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一章三節 - 暗殺者の計画

 暗鬼(あんき)は傷を癒しながら、この町に来た日を振り返った。


 (ナギ)の家に運ばれた時、彼は傷だらけだった。

 城下町に近い山地帯で、盗賊に襲われたふりをしたのだ。華金(かきん)と中州の国境付近では盗賊による被害が頻発しているので、さほど怪しい状況ではない。

 そして、気を失って倒れているところを城下町の誰かに発見させる。長時間待って誰も来なかった場合は、命からがら助けを求めてやってきた旅人を装って城下町に向かう。そうすることで、中州城下町に住む人々の同情を得る作戦だった。


 ここまでは完璧に計画が進んでいる。


 医学と薬学の心得がある凪は、時折訪れる患者に対応しつつも、献身的に暗鬼の介抱をしてくれた。城下内にも盗賊に襲われた若い男の話が広がりはじめたようで、時折暗鬼宛に古着や食べ物が届く。


 暗鬼の生まれ故郷――華金でこんなことはありえない。中州の人々は団結力があり、心やさしいという情報は聞いていたが、ここまでとは思わなかった。治療費が払えるかどうかもわからない男の世話をする凪もそうだし、暗鬼に物を分け与える町人も――。この町には信じられない習性を持つ人がいる。


 城主や官吏による統治が行き届いているのか、財力があるのか。暗鬼は「やさしさ」の理由を考えた。善悪、利害。物事には必ず裏と表がある。彼らの裏を知っておかなければ、いざ彼らの「善意」を利用しようとしたとき、失敗するかもしれない。幸い、考える時間は十分にあった。


 暗鬼が盗賊に襲われたふりをしたのは、町人の同情を得るためともう一つ、時間稼ぎの目的もあった。中州国の歴史や地理、民の気質など良く知られている情報がある一方、城主一族や国政を司っている官吏たちのことなど、得にくい情報もある。事前に得た情報が、間違っている可能性も考えなくてはならない。傷を治す時間を使って、中州に関する正しい情報を得る予定だ。


 そのために、暗鬼はすすんで町を散歩するようにした。体中にある傷は、暗鬼自身が指示してつけさせたもの。見た目は派手ながらも、作戦の支障にならないよう位置と大きさを調整してある。


 暗鬼は好奇心の強い人を装って、通りを見回しながら歩いた。中州城下町は活気があってざわついている。人通りは、暗鬼の出身地――華金の都、玉枝(たまえ)京よりも少ないが、面積と人口の差があるので当たり前だ。しかし、雑多な玉枝京と比べ、ここには秩序だったまとまりと何とも形容しがたい「明るさ」がある。


 町人と武士が楽しそうに会話をしている光景は、暗鬼を驚かせた。華金では武士は町人を自分よりはるかに劣ったものとみなし、必要以上に話しかけない。町人も武士を恐れて近くを通ることさえ極力避ける。人口が少ないから、関わらざるを得ないのか? 暗鬼は珍しいもの、疑問に思ったものすべてに納得できる理由を考えた。


 そうやって情報を集めながら、大通りを進んで城の近くまで足をのばした。運がよければ、城主一族の顔が見られるかもしれない。


 城を囲む堀は、底が見えるほど澄んだ水をたたえている。

 低い石垣の上――城下町よりも少し高い位置にある城は、低い建物で構成されているのだろう。生垣のせいで天守閣と黒い瓦屋根しか見えない。


 城に入るための橋はたった一本。橋の入り口と城門には、刀を佩いた男性武官が立ち、門を通り過ぎる人の顔を一人ひとり確かめている。穏やかな表情をしているが、その雰囲気は油断なさそうだ。彼らに不審がられるわけにはいかないので、そこから城を覗き見るのはやめておいた。


 城の裏側には六間(約十一メートル)ほど下に川が渦を巻いて流れており、川岸を守る石垣の上には弓を担いだ武官の姿が見える。


 もう少し有益な情報が得られないだろうか。柳の木陰で足を止め、傷の様子を確かめるふりをしながら城壁の向こうを見やるが、やはり黒い瓦屋根と小さな天守閣があること以外何も分からない。


 数日偵察して分かったのは、城周辺が厳重に警護されていることくらい。三十人ほどの武官が六人ずつ交代制で橋と門を守っており、堀の周りを散歩する人々の中にも、刀を佩いた武官が交ざっている。橋を強行突破するのは難しく、堀を越えていこうとすれば必ず目立つ。誰の目にも触れずに城に侵入するのは難しいだろう。もし城に入るなら、官吏や商人、使用人に扮するのが得策だ。


 今日も特に新しい情報は得られなかった。

 暗鬼はそう諦めて、帰路につこうとした。


 しかし――。

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