一章六節 - 中州城侵入
「ユリ君は、どこ出身なん?」
庭を一周回って、建物の端に用意された休憩所に座ったところで、与羽がそう尋ねた。目の前には背の低い樹木や花が植えられ、風景を楽しみながら休めるようになっている。
暗鬼は過去をたどるように、少し間を取った。そして、「名前もないほどの小さな村です」と答えた。
「数年前の戦で多くの男性が徴兵されていきました。僕は以前の徴兵で酷い傷を負っていたのと、女性のように華奢だったので、『不要』だと言われて村に残ったのですが……」
「華奢と言う割には結構筋肉ついとるみたいじゃけど」
「本当ですか!? これでもいなくなった父や叔父の分まで一生懸命耕したので、そう言っていただけると嬉しいです!」
華金王の「影」として体は鍛えてあるので、それを指摘されて内心驚いた暗鬼だったが、それを全く見せずに破顔した。
「ユリと言う名前は、女性っぽい名前を付けることで徴兵を逃れさせるためのものでもあったようです」
「戦のあと、徴兵された人は帰って来たん?」
与羽の問いは好奇心によるものか、探りを入れているのか。心配そうに問う彼女の表情に裏があるようには見えない。
「傷を負ったものは帰ってきましたが、それ以外は――。帰ってきた者が言うには、他の戦や王都周辺の工事に連れて行かれたそうです」
「ふーん……」
与羽は言って辰海を見た。
「華金ではそう言うことも、あるんだと思う」
彼はそう答えた。
「女手とけが人だけでは村が立ち行かず、重い年貢にも苦しめられ……。村は……、消えました。僕は何とか逃げ出しましたが、結局盗賊に襲われてしまい、今は一文無しです」
暗鬼は困ったように言って、首を横に振った。もちろん全て嘘だ。
「……むごいことも、あるもんじゃな」
与羽はそれだけ言って口を閉じた。何かを考えているようにも見えるが、分からない。城で育った姫君に、暗鬼の話は衝撃的過ぎただろうか。しかし、これは華金で実際に起こりうる出来事だ。
「……ユリ君、中州に住む?」
「「え?」」
唐突な問いに辰海と暗鬼の言葉が被る。
「城下町かどこかの村に空き家を探すくらいならしてあげられるけど。こうして会ったのも何かの縁じゃし」
「与羽、そう言うことはちゃんと官吏に」
辰海がたしなめるが、与羽は「じゃ、話通しといて」と人任せだ。
「いいけど」
しかし、少し怒った様子ながらもうなずく辰海は、彼女のそんな態度に慣れ切っているようだった。
「ありがとうございます。でも、あ、あの、できればしばらくの間は城下町に住まわせていただけませんか? ちゃんとお金を稼いで、凪さんに治療費をお支払いしなくてなりませんので」
暗鬼はお礼を言いつつも、自分の目的のために城下町にいたい意志を示した。
「凪ちゃんは全然気にせんと思うけど……。まぁ、気持ちはわかるから、そうなるように頼んでみる」
与羽は深くうなずいた。
そのあとは、中州城下町ではどんな仕事があるか、どんな場所が住むのにおすすめか。与羽が色々な話をしてくれた。けがが治りきっていない暗鬼にもできそうな、さほど肉体労働を必要としない仕事を紹介してくれる。彼女もこの城下町で出会った多くの人同様、もしかするとそれ以上に情深い。明るい笑顔を浮かべながら話す与羽の言葉を、暗鬼は穏やかな表情で聞いた。
「薬師家にあなたを訪ねて行くよう、担当者に頼んでおきますから」と辰海も気を遣ってくれる。
「ありがとうございます」
暗鬼はこの日何度目かのお礼を言った。