一章五節 - 龍の神話
それから少し経って、絡柳が合流した。町から見えたので馬を飛ばしてきたのだそうだ。荷物は多いものの、彼の姿は城で仕事をしていてもおかしくないほど整えられている。
「そんな恰好で大丈夫?」
大斗がそう問うのも無理はない。
「問題ない」
絡柳はあいかわらずの堅い口調で答えた。
「ここまで来れば、天駆まではすぐだ。今日の夕方には国境手前の関所に到着する。そうすれば、翌朝には天駆入りで、天駆に入れば龍頭天駆は目と鼻の先だ」
「ついさっきまで仕事してただけでしょ」
しかし大斗は、絡柳が銀工町での業務を優先するあまり、旅装束に着替える時間がなかっただけであることを見透かしていた。
「銀工町は銀工町で大変なんだ。こういう時くらい手伝わないと、銀工文官位をはく奪されてしまう」
絡柳は徐々に後方に下がっていく大きな町を振り返った。うなじで一つに束ねた長い髪が、名残惜しそうになびいている。
「絡柳は国官位のほかに地方官位ももっとるんか」
感心したように言うのは舞行だ。
「はい。わたしは地方――特に銀工で働いた期間が長いので、銀工文官九位もいただいています」
「たか……」
与羽は思わずつぶやいた。銀工文官九位と言うことは、銀工町を中心とする銀工地域を治める文官の中で、上から九番目の地位と言うことだ。国官と地方官を掛け持ちする官吏は時々いるが、絡柳ほど高い地位を兼任するのは稀だ。
「お前さん以外の中州の大臣は、みな城下町の有名文官家出身で城の外で働くことがあまりない。お前さんのような地方の情勢を良く知っとるもんが上におってくれるんは、すごく助かる」
「いえ! 他の大臣方も自分たちの官吏をうまく使い、それぞれの地域の細事までよく把握しておられます」
舞行の褒め言葉に絡柳は謙遜して答えた。
「百聞は一見に如かずと言うからのぉ。与羽もほとんど城下町から出たことがなかろう? 色々と見ておきなさい」
「もちろん!」
与羽は祖父の言葉に素直にうなずいた。
「辰海と実砂菜は天駆に行ったことがあるんじゃったか」
そして舞行は他の同行者に話を振ることも忘れない。
「はい。僕は今の天駆領主――希理様が領主になったとき、城主や父とともに龍頭天駆に行きました」
「卯龍は足の悪い老いぼれのわしや若い乱舞の代わりに、色々な国へ足を運んで外交してくれとる。ありがたい限りじゃ」
辰海の父は文官第一位。若い城主に多くの助言を与え、彼自身も精力的に国のために動いている。官吏からの信頼も篤く、実質的な中州国の頂点は彼なのかもしれない。
「天駆の国府――龍頭天駆は中州の龍神信仰の聖地でもあります。数年に一回は龍頭天駆に赴き祈りを捧げています!」
次に巫女の実砂菜が答えた。中州城主一族の祖先は伝説によると龍の姿をした神で、天駆の国府は龍の額にたとえられる神聖な地だ。その奥にある神殿には、多くの巡礼者が訪れていると言う。
「わしもしっかりと祈らねばのぉ」
舞行はそううなずいた。
与羽は彼らの会話を聞きながら、懐から笛を取り出した。城下町を出てすぐ、馬上で暇を持て余していた与羽に辰海が貸してくれたものだ。
彼女の奏でる曲は、中州に伝わる歌語りの伴奏。龍神の降臨と中州の成り立ちを語る『龍神の詩』だ。
かつて、北の山脈の奥地に下り立った龍神は、人間の少女と出会う。彼女は人間でありながら神通力を宿し、大地に咲く花を統べる力を持っていた。龍神――空主は人間に代わって彼女を育てた。少女は大人になり、龍神との間に四人の子を成す。
長子は風をつかさどる風主。
二番目が中州と縁が深い水の女神、水主。
三番目は大柄だが、心は誰よりもやさしかったと言われる大地の神――土主。
末子の月主は乱暴者だと語られる。誰彼かまわず暴力を振るう悪神だったと。
四兄弟の父である祖龍――空主は、そんな月主から娘を守るために、風主に妹の水主を連れて逃げるよう命じた。
空主自身は、次男土主とともに月主をいさめたが、月主は変わらない。彼を止めるために、土主は弟を洞窟へ閉じ込め、その身を巨大な山へと変えて洞窟の入り口を塞いでしまった。中州から天駆に伸びる山脈は山に身を変じた土主であり、彼の鱗や骨が銀になったと言われている。
そして、空主はその頭部で今でも月主をいさめ続け、自分の過ちに気付いた月主の懺悔の涙が月見川の源流となっている――。
中州の子どもが寝る前に聞かされる、有名な物語だ。
龍神水主の血を継ぐと言われ、周りの人とは少し異なる容姿を持つ与羽には、この伝説がどこまで本当なのかわからない。
別の伝説では、今の中州城下町周辺で出会った人間と恋におちた水主はそこに国を創り、風主は自分の生まれ故郷に戻り、空主のそばで人間の国天駆を興したという。天駆と中州の関係は神話時代にまでさかのぼるのだ。




