークであり、それを確認したあたしは思わず安堵の溜め息をもらしていた。
(……これがあるって事はこの中に何かしらの物が入ってるって事よね、取りあえず徒手空拳の状況からは脱却出来そうね)
あたしはそう胸中で呟き、それからゆっくりとギフトシンボルに向けて手を伸ばして行った。
伸ばして行ったあたしの手はギフトシンボルの中へと吸い込まれて行き、あたしがギフトシンボルの中に入れた手を手探りで動かしているとその指先が何かに触れた。
「……これね」
あたしはそう呟きながら触れた何かを握り締めるとゆっくりとギフトシンボルの中から手を抜き、抜かれたあたしの手には鞘に収まった一振の刀が握られていた。
「……この刀は」
一体誰だろうと言いかけたあたしの脳裏に手にした刀の情報が流れ込み、あたしは流れ込んで来た情報を読み取るべく意識を集中させた。
★★★妙法蓮華経・蓮華 剣タイプ
妖刀の作者として知られる鬼才の刀工が高名な僧侶の命日に鍛えた刀、妖刀でありながら魔を宿した者を切り裂く霊剣でもある。
性格はとても生真面目で主に絶体の忠節を尽くす。
アビリティ
・悪魔・アンデッド系の敵に対して確率でダメージ+50%:LV-1
・敵を攻撃した際、確率で毒・眠り・麻痺のいずれかを追加する:LV-1
スペシャルスキル
妖刃乱舞
敵全体に大ダメージを与え、更に確率で呪い・眠り・麻痺の効果のいずれかを追加する。
あたしは流れ込んで来た情報を確認し、その後に手にした刀、妙法蓮華経を見詰めた。
武具乙女達のレアリティは★★から★★★★★までの4段階があり(★は合成強化専用のキャラ)あたしが手にしている妙法蓮華経は★★★に属するキャラクターだ。
「武具乙女」に出てくるキャラクター達は架空の武具・防具が元になっているんだけど日本刀(更に一部の槍)には銘が刻まれている物があってその銘がそのままRPG等に出て来る場合があるので実在する物に少し設定を弄った形で登場している。
あたしが手にしている妙法蓮華経もその一つで鬼才の刀工村正が日蓮の命日に鍛えた刀、妙法蓮華経がモチーフになっている。
妖刀の作者と高名な僧侶という組合わせを反映して妖刀として通常攻撃に確率で状態異常を追加する効果を持つと同時に悪魔・アンデッド系の敵に対しても効果を発揮すると言う珍しい特徴を持っていたりする。
因みに武具乙女のLVは2つ存在するアビリティLVの合算値であり、その為、現在あたしが手にしている妙法蓮華経のキャラクターLVは2と言う事になる、そして、妙法蓮華経のステータスは防御力が少し低めなのに対して攻撃力とスピードが高めと言う設定だ。
因みに最後のスペシャルスキルとは主人公が1日1回だけ使用できる技能の事で、妙法蓮華経のスペシャルスキルは複数の敵を同時に攻撃出来し、確率で状態異常が追加されると言う物だ。
「武具乙女」では主人公はスペシャルスキルの使用以外の攻撃手段を持たず、武具乙女の代わりに敵の攻撃のダメージを受け止めると言う設定だった為恐らく今のあたしはそれなりには頑丈だけど戦闘能力は皆無な状態の筈なので、今手にしている妙法蓮華経はあたしにとってこの世界で生きていく為の命綱と言う事になる。
「……それじゃあ、呼び出しますか」
あたしは期待と若干の不安を感じながら呟き、それから妙法蓮華経を見詰めながら言の葉を紡いだ。
「秘められし魂よここに……サモン!」
あたしの紡いだ言の葉が響くと同時に手の中にあった妙法蓮華経が消失し、その代わりにあたしの前に腰に妙法蓮華経を着けた一人の美少女が姿を現した。
降り注ぐ陽射しを浴びて滑らかに輝くポニテに纏められた艶やかな黒髪と、芯の強さを感じさせる光を宿す蓮の花を彷彿とさせる淡い桃色の瞳の美貌、黒の小袖に紫の袴と言う言う巫女装束を纏ったしなやかな肢体と小袖を盛り上げる豊かな膨らみが魅力的な美少女、妙法蓮華経の武具乙女、蓮華は降り注ぐ陽射しの中で静かに佇み、あたしはその凛々しく美しい姿に思わず見とれてしまっていると蓮華はあたしを真っ直ぐに見詰めながら口を開いた。
「御呼びいただきありがとうございます主様、我が名は蓮華と申します、これより、我が身、我が心の全てを持って貴女様に忠節を尽くします」
蓮華はあたしを見詰めながら真っ直ぐと迷いの無い口調でそう告げると深々と一礼し、あたしは少し慌てながら言葉を返した。
「あ、ありがとね蓮華、あたしの名前は……リリカだよ、これから宜しくね」
「リリカ様、ですか……至らぬ身ではありますが、宜しくお願い致します」
あたしの言葉を受けた蓮華は柔らかな笑みと共に返答し、最初の凛々しさからは想像する事が難しいあどけない笑みを目にしたあたしは自分の頬が仄かに熱を帯びるのを感じながら頷いた。
異世界に来て初めてあたしの下へと参じてくれた武具乙女、彼女は凛々しさの中にあどけなさを残した美しい黒巫女だった……




