表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ボクと先輩

天高く

作者: 雉羽

「屋上に上ってみないか?」


思いつきのような先輩の言葉に乗せられて、ボクたちは二人、校舎の上から校庭を見下ろしていた。


当然だが、屋上に出る扉には鍵がかけられていて、一般生徒は立ち入ることが出来ない。ではどうやってその難題をクリアしたかといえば、何のことは無い、鍵を手に入れて普通に開けただけだ。

情報化社会、電子セキュリティーはどんどん高度になっていると聞くが、その分人間は神経を鈍らせているのだろう。少しの思い切りと行動力があれば、学校の物理セキュリティーなどどうにでもなるのだった。


「それをさせないための心理的な枷を植えつけるのが、学校生活という教育の筈なんだがな。君には関係なかったようだ」

「それ、計画した先輩が言うんですか」


それにボクだって、想像以上に簡単に、小さな非日常へと踏み出せてしまったことに、戸惑いは覚えていた。

しかし、それをさて置いても、屋上という空間は魅力的である。

外なのに切り取られた世界。数分前までの級友を眼下に見る不思議。全てを手に入れたような高揚感と、背徳感。

センセイが立ち入り禁止にするのも分かるぐらい、屋上には吸い込まれるような引力がある。


「煙の気持ちも分かろうものだな。後者は言うに及ばず、だ」


伸び伸びと、気持ち良さそうに目を細めて、金網にかしゃんと手をかけ、先輩は世界を見下ろす。


「なぁ。君は彼らを見てどう思う?」


グラウンドでは、運動部の面々が一心不乱に、青春の汗と涙と泥にまみれている。

お世辞にもキレイと言える格好ではなかったが、誰もがみんな、きらきらと輝いて見えた。


「一つのことに情熱を傾けられるって、羨ましいなぁと」

「あぁ、君は本気の出し方が分からなさそうなタイプだな。一つ事に全力を注げる今は貴重だぞ」

「理解は出来てるんですけどね」


青春時代が夢なんて、後からほのぼの思うもの。

今を生きるボクらにとっては、それこそ夢物語で――なんて、格好つける訳ではなくて、ボクは単に本気になれたことがないだけの臆病者だ。


「先輩は知ってる人ですか、本気の出し方」

「さぁな。ただ、ああいうのを見ても、私には可愛いとしか思えないんだ」


遠くを見るように、少しだけ寂しそうに、先輩は言葉を落とす。


「人より才能があって、毎日必死で練習して。この中の何人がオリンピックに出られる? いや、そもそも世界一を目標に据えている人間がどれだけいる?」

「1番でなければ意味がない、と?」

「いや、意味はあるよ。それは私が決めるものじゃない。ただ、どこまでも果てしなく上がいる世界で、一生懸命お山の大将を目指している姿は、滑稽ではないが可愛らしい営みに見えるんだ」


例えばそれは、アリが角砂糖を運んでいるのを見るような。

例えばそれは、小さな犬が見知らぬ人間に吠え掛かっているのを見るような。

まるで神のごとき尊大な態度で、ただ淡々と、平然と、先輩はシニカルな笑みを浮べて語った。


「まぁ現実、牛の尻尾を追うよりも、鶏のトサカにつく方が幸せなのかもしれないな。もっとも、その群れに入ろうともしない私が言えた義理ではないのだろうが」

「先輩は、家畜小屋からふらふら抜け出しそうなタイプですしね」

「外から見て、寒いということか」

「管理が難しくて手に余るってことですよ」


かわす言葉が上手いな、と言いながら、それでも先輩は満足そうだった。

自覚があるなら改めればいいのに、と思いながら、それはそれで先輩らしくないし、何よりチキンのボクが言えた話ではない。


「君の上に立つのは容易いかもしれないが、それより私はお腹が空いたな」


そんな表情を読み取ってか、先輩はフフッと悪戯気に笑う。

放課後幾度目かのチャイムが響き、鶏は両手を掲げて空を見上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ