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五章六節 - 神官の救い

 短いながらも見事な演武が終わったあとは、実砂菜(みさな)の出番だ。辰海(たつみ)の笛に合わせて錫杖(しゃくじょう)を持って舞う。身の丈以上もある長い棒の先端に飾られた金属の輪がぶつかり合って、しゃらしゃらと軽快な音を立てた。


「ミサってすごく楽しそうに踊るよな」


 だからこそ、それを見る人々も笑みを浮かべているのだろう。踊りのようにも、棒術の型を披露しているようにも見える動きは、与羽(よう)の扇の舞とは違った魅力がある。


「あとなんかめっちゃ色っぽいし……」


 実砂菜の身のこなしには、与羽がまねできない色香がある。そのことで今まで何度か助言をもらおうとしたが、毎回「好きな人ができればわかるよ」だの、「与羽には刺激が強すぎるから言えなーい」だのとはぐらかされてきた。


「あなたにはあなたの良さがありますから」


 与羽と一緒に舞台裏から実砂菜の舞を見ている空が言った。


「もう少しましな励まし方してほしいんだけど……」


 与羽は小さくため息をついた。


「『ましな励まし方』ですか……?」


 空は思案するように、一瞬だけ自分の前髪に触れた。


「あなたの舞は天駆でもなかなかお目にかかれないほどお上手ですから、それ以上何かを求める必要はない、というのが正直な意見ですね。あなたの舞を見た日はよく眠れるので、本当に感謝しています」


「ほら、くまが少し薄くなったでしょう?」と空は自分の前髪をかきあげてみせた。確かにその目には少し生気が戻って見える。


「……寝不足だったん?」


「『祝福』のせいか、月の夜は神域に呼ばれたり、悪い夢を見たりすることが多くてですね。大丈夫だとは思いますが、もし古狐(ふるぎつね)文官が今後寝不足で苦しむようなことがあれば、助けてあげてください。夢も見ないほど疲れさせたり、楽しい思い出をたくさん与えたりすれば、悪い夢は見なくなるはずですから」


「……わかった」


 与羽は口数少なくうなずいた。


「では、そろそろあなたの出番です。お気をつけて」


 空が鉄扇を差し出してくれる。石室で使ったのとは違う、無地の扇だ。


 実砂菜が舞を終えて舞台裏に戻ってくるのを見ながら、与羽は大きく深呼吸した。


「お疲れ様でした」


 その横で、空が実砂菜の錫杖を預かり、演奏に使う鈴を渡している。彼は与羽たちにつきっきりで、様々な手伝いをしてくれる。その忙しさが彼の「救い」になっているのだろうか。


「こっちは準備できてるよ」


 与羽の近くに大斗(だいと)絡柳(らくりゅう)も歩み寄ってきた。実砂菜の舞踊は、神前試合を終えた二人が呼吸を整え、汗を拭く休憩時間でもある。


 辰海だけは舞台に残り、集まっている人々が退屈しないように笛を吹き続けていた。聞くものを楽しい気分にさせる楽曲は、中州の民謡を辰海が編曲したものだ。


「じゃ、行きましょう」


 与羽が号令をかけると、実砂菜が鈴を鳴らした。いくつもの鈴が房状に固定された棒を振るたびに、しゃらーん、しゃらーんと高い音が響く。


 辰海の笛の音がゆっくりとやんだ。


 鈴の音だけが響く舞台に与羽は静かに歩み出た。


 先ほどまでの楽しげな雰囲気とは一転、厳かな空気だ。群衆は固唾(かたず)を飲んで与羽の入場を見守っている。


 舞台の中央で与羽は閉じた扇を持つ右手を前に差し出した。鈴の音がやむ。準備は整った。


「…………」


 時が止まったと錯覚するような一瞬の静寂。


 そののちに、笛の音が響きはじめた。それが聞こえた瞬間、与羽は扇を開き、構えを変える。そのすばやさに、集まっていた群衆が驚きのけぞるのがわかった。


 舞の演目は二曲。はじめに娯楽要素の強い民間信仰の踊り、次に中州で最も有名な水龍の舞。


 この数日で練習も本番も幾度となくやった。もはや、調べを聞けば体が勝手に動くと言っても過言ではない。辰海の笛は高く澄んで美しく、大斗の三味線が力強さと荒々しさを加える。拍子を刻む絡柳の鼓は与羽を舞やすくしてくれ、実砂菜の鈴が演奏や舞を血の通った生き生きしたものに変える。


 与羽は集まった人々の顔を確認しながら踊った。楽しそうに笑顔を浮かべる者、口を開けて見入る者、祈る者、さまざまな人がいる。その一人一人に笑いかけ、心の中で神を想った。

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