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三章十二節 - 龍の血筋

「あなたは水月(すいげつ)大臣や希理(きり)様よりも柔軟な考え方をされているようにお見受けします。与羽(よう)姫のためにできる限り古狐(ふるぎつね)文官の痕跡を追ったり、今日のこの外出を許可してくださったり――。神域奥へと続く安全な道があれば、与羽姫がそれをたどって行くのを認めていただけるのではないかと思うのですが、いかがでしょう?」


「昨日はそんなものないって言ってたじゃない」


 大斗(だいと)は空の心中を見透かすように、彼の前髪に隠れた目を睨み据えた。本来であれば、辰海(たつみ)を探しに行ける希望に胸を躍らせる場面なのだが、大斗の放つ一触即発の空気のせいで、与羽は息をひそめて成り行きを見守るしかない。


「状況が変わったんですよ」


 空の口元には意味深な笑みが浮かんでいる。


「どういうこと?」


「そうですね……」


 空の視線が与羽を向いた。


「どうやら神は与羽姫のお力も借りたいようなのです」


「え?」


 与羽も神域に呼ばれていると言うことだろうか。全くそんな実感はないのだが。


「何を根拠にそう言えるわけ?」


 大斗はあいかわらずの喧嘩腰だ。


「わたしが月主(つきぬし)様の祝福を受けた月主神官長だから、ですかね……」


 空は肩をすくめてみせた。大斗を納得させられる理由はないらしい。


「まずは、わたしの用意した道が安全かどうか、お確かめください。九鬼(くき)武官が良いと思われれば、それを辿って行きましょう」


「ダメって言ったら?」


「そうなると、『神のみぞ知る』としか言えません」


 空は指先で前髪を分け、赤く光る瞳で大斗を見た。彼の切れ長な目に強い意志は感じられず、ひどく疲れ切って見える。目の下のくまも濃い。


「俺を脅すわけ?」


「わたしは事実を述べているまでです」


 大斗の鋭い眼光を正面から受けても、空の姿勢は崩れない。


「ふーん」


 仏頂面の大斗の口元に突然笑みが浮かんだ。どうやら空の態度は、彼の興味をひいたらしい。


「そこまで言うならいいよ。確かめさせてもらう」


 大斗は横柄にうなずいた。


「ありがとうございます」


 空の口元はあいかわらずにこやかだが、生気のない目と合わせて見るとその表情は今までと全く違って見えた。無理やり穏やかで朗らかな神官を装っているような……。


「あなたも少し龍神の血を継いでいるのですね」


 言われてみれば、大斗の目もほのかに紫がかって見えるときがある。


「五代とか六代とか、それくらい前にちょっと縁があったってだけの話だよ」


 大斗はなんてことないように言った。


「龍の特徴は、天駆(あまがけ)領主や中州城主など残る家には長く残りますし、残らない家は一代で消えてしまいます。龍神様に愛された、良い家系にお生まれですね」


 空はにこやかに言った。その両目はすでに長い前髪で覆い隠されている。


「言っとくけど、俺はお前たちみたいに信心深くないから」


「信仰のあり方は人それぞれですよ」


 二人はそう言葉を交わして、この件にとりあえずの決着をつけたようだ。あとは神殿に到着して、空の言う「道」を確認したあと大斗が何と言うか。


「よかったね、与羽」


 実砂菜(みさな)が小声で与羽をはげました。そう言えば、まだ彼女の腕を抱えたままだった。


「うん……」


 小さくうなずいて、与羽は実砂菜から離れた。


 少し前に空の背がある。白と黄色の神官装束に身を包み、背筋を伸ばして歩く月主神官長。隠している素顔を見ても、彼のことはわからなくなる一方だ。希理が言っていたのだから、信頼しても大丈夫な男ではあるのだろうが……。


 今は彼が頼りだ。不安や緊張や期待や。色々な感情がごちゃ混ぜになった胸に両手を当てて、与羽はその背を追いかけた。

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