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一章七節 - 銀山の主

 ゆっくりと町を抜け、夕方には何事もなく北の関所に到着できた。国境を越える人々の管理と検問を行うここは、官吏が政務を行う場でもあるそうだ。客人が待っているということで、奥の部屋へと案内されながら、与羽(よう)は中州城に似たざわめきと活気を感じた。


「客人って誰かな?」


 絡柳(らくりゅう)は相手の名を聞いたようだが、馬から降りるのに手間取った与羽や足の悪い舞行(まいゆき)に手を貸していた辰海(たつみ)は聞きそびれてしまった。


「二人くらい予想がつくけど、良い方だといいな……」


 舞行を支えながら歩く辰海の顔は苦々しい。会いたくない人がいるのだろうか? 与羽は辰海が苦手そうな人を考えた。この場所で会うなら――。


(ひいらぎ)おじさん、良い人じゃん」


 たぶん、彼だろう。


「君にとってはね。古狐(ふるぎつね)には敵も同然だよ」


「なんで?」


 与羽が尋ねても、辰海は首を横に振るだけで答えてくれない。普段なら何を聞いても教えてくれる辰海なのに、妙だ。


 与羽はさらに問いを重ねようとしたが、その前に部屋についてしまったようだった。


「よく来たな!」


 案内された部屋で出迎えてくれたのは、中年の男性だった。深い藍色の髪と青緑の瞳。それは、中州城主一族が持つ色彩とよく似ていた。辰海の悪い方の予想が当たってしまったようだ。


「おお! 一閃(いっせん)!!」

「柊おじさん!」


 彼の姿に、まず舞行と与羽が声をあげた。柊一閃。龍の血を色濃く残す城主一族の分家――柊家の現当主で、中州の銀山とその周辺地域をまとめる、銀山文官第一位の官位を持っている。中州では彼のようなその地域の最高責任者を「地司(ちし)」と呼んでいた。


「柊地司、ありがとうございます」


 絡柳は深々と頭を下げた。


「舞行おじや与羽が近くに来ると聞いて、急いで山を下りてきたんじゃ」


 地方訛りが強い柊地司の声は良く響く。口の端を上げて茶目っ気たっぷりに笑う様子は、与羽をはじめとする城主一族が浮かべる表情ととてもよく似ていた。


「良い茶と茶菓子を用意しとるから、ゆっくり話そう」


 そう言って、彼が手を一つ叩くと静かに菓子と茶が運ばれてくる。もてなしの準備を整えてくれていたようだ。


 柊地司はどかりと大きな机の前に座ると、両隣に舞行と与羽を呼んだ。ほかの面々も机を囲んで座り、情報交換する姿勢に入った。


「……私、ここに来るまでに結構色々食べてきてしもうた……」


 米粉と砂糖を固めて型抜きした落雁(らくがん)や、醤油や味噌の塗られたせんべい、菊や魚の形をした練り切り、金箔銀箔の乗った饅頭などなど。与羽の目の前にはおいしそうな菓子がたくさんあるにもかかわらず、残念だ。


「申し訳ありません、地司。与羽の思い出になるかと、俺が――」


 与羽に色々食べさせた張本人である絡柳は小さくなった。常に堂々としている彼が委縮するのは珍しい。


「がっはっはっは!! そうか! いや、そうよな!! 街道沿いには与羽が好きそうな食べ物屋がぎょうさんあるもんな!!」


 一方の柊地司は腹を抱えて豪快に笑っている。


「いやいやいや、与羽も絡柳も正しい! あんなに良い匂い漂う場所を通ったら、腹も減るし、色々食べたくなるわなぁ! 特に最近は、誰かさんの観光政策が効果を発揮し始めて、どんどん魅力を増しとるしな」


「『誰かさんの観光政策』?」


 与羽はいつもの癖で隣に座る辰海を見た。


「絡柳先輩の『天銀(てんぎん)街道改善案』だと思う」


「さすがに古狐(さくら)の小僧は物知りじゃな」


 できるだけ目立たないように小さな声で答えたつもりだが、柊地司に聞きとがめられてしまった。彼は古狐を旧姓の「桜」と呼んでくる。


「今は『古狐(ふるぎつね)』ですよ」と修正したが、彼がそれを聞き入れる日は来ないだろう。


「せっかくじゃ。与羽に説明しちゃるとええ」


 彼は辰海の知識を試すつもりだ。突然流れた緊張感に、辰海は唾液を飲み込んだ。


「おじさん? たつ?」


 与羽が自分の両隣にいる柊地司と辰海を見比べた。


「大丈夫」


 不安そうな与羽にそうほほ笑みかけて、辰海は自分の記憶をたどる。


銀工町(ぎんくまち)から北の関所に続く『天銀街道』は、古くから交通の要所として栄えてきましたが、いくつかの問題も抱えていました。まず、北の天駆(あまがけ)や西の風見(かざみ)からやってくる出稼ぎ労働者や、山を下りてきた森の民など、外部の人ともともと住んでいた人々の衝突。次に、街道を汚す馬や牛、時には人の糞尿問題。それらに伴う治安の悪さ――。様々な問題を改善したのが、地方官時代の水月(すいげつ)大臣だと聞いています」


 身振り手振りを交えながら、辰海はゆっくり話す。


「その内容は?」


「まずは街道や周辺の町から出る糞尿を集めて発酵させ、下肥(しもごえ)として遠方の農村や国境を越えた天駆に売る販路を作りました。水月大臣は、国境通過料を払うことなく下肥を天駆に売れるよう交渉したり、船で月見川下流の地域へ下肥を運べるよう整備したりして、その労働者として街道沿いに住む定職を持たない人々を雇う計画を立てました。

 そのおかげで街道や町の糞尿や生ごみなどは速やかに取り除かれるようになり、悪臭の消えた沿道に飲食店をはじめとする旅人向けの店が増え、さらに雇用が増えました。旅人たちが過ごしやすい町になったことで、より経済が潤い、治安も向上していると聞いています」


「概要はその通りだな」


 銀工文官九位と、中州国文官第五位を兼任する大臣――水月絡柳がうなずいた。


「すご!」


 与羽は音を立てずに小さく拍手をしている。絡柳に対するものか、辰海に対するものか。おそらく前者だろう。


「意外とやるな」


 一方で柊地司の誉め言葉は辰海を向いているらしい。彼に認められるとは思わなかったので、少し気恥しい。

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