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四章十一節 - 月光の守り

 絡柳(らくりゅう)与羽(よう)大斗(だいと)、空、辰海(たつみ)実砂菜(みさな)。それぞれの顔を順番に見ていった。その目は鋭く、にらみつけると言っても過言ではない。


「無事だったから許される、という結果論は好きじゃない。お前たちは万一の時、どうするつもりだったんだ?」


 低められた絡柳の声には、冷静にふるまいつつも隠しきれない怒りがこもっている。


「万一なんて起こりえない。勝算があったよ」


 答える大斗の顔は普段より真面目に見えた。


「それでも万一を想定しろって言うんなら、命でも何でも賭けるさ。姫君ひとり自由にさせてあげられないなんて、九鬼(くき)の恥だ。お前が家柄を出されるのを嫌うってことは知ってるけど、俺たちは何代も何代も城主一族の無茶に振り回されてきた。正直言って、これくらい想定内だし、なんてことないんだよ」


 庶民出身の絡柳とは違うものを、長年城主一族を守ってきた武官筆頭家出身の大斗は背負っている。


「お前の指示を守らなかったこと、お前を軽んじたこと、お前の顔をつぶしたことなら、いくらでも謝る。本当に、悪かった」


 大斗は足元に刀と脇差を投げ捨て、深々と頭を下げた。


 彼がこれほど本気で謝罪するところを見たのは、与羽も絡柳も初めてだ。大斗は武官筆頭家の長男という立場と武官二位の役職のせいか、横柄で自分勝手なところがある。絡柳は武器と一緒に投げ出された飾り紐を見た。紐の先には武官二位を示す玻璃(ガラス)(ぎょく)がついている。武器も官位も投げ出した大斗の隣で、与羽や辰海、空、実砂菜も頭を下げた。


 天駆(あまがけ)領主は口を出す場面ではないと思ったのか、何も言わない。


「……俺は――」


 しばらくして、絡柳は小さく口を開いた。先ほどまでの厳しさは消えている。


「官位こそあるが、弱い立場の人間だ」


 彼には、大斗や辰海と違って後ろ盾となる生家がない。


「中州城主や、九鬼や古狐(ふるぎつね)が守ってくれるから、こうしてここに立てている」


 どこかの偉い官吏が絡柳を陥れようとすれば、簡単に閑職に追いやられるだろう。絡柳が大臣を務められるのは、城主やほかの大臣が絡柳を信頼し、能力を評価し、守ってくれているからに他ならない。大斗と辰海が絡柳を上官を認めてくれているから、この旅の責任者をしていられる。


 その気になれば、彼らは絡柳に頭を下げる必要など一切ないのだ。九鬼や古狐、城主一族の権力をちらつかせれば、絡柳は黙るほかない。


 しかし、彼らはそれをせずに頭を下げてくれる。絡柳は旅の面々を守る立場でありながら、それ以上に守られている。


「……だから、お前たちが全員無事に戻ってくれて、ありがとう」


 絡柳は大斗にも劣らないほど、深く頭を下げた。どうやら許されたようだ。


「すみませんでした、先輩」


 与羽はもう一度謝罪して彼に跳びついた。


「おい、やめろ」


 絡柳が狼狽(うろた)えた声をあげる。与羽は安心感から彼の首元を抱きしめた。


 大斗は無言で武器を定位置に戻している。いつもの軽口はないようだ。


「辰海君、悪いが与羽を離してもらっても良いか?」


「……わかりました」


 絡柳の依頼で、辰海は彼にしがみつく与羽を引き剥がした。


「与羽」


 その名を呼んで、彼女の頭と背を撫でる。与羽が大事に持っている梅の花束を潰さないよう、慎重に抱きしめた。


「たつ」


 与羽は辰海の腕の中で安心しきっている。


希理(きり)様、わたしになにかお咎めはありますか?」


 穏やかな空気が流れはじめた中で、空は自分のあるじに歩み寄った。


「いや、ない」


「あなたはわたしに甘すぎですね」


 天駆領主の答えに、空は肩をすくめた。


「お前は、半ば神の代理人みたいなところがあるだろう?」


 空の目のことを言っているようだ。


「この祝福はそんな大層なものじゃありませんよ。ただただ、人を永遠に神職に縛り付ける呪いです」


 空は低い声で呟いて、その足を月主神殿の方へ向けた。


「今夜はもうおそいですから、皆様を月主神殿へご招待いたしましょう。お湯をたくさん沸かしますから、汗と汚れを落としてください。神官装束で良ければ、着替えもあります。食事もすぐに用意させましょう」


 いつもの響く声で全員に呼びかけた。


「お言葉に甘えさせて頂こう」


 絡柳がうなずいて空のあとを追う。与羽たちも責任者である彼に従った。


 ふと振り返れば、月は天高くに登って、白く輝いている。


 神官たちが使う「月の影が守りになりますように」という言葉。結局、それが影である理由は分からずじまいだ。


「月の光が……」


 何かうまいことを言おうと思ったが、思い浮かばない。


「月の光が、見守ってくれますように」


 言葉を切ってしまった与羽の隣で、辰海が呟いた。与羽と同じように月を見上げていた彼は、視線に気づいて与羽を見た。


「変な祈りだったかな?」


 少し恥ずかしがるように力なく笑う。


「いや、すごく良いと思う」


 与羽も使わせてもらうことにしよう。


「月の光が見守ってくれますように」


 そう祈って与羽は再び空のあとを追いかけた。辰海も同様だ。白い光は熱もなく、静かに冷たく辺りを照らし続けている。与羽たちが神殿に入ったあとも、疲れきって眠りに落ちたあとも――。いつまでも、夜を見守り続けていた。

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