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一章八節 - 政治と信仰

「じゃあ、次の質問だ」


 しかし、続いた言葉で辰海(たつみ)の喜びはしぼんでしまった。きっとさらに難しい問いを投げかけてくる気だろう。


「……天駆(あまがけ)に若干じゃが不穏な動きがあるんは知っとるか?」


 (ひいらぎ)地司(ちし)が声を低めて言った。その問いは辰海ではなく、この場に集まる全員に向いている。


「え……?」


 戸惑いの声は誰が出したものだろう。


「どういうことですか?」


 同じように声を低めて問いを返したのは絡柳(らくりゅう)だ。中州北部をよく知る彼にも、心当たりがないらしい。


「……これは与羽(よう)の前で話すべきことじゃないかもしれんな」


「気にせんで! 大丈夫!」


 地司に気を遣われかけて、与羽は急いでそう言った。ここで退出を求められでもしたら、たまらない。


「そうか。それなら極力穏やかに話そう」


 冗談めかした口調で多少空気を軽くしたあと、柊地司は話しはじめた。


「もともと、天駆は周りに敵国がなく平和な国だ。悪く言えば、危機感がなくぬるい。天駆の官吏や貴族は、昔から富と権力を求める傾向にあったが、最近はそれが神事にまで影響を与え始めとってな……」


「そりゃいかんな。政治と神事は分けて考えるべきじゃ」


 長い間統治者として中州を治めてきた舞行(まいゆき)が持論を述べる。


「俺もそう思う。と言いつつ、俺も舞行おじも、神官家の(くすのき)から嫁をもらっとるから、あんまり偉そうには言えんけどな」


 がっはっはと柊地司は笑った。彼の妻と舞行の妻は同じ家の出身で、柊地司の子どもは与羽のまたいとこにあたる。


「痛いところを突くでないわ!」と舞行も笑った。与羽の中に生まれつつあった不安が、彼らの陽気な笑い声に薄れていく。


「ふふっ、話を戻そう」


 笑みの余韻を残しながら柊地司が説明を再開した。


「天駆では神官ではなく、官吏が神事を動かすことが増えとるんじゃ。それは、天駆領主も憂慮(ゆうりょ)して、対策を取ろうとしとるが、なかなかうまくいかんらしい。まぁ、内政が崩壊するほどの荒れ具合じゃないし、中州に実害が生じる気配もない。じゃが、舞行おじたちは天駆に行くじゃろ? で、あとひと月も経たんうちに、神事の中でも大きな正月神事がある。もしかしたら、なにかに巻き込まれるんじゃないかとちょっと心配でなぁ」


「なるほどのぅ」


 舞行は自分のあごを撫でながらうなずいた。


「まっ、今の領主――希理(きり)とは何度か話したが、真面目に国を良くしようと考えとるええやつじゃ。あいつが無理を言ってくることはなかろう。ただ、周りの官吏には少し警戒した方がええかもな。もし、どうにもならんことがあったらすぐ銀山に早馬を送ってくれ。俺が話をつけに行っちゃる」


 柊地司は袖をまくり上げ、大きな力こぶを作ってみせた。


「さささ。つまらん話は終わりじゃ。城や城下の話を聞かせてくれんか? まぁ、年明けには城に行くんじゃけどな。がっはっは!」


 彼はにぎやかだが、素敵なおじさんだ。良く笑う柊地司に与羽はそう思った。


 柊地司は本当にこれ以上天駆の話をするつもりがないようで、与羽たちは彼に求められるまま様々な話をした。与羽は兄や城下町や友人の話を、舞行は城の官吏の話を、絡柳は銀工町(ぎんくまち)や中州北部の政治の話を与羽にもわかりやすく、柊地司は銀山や中州北部にまつわる民話や伝承、愉快な小話を――。他の人々は遠慮して発言を控えようとしたが、地司に頼まれて、大斗(だいと)は今年の武術大会の話、実砂菜(みさな)は婚約者ののろけ話、竜月(りゅうげつ)は城下町で流行している着物の柄の話をしてくれた。辰海は悩んだものの、与羽が菓子作りに失敗してひどく甘い桜餅を作った話を披露することにした。


「なんでよりによってその話?」と与羽は唇を尖らせていたが、


「ご主人様は『お砂糖は多ければ多いほどおいしい』って思ってる節がありますけど、間違いですからね!」と竜月に追撃され、部屋に笑いを広げた。


 与羽の甘味好きは広く知れ渡っているが、それが想定以上で愉快らしい。


「でも、辰海殿も辰海殿ですよ! あんなに甘い桜餅を『おいしいおいしい』言いながら食べるとか、ダメダメですっ!」


 そして、竜月の矛先は辰海にも向いた。


「辰海くんなら、与羽が丸焦げにしたお餅でも『おいしいよ』って言いそう」


 神妙な顔でつぶやく実砂菜に、さらに笑いが爆発する。


「そんなことしないって」


 与羽のおもしろい話をしたつもりが、自分にまで飛び火して辰海はほほを桜色に染めて小さくなった。

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