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二章二節 - 神殿屋敷

「ようこそ、俺の城へ」


 やっとたどり着いた扇状地の頂点で希理(きり)が胸を張ったのは、国境を越えて約二刻(四時間)が経った頃だった。神殿に似た作りの立派な屋敷が、高い塀と上り龍の石像に守られている。


 武官の手を借りて馬から降りた与羽(よう)は、震えそうになる膝に力を込めた。ここから先は徒歩での移動だ。希理はすぐに建物には入らず、正面の神殿を回り込んで行く。何度も足の悪い舞行(まいゆき)を振り返って彼の歩みを確かめながら、イチョウの巨木が祀られた中庭へ入った。建物の意匠も、しめ縄を巻かれた巨木も、どこからともなく漂ってくる白檀(びゃくだん)の匂いも神殿そっくりだ。


「俺の妻は神職出身でな。彼女に家のことを任せたら神殿のようになってしまった」


 案内を行いながら、希理が屋敷の説明をしてくれる。


「いや、建物自体昔の神殿を改築したものだから、神殿そのものかもな。……俺は気に入っている」


 のろけ話の一種のようだ。

 

「ええのぅ、ええのぅ。わしの妻も神官家の出身じゃった。お前さんとは話が合いそうじゃ!」


 舞行が明るい声で言う。足が悪いにもかかわらず、嬉しそうに体を上下に動かすので、彼に手を貸している辰海(たつみ)は慌ててその背を支えた。


「落ち着きましたら、妻も交えてゆっくりお話ししましょう」


 希理は笑みを深めた。


 中庭を過ぎ、さらに奥へと進む。

 いくつかの建物の脇を通り過ぎたが、寒さを防ぐためか、どの建物も戸を締め切られ、中を見ることはできなかった。その一つ一つを、ここは文官が仕事をしている場所で、こちらは使用人の宿舎で、ここには神が祀ってあって――と、希理が説明してくれる。見た目は違うが、建物の用途は中州城とあまり変わらないようだ。


 そろそろ屋敷も最奥だろうと思われるころ、希理が一点を指差した。ぽつんと、さほど大きくない平屋の建物がある。あれが中州の人々のために用意した宿坊(しゅくぼう)だと言う。


 かつては高位の神官たちが寝泊まりする場所だったが、時代の変化で今は使われていないそうだ。日当たりは龍頭天駆(りゅうとうあまがけ)の中ではかなり良く、人通りが少ない。荷運びの下級武官を含めた中州の面々が宿泊するのに十分な部屋数と、全員が集まって談笑できる広間があり、落ち着いた滞在ができるだろうとのことだった。


「無事に到着されてよかったです!」


 宿坊の中では、荷物とともに一足先にここへ到着した竜月(りゅうげつ)が忙しく動き回っていた。荷物の仕分けに、使用人への指示。天駆の屋敷に勤める使用人が数人、食事や掃除、洗濯などの世話をしてくれるそうだ。


「居間に近いこちらが舞行様のお部屋で、その隣が辰海殿。水月(すいげつ)大臣と九鬼(くき)武官はお好きなお部屋をお使いください。女性陣は少し離れたこっち側ですよ~。ただ、端っこは壁が冷えて寒いかもしれないので、少し真ん中めのここにしましょう! 土間でお湯を沸かしているので、必要な方は取りに行ってくださいね!」


 竜月はすでに建物の間取りを把握しているようで、手際よく部屋に案内していく。与羽の部屋は日当たりが良い場所にしてくれたらしい。


「ふぅ……」


 これでやっと一息つけそうだ。与羽は重い上着を脱いで、部屋に腰を下ろした。広さは十二畳で、それとは別に竜月が控えておける小部屋がある。隣室とは丈夫な白壁で仕切られていた。文机や脇息、火桶、燭台など、必要そうな家具はすべて揃えられており、小さな本棚には天駆の神話や歴史書、物語本まで用意されている。


「お疲れさまでしたぁ」


 一通りの案内を終えた竜月が、お湯を持ってきた。慣れた手つきで熱めのお湯に布を浸し、硬く絞ると与羽の手足を丁寧に拭いてくれる。舌足らずなのんびりした口調で話しつつも、彼女の手つきはすばやく正確だ。緊張と寒さでこわばった四肢が解けていく。


「天駆領主が広間に軽食を用意してくださるそうですから、着替えが済んだら案内いたしますね」


 彼女もここに着いたばかりであるにもかかわらず、すでに様々な段取りを把握しているらしい。


「わかった。ありがと」


 与羽はうなずいて伸びをした。

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