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二章一節 - 龍頭天駆

【第二章 龍の額】


舞行(まいゆき)様、与羽(よう)姫、そして中州の皆様。ようこそ、天駆(あまがけ)へ。天駆領主、天駆希理(きり)と申す」


 翌朝、天駆側の関所を抜けた与羽たちを出迎えてくれたのは、天駆領主と彼に率いられた武官だった。


 天駆領主は黄緑色の髪と黄色い目が特徴の三十代前半の男性。温和な性格だと聞いていたので、与羽は辰海(たつみ)乱舞(らんぶ)のような細身の人を想像していた。しかし、彼は武官の大斗(だいと)と並んでも遜色ないほど筋骨隆々の大男だ。事前の情報と人懐っこい笑みを浮かべていなければ、怖い人だと勘違いしたかもしれない。


「希理殿、領主直々にありがたい」


 天駆の歓迎は舞行が代表して受けた。


 自己紹介と、目的地までの確認事項。出発前にやるべきことを希理は手際よく終わらせていく。


「天駆の冬は寒いから、少しでも早く屋敷に入りたいだろう?」


 希理は陽気に言って、中州側の責任者である絡柳(らくりゅう)と天駆の武官たちに声をかけたあと、ひらりと自分の馬に飛び乗った。


「俺が先頭。その後ろに老主人と与羽です。さらに後ろに辰海君と吉宮茶位(よしみやちゃい)。最後尾が大斗だ。荷物は別経路で先に運んでもらう。悪いんだが、野火(のび)女官は荷物と一緒に行ってもらえないか?」


 絡柳の指示も希理に劣らず簡潔で、それに従う中州の面々の行動もすばやい。

「かしこまりましたぁ」と返事して荷馬に向かう竜月(りゅうげつ)を与羽が見送っている間に、絡柳の指示通りの隊列になっていた。その周りには天駆の武官が集まりつつある。歩兵と騎馬兵が与羽や舞行を守るように前後左右を固めた。


「では、行こうか」


 一番前にいる希理が声を張り上げると、全体がゆっくり進みはじめた。


 ゆるやかな谷間を切り開いた街道を進んでいく。もはや山地と呼んでも差し支えない規模に縮小した西の山脈は、活火山の龍山だけが目立って高い。東を流れる月見川の幅もすっかり狭くなった。見慣れた山脈や大河が小さくなる様子は遠くに来たことを強く実感させる。龍頭天駆はもう目の前だ。


 この日ばかりは、与羽も一人で馬に乗っていた。中州の武官が引いてくれる鞍にまたがって背を伸ばす。山裾に見える畑では何を育てているのだろうか。乗馬に集中している与羽では、良く確かめられない。馬の背はポカポカと足を進めるたびに上下左右に揺れ、それと同時に与羽の体も傾きそうになるのだ。


 特に怖いのが橋を渡る時。(ひづめ)が板を踏む軽い音と振動が無性に与羽を不安にさせる。しかも、歩行者に合わせて作られた欄干は馬上の与羽を守るには低い。もしここで体勢を崩して川に落ちたら、という嫌な想像が頭を離れなかった。


 龍頭天駆が近づいて沿道に民衆の目が増え始めれば、それを意識した振る舞いもしなくてはならない。ほほえみを浮かべたり、手を振ったり。好奇心旺盛に、あたりをきょろきょろ見回すのは品がないので禁止だ。


 指先が白くなるほど強く鞍につかまり、つま先と太ももに力を入れて振動に耐えながらも、与羽は「素敵な中州の姫君」に見えるよう努力した。竜月(りゅうげつ)が乗馬の障害にならない程度に着飾らせてくれたので、表情さえとりつくろえば、彼女の体が固くこわばっていることに気づく者はいないだろう。


 関所を出て一刻(二時間)ほどで、龍頭天駆の入り口に到着した。北にひらけた扇状地とその周辺に広がる天駆の国府。


 南には龍の体にたとえられる山脈が伸び、日を遮る。水は扇状地の下端まで汲みに行かなくてはならない。日光も水も生活になくてはならないもの。それが得にくい龍頭天駆は、暮らしにくい土地だった。それでも、人々が好んでこの地に住みついたのは、龍の額にたとえられるここが神聖視されているからにほかならない。


 屋敷まではあとどのくらいだろう。与羽の指先は、寒さと疲労で感覚を無くしつつある。氷のように冷たい指で前髪を整えながら、事前に聞いた龍頭天駆の地理を思い返した。


 たしか、扇状地の外側に庶民の住宅地がある。それがいま通っている場所だ。その先は水が得にくくなるので、家が減っていく。確かに、商店や畑、小さな神殿などが散在する扇端部を過ぎると草木が多くなった。(さかき)(くすのき)、梅、菊、ホオズキなど、神事に使われる植物が植えられているようだ。そう言えば、龍頭天駆産の生花や枝葉が高級祭具として大事に扱われているのを中州でも見たことがある。ここで育てられていたのかと、与羽は自分の知識と横目に見える風景を関連付けた。


 そこを抜けるといよいよ扇状地のかなめが近い。大きな屋敷が立ち並ぶこの地域は、貴族や官吏、富豪が暮らす住宅地だ。通りは広いが行き交う人が少なく、殺風景な印象を受ける。周りの屋敷で暖を取っているのだろう。朝のすがすがしい空気には、煙の臭いが混ざっていた。ほうっと吐いた息が、淡い朝もやに溶けていく。


「…………?」


 呼吸とともに慣れない乗馬から意識を放した一瞬、不思議な違和感に与羽は首を巡らせた。その瞬間、視線の先で何かが動く。一つ瞬きをして、そこにあるのが門だと気づいた。動いたのは門の端にある飾り窓だ。そこから誰かが与羽を見ていた。誰が何のために見ていたのか。与羽たちを物珍しく思って野次馬していたのだろうか。

 ふと、昨夜中州の銀山を治める(ひいらぎ)地司が、天駆の官吏には少し気を付けた方が良いと言っていたことを思い出した。与羽たちを品定めしてたのだろうか。少し気がかりだ。

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