かまくらと薬師凪那[上]
【かまくらと薬師凪那】
中州の冬は、半月ほどでさらに厳しくなっていく。今は如月(二月)の初旬。昼夜無く雪が降り、通りは雪が踏み固められて、家々の間口より高い位置を人が歩いている。
大通りの中央には、子どもたちが作った雪だるまや雪像が列を成していた。除雪が間に合っていないのだ。それを苦々しい顔で眺める官吏もいるが、多くの町人は冬の風物詩として好意的にとらえている。
玄関前の除雪は毎日。屋根の雪下ろしは、厚みを確認しつつ、二~五日に一度。退けても退けてもきりがない。
「華金の物語に『賽の河原』ってのがあって――」
比呼は屋根の雪を下ろしながら、凪に話しかけた。
「親よりも先に死んだ子どもが行く死後の世界で、子どもたちは毎日毎日、河原の石を高く積むんだ。でも、途中で鬼が来て壊しちゃう。積んでも積んでも壊される、とっても苦しい場所だって言われてる。――よっと」
話の合間に気合の声を放って、雪を屋根から落とす。表面の新雪が、ふわりとあたりに白い雪花を舞い広げた。それに見とれる間もなく、下に人がいないことを確認して隣の塊へ。
「親不孝な子への罰らしいけど、昔はそれのどこが苦しいのかわかってなかった。でも今はわかる気がする」
「毎日毎日雪を退けてるのに、降り続けるんだもんね」
屋根の高いところに座った凪が「うんうん」と相槌を打った。除雪しても再び雪が積もるこの状況は、まさに賽の河原だ。
「正直、あたしも嫌になるわよ。で、その子どもたちに救いはないの?」
比呼との話に集中する彼女は、すでに反対側の屋根に積もった雪をすべて下ろし終わり、比呼の仕事終了を待っている。比呼の方に残るのはあと四分の一ほどだろうか。
「あるよ。そうやって苦行を繰り返していると、菩薩様が助けて守ってくれるんだ。あ、菩薩様って言うのは、神様みたいなもので――」
龍神を信仰する中州と、神仏を信じる華金。比呼は慌てて、二国の信仰の違いを説明しようとした。
「大丈夫。中州にも少ないけどお寺があるし、街道にはお地蔵様が立ってる。伝わるよ」
凪はふわふわした軽い雪を降らせ続ける空を見上げた。
「それじゃ、あたしたちにとっては春が菩薩様だね」
そうか、この冬にも終わりがあるのか。当たり前のことだが、今に集中するあまりすっかり忘れていた。
「そうだね。『春花の姫』……だっけ?」
比呼は中州の神話を思い起こした。たしか春を司る女神がいたはず。
「そうそう。春花の姫、春と花と大地の女神『花波』様。中州を興した水主様のお母さんって言われてる人」
「春までは、あとどれくらいだろう……」
比呼は次の雪を落としながら、春を待ち望んだ。
「あと半月もしないうちに雪は減りはじめるはずだよ」
凪の答えが返ってくる。
「比呼が中州の冬に慣れるのが早いか、春が来るのが早いかって感じ。でもこの調子だと、比呼の方が早いかもね。すごく筋がよく見える」
「ありがとう」
比呼は顔を半分隠した毛織物の下でほほえんだ。その笑顔がぎこちないのは、寒さのせいだけではない。もちろん、褒められたことは嬉しい。しかし、この適応力はかつて間諜だった時に鍛えたものなのだ。もともとは人を欺き、傷つけるために身に着けた技術。比呼が能力を発揮するたびに、その事実が彼の心を重くした。
「お礼なんていいの」
凪は寒さで桃色に染まった手を振っている。顔が隠れていたおかげで、比呼の暗い内心には気づかなかったようだ。それで良い。凪に心配をかける必要はない。
「雪と付き合うのは大変だけど、中州の冬は好きなの」
「僕も好き」
比呼は手を止めて辺りを見渡した。
白く染まった世界は本当に美しい。城下町の西にある中州川は、多量になげ込まれた雪でほとんど埋まってしまっている。そこをそりで滑って遊ぶ小さな影は子どもたちだ。どの家も寒さに負けないように火を焚き、町中から湯気や煙が上がっているのが見えた。その様子を昼夜問わず厳しい顔で監視する火消したち。雪を運んだり、辺りの治安に目を光らせたりする官吏もいる。そして足早に、しかし慎重に通りを歩く人々。
世界自体も綺麗だが、比呼はその中で生きる人々を見るのが好きだった。自分もその中の一人になれているだろうか。




