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六章八節 - 道引白師

  * * *


 翌日。昼前に絡柳(らくりゅう)は中州に向けて旅立った。与羽(よう)たちが四日かけて進んだ道のりを、一日半で帰るらしい。中州北部と城下町を何度も往復したことがある絡柳だからこそ可能な荒技だ。

 関所まで一緒に行くと言うことで、今は大斗(だいと)もいない。帰ってくるのはきっと夕方ごろだろう。辰海(たつみ)はすっかり過ごし慣れた広間を見渡した。


 のんびりと読書する与羽と舞行(まいゆき)実砂菜(みさな)は昨夜の疲れが出たようで、与羽に甘えながらまどろんでいる。

 絡柳も大斗もいないこの状況で与羽と舞行を守るのは辰海の役目だ。外出せず、静かな元日を過ごしたいところ。


 しかし、この日は珍しく来客があった。舞行と同じくらい年老いた老爺(ろうや)。彼の名乗った「道引白師(みちびき はくし)」という名には、覚えがある。


「舞行様、道引元文官が――」


 対応した辰海は、すぐに彼を舞行のいる広間へ通した。


「やあ、舞行」


「おお! 白師!!」


 舞行は足が悪いとは思えないすばやさで立ち上がり、来客に歩み寄った。


「来るのが遅くなって悪かったな。年末はどうにも忙しゅうて――」


 老爺二人は、枯れ枝のような手を握り合って喜んでいる。


「昔、文官十位をやっとった人?」


 与羽は自分の記憶をたどりながら、小さな声で辰海に聞いた。


「うん。舞行様が若いころからずっと文官をしてたんだけど、十年くらい前に官吏をやめて、今は中州や天駆を中心に拠点を変えながら学者や教師をしてるらしい」


 辰海は自分の知識と、先ほど白師自身から聞いた話を与羽に伝えた。舞行の現役時代を支えた有能な官吏のひとりだ。


乱兄(らんにぃ)と絡柳先輩みたいな――?」


「その関係に近いだろうね」


 舞行の場合は同年代にすぐれた人が多く、乱舞(らんぶ)よりも多くの腹心を抱えていたようだが。


 与羽は軽い自己紹介をしたあと、積もる話に花を咲かせる舞行と白師の会話に聞き入った。実砂菜は人見知りするのか、遠慮深いのか、とても静かだ。


 来客があった時は驚いたが、良い訪れだった。このまま、穏やかな一日を――。


「突然すみません」


 しかし、問題は外から駆け込んできた。


「空。焦って珍しい」


 与羽は目を丸くした。空が来ること自体は何も珍しくない。ここ半月、ほとんど毎日顔を合わせてきた。


「来客中でしたか。お騒がせして、申し訳ありません」


 しかし、乱れた前髪を直すことさえせずに、息を荒げて入って来たのは初めてだ。


「ええよええよ。神官か?」


 白師は顔のしわに埋もれそうなほど目を細めて笑った。


月主(つきぬし)神官長の夢見空(ゆめみ そら)金位(きんい)じゃ」


 息を整えている空に代わって、舞行が簡単に彼の紹介をしている。


「お見せしたいものが……、あったのですが、来客中なら、あとにした方が、いいですよね」


 息の合間に言う空。


「いえ、聞きますよ。どうされたんですか?」


 彼に水を差し出しながら辰海が尋ねた。


「実は、あの枯れ川に、水が……!」


 空の答えに与羽と辰海は顔を見合わせた。


「それって――」


 与羽は立ちあがることさえ忘れて、空に這い寄った。


「あの石室から出ていた川ですよね?」


 辰海も身を乗り出している。


「与羽の舞のおかげ?」


 借りてきた猫のように静かだった実砂菜も口を開く。


 若者の会話の裏で、舞行が白師にここに来たばかりの頃起こった不思議な出来事を説明している。


「神域に呼ばれたんか!! その話、詳しく!」


 好奇心に目を輝かせた白師が、空からさらに話を聞こうとしている辰海に詰め寄った。


「話が込み合ってる……」と実砂菜がつぶやくのも無理はない。

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