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六章四節 - 金龍の扇

 与羽(よう)実砂菜(みさな)辰海(たつみ)と空に任せ、部屋の中央に立った。この扇の扱い方を習得しなければ。扇を構え、伴奏なしで水龍の舞を踊る。そうしながら、長い飾り紐が絡みつかない舞い方を探った。扇の角度を変え、身のこなしを変え、扇を持っていない左手で紐をはじきあげ――。


「与羽は熱心じゃのぅ」


 思い思いに待機していた面々は、いつの間にか与羽の舞に魅入っていた。


「扇についているあの紐はかなり曲者で、腕や体に巻き付かせたまま舞う人が本当に多いのです。多少煽りはしましたが、こんなにすぐ対処できるとは――。あの身のこなし『風水円舞(ふうすいえんぶ)』の賜物なのでしょうか?」


 中州特有の技法に、空は首を傾げた。


「与羽は俺たちと何年も剣の稽古をしてきたんだ。身体能力も運動神経も優れてて当たり前だよ」


 大斗(だいと)が得意げに口の端をゆがめる。


「姫君であるにもかかわらず剣の稽古に励む、と言う時点で天駆(あまがけ)ではあまりなじみのない状況です」


「中州は戦の多い国ですから、老若男女問わず何かしらの武術を身に着ける人が多いんです」


 辰海が丁寧な口調で説明した。中州には実砂菜のような女性武官も少なくない。


「なるほど。国柄の違いですか。我々を守ってくださっている中州に、天駆がもっと助力できるようになればいいのですが……。いえ、皆様のおかげで、民衆は中州に親しみを持ったはずです。少しずつ変わっていくでしょう」


「まぁ、期待してるよ」


 大斗がいつもの横柄な態度でうなずいた。


 彼らの会話内容に耳を傾ける余裕がないほど、与羽は舞の練習に集中している。希理(きり)のためにも、天駆のためにも、自分のためにも、少しでもいいものを見せたい。

 与羽は舞い続けた。丁寧に施された化粧を崩さないように。しかし、本番と変わらぬ動きで。今まで通りに舞えば飾り紐が体に絡み、飾り紐をなびかせようと腕を大きく振れば、扇の動きが雑になる。


 体全体の動きを大きくする必要があるかもしれない。与羽は本来腕を振るだけの動きを、大きく一歩踏み出しながら舞ってみた。先ほどまで腕に絡みつきそうになっていた飾り紐が、与羽の動きに追従して弧を描いた。移動量が増えれば、紐の動きも大きくなる。


 少しずつ理想に近づいてきた。つまりは、「風水円舞」なのだ。水や風のような大きくて、連続的で、滑らかな動き。舞や剣術で繰り返し意識してきたが、それが完璧でないから紐の流れに乱れが生じ、腕や体に巻き付いてくる。扇を流れに乗せなければ。与羽は城下町を囲む二本の川を思い出した。生まれた時から毎日見ている水の流れ。穏やかに流れる日もあれば、雨や風で荒れている時もある。あれを再現するのだ。


 実際に体を動かし、時には想像の中で不足を補い――。与羽が満足いく状態まで舞を仕上げたころには、年の変わり目が目前に迫っていた。空が細く窓を開けると、どこからともなく鐘の音が聞こえる。


「空主神殿で鐘を叩いているのです」


 カァン、カァン、という高い音に耳を傾けながら空が教えてくれた。


「中州でも年の変わり目には鐘を叩くよ。神様に年の終わりを告げるとか、新年行事のために神様を呼んどるとか、説はいくつかあるけど」


 与羽は温まった体を冷やさないように気を付けつつも、窓の近くに歩み寄った。


「鐘が鳴り始めたということは、あと半刻足らずで年が明けるということです。舞殿の近くまで移動しましょうか」


「いよいよかぁ~」


 実砂菜はしきりに深呼吸を繰り返している。


「大丈夫ですよ。あなたの鈴はいつも魅力的です」


 空はそんな彼女に笑いかけた。


「ああう~。二枚目ににっこりされても今は喜びより緊張ぅ~」


 実砂菜は照れを隠すように、与羽の背中をぺしぺし叩いた。


「空って、自分の顔がいいこと把握しとったんじゃな」


 実砂菜をなだめながら与羽はそんなことを言う。


「それはもちろんですよ。ここの巫女たちの反応をあなたも見たでしょう? わたしは顔がいいからもてるのです」


 場を和ませようとしているのか、空は冗談交じりに明るい声を出した。


「与羽は夢見(ゆめみ)神官と辰海くんと、水月(すいげつ)大臣。どの顔が一番好み?」


 緊張のせいか、実砂菜はひどく答えにくいことを聞いてくる。


「え……?」


 どう答えても角が立ちそうだ。与羽は空と辰海、絡柳の三人を見比べた。


 空の顔は愁いを帯びたはかなさと、常人離れした赤い瞳が魅力。整った顔以上に、夜の闇に溶けて消えてしまいそうな雰囲気に魅かれる。

 辰海は切れ長の目に通った鼻筋、細いががっちりしたあごの輪郭など、二枚目と言われる特徴をいくつも備えている。吊り上がった目と眉は短気な印象を与えがちなので、与羽の前ではたいていいつも淡い笑みを浮かべていた。

 絡柳(らくりゅう)は厳しい口調とは裏腹に、穏やかな目元をしている。辰海よりもえらばって、より男性的な印象だ。短く吊り上がった眉や短い前髪は、彼の意志の強さを示しているのだろうか。


 顔の好みだけで選ぶのなら――。


「なんで選択肢に俺がないわけ?」


 与羽が答えを探している間に、大斗がため息交じりに言った。


「お義兄さま、自分が二枚目枠じゃないの知ってるでしょ?」


「腕っぷしや身長や体格はかっこいい判定に入らないの?」


 これは幸運だ。このまま実砂菜と大斗で会話させておこう。


「それは入るけど、今は顔のおーはーなーしー!」


 実砂菜の緊張も少し解けたように感じる。与羽はさりげなく実砂菜から離れると、後ろを歩く祖父に手を貸した。

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