其の一 公園の黒衣
在る初冬の晴れた日、街の片隅にそいつは居た。
陽だまりの公園のベンチに不似合いな黒ずくめの衣装・・
時代遅れというかアナクロの極みのような黒いマント。
両方の瞳は濃いサングラスで覆われて直接は見えぬ・・
どう贔屓目に見ても怪しさが漂う一見年齢不詳の妙な男・・・
「あ・・お座りになりますか?
・・此処は暖かいですよ(笑)」
おりしも公園を通りかかった幼い少女連れの老婆に
柄に似合わぬような優しげな声でベンチの一角を譲ってのち
其の老婆の孫自慢を時折うなづいて聞きながら微笑む。
・・・あ、私ですか・・・ええ、実は魔王の眷属で・・・(笑)
こっち来て=猫=と遊んでるうちに帰り路無くなってしまいまして・・
え?冗談がお上手・・はい、良く言われます、皆さんから。
まあ本当なんですけどね・・ほら、此れが、地獄の火・・・
男の掌にふうっと出現する小さな小さな紅蓮の炎。
・・まあ、手品がお上手?・・はは、そうですか・・
お褒めに預かり恐縮ですなあ・・まあ役に立たぬ芸でしてね。
此の禁煙のご時世では使い道も少なくなりまして・・
ああ、この子たちですか・・・ええ、=猫=ですね。
でも、ちょっと違うといえば違うんですな・・よく、御覧なさい。
ああ、お嬢ちゃんにはすぐ判ったようですねえ
この子たちは右と左の瞳の色が違うんですよ・・・
この=猫=たちはひとの形を失った=魂=でして・・・
幼くして哀しい死に方をしてしまった人間の子供はねえ・・
神さまと小生の親父の約定で、皆、地獄が引き取るんです。
逝く場所も決まっていましてねえ・・
風の吹く決して日の当たらない
切れるほど冷たい水の流れる川のほとりの河原でして・・
下っ端の公務員、あ、獄卒って言いますか・
・・この国じゃ=鬼=とか呼ばれてるんでしたかねえ・・。
連中、業務命令でね、堕ちてきた子供を脅すんですが・・
=何故親より早く死んだ~=って・・永遠にずっと繰り返し・・
其の小生の伯父貴の手下でさえ
何も知らずに堕ちてきた子なんか見ると
=鬼の目に~=じゃないですが、
時に可愛そうで涙するくらいに
・・・切なくて、厳しい冷たい場所なんですよ・・まあ地獄ですし(溜息)
小生、其れで柄にも無く
=仏心=なんぞ起こしたのが
まあ、魔違いの元で(笑)・・
いや、魔王の研修で来てたはずが
地上で・・・なんとかできる限りの、
そういう・・ねえ、死んだ子供の魂を
=猫=にして獄卒どもの目を誤魔化して
此の世に留めたりしちゃったんですな・・=猫=好きなんで小生(笑)
ええ、まあ、仰る通り・・
重大な服務規程違反のうえに
伯父貴がほら・・・あっちのトップでしょう?
トップってのは身内の不始末には
特にきっぱり、=けじめ=付けないと駄目でしょ?
もう、帰るに帰れない状況が・・
どの位ですか・・・続いたかなあ。
赤い旗と白い旗の軍勢が大喧嘩したあげく
白が勝った戦いが在った頃から此処に・・
はい、その前は遠い異国に・・そう、海の向こう。
で、今でもこうして・・
=此の猫=たちと遊んだり・・
時に天使の眼が届かない工夫とかして・・・
でもバレてるかなあ・・ 一応あっちのトップ
親爺の元上司で全知全能だから(苦笑)
天国に向かう魂の列の後ろに紛れ込ませてみたり
優しそうな夫婦の子供に生まれ変わらせてあげたり・ね。
そんなお節介してる・・奇妙な魑魅魍魎なんですな・・小生。
ああ、化け物の割に元気がない(笑)
・・・御尤もです。
現世に居るだけで小生少しづつ
魔物としての命が削られて行ってるんですよ・・
お恥ずかしいことですがあと何年此の姿を保てるか・・。
だからね、お嬢ちゃん・・
大好きなおばあちゃんや
おかあさんやおとうさんより早く
地上から居なくなっちゃ駄目だよ。
もう、小父さんはこの先・・・
お嬢ちゃんに何にか悪いことがあっても
=猫=に化けさせてあげるだけの・・
時間がないかも知れないからね。
最近は、人間も・・小生たちが呆れるほど=人でなし=になって
どんな事が起こっても不思議じゃあないから・・
くれぐれも・・気を付けるんだよ。
ああ、そう、好い子だ、お嬢ちゃんは・・
え?・・小生が死んだらどうなるか・・ですか?
ああ、そうですね・・・恐らく・・・
何処かの路傍で、老いて眼も見えなくなった
大きい黒猫になって死んでると思いますよ。
そんな猫の躯にもしも出会われたら・・
その時は・・ああ、故郷へ帰ったんだなと、思ってくださいますか。
いえ、手なんか合わせないで下さいよ、伯父貴に殺されます(笑)
此れでも一応=あっち=の眷属ですから・・・其れはご勘弁ください。
じゃあ、お孫さんと仲良く・・・お元気で・・お達者にどうぞ・・。
ちょっと長めの述懐のあと、風の止んだ冬の公園。
ふうわりと黒いマントを翻し・・・
奇妙な微笑みを湛えたまま男は静かに立ち去る、街の四つ辻へと・・
何時のまにか集まった、
歩道いっぱいを埋め尽くすほどの
小さな=子猫=の群れを後ろに従えて。




