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一章一節 - 中州城下町

【第一章 中州の龍姫(りゅうき)


 小国中州(なかす)は、龍神に守護された国だ。伝説によると、水主(みなぬし)と呼ばれる龍の女神が人間を導いたのがきっかけだとか。このような建国神話は多くの国にあるが、そのほとんどは支配や統治を正当化するために後付けされたもの。

 しかし、中州国に関してはある程度の信ぴょう性があるらしい。なんでも、中州を治める城主一族は、常人と違う髪と目の色を持ち、それが龍神の末裔である証拠なのだとか。暗鬼(あんき)は事前に地理や有名な氏族、神話など、中州国に関する様々な情報を得ていたが、その説には懐疑的だった。海を隔てた遠い大陸には、髪や目、肌の色が違う人間が住んでいる。その血を継いでいると考えた方が理にかなっている。


 どちらにしても、結局は殺すのだから考えるべきはそこではない。暗殺方法や退路の確保や――。そちらの方が重要だ。


 今回暗鬼が潜入するのは、中州国の国府――中州城下町。二本の川に囲まれた城塞都市で、町を出入りする経路が限られる。慎重に臨むべき仕事だ。


 しかし、最初の難所。城下町への侵入には成功できた。目を閉じて横になる暗鬼の耳に話し声が届く。女が二人、男が二人――。


「なんなんかなぁ? この人。(ナギ)ちゃんどこで見つけたん?」


 よく響く声がそう尋ねる。少し低めではあるが、若い女の声だ。


(たきぎ)を拾いに山に入ったら、山の入り口近くに倒れていて、急いで城下に人を呼びに行って――」


 そう答えたのは、消え入りそうな高くか細い声。


「薪の代わりに拾ってきた、と」


「うん」


 冗談めかすような笑みを含んだ言葉に、肯定のうなずき。薪の代わりに人間を拾うなど、なかなかひどい言い回しだが、凪と呼ばれた女には何の違和感もないようだ。


「敵じゃねぇのか?」


 これは地の底から響くような低音。不機嫌そうなざらついた声をしている。


「安易に決めつけちゃだめじゃって、雷乱(らいらん)


 それを最初と同じ良く響く声が、少し尖った声でたしなめた。彼女の口調にはやや訛りがある。華金(かきん)の北部や山岳地帯の田舎で使われる言葉に近い。敵国とはいえ陸続きの隣国。中州でも同じような話し方が広まっているのだろう。


「あんたは敵国出身じゃけど、敵じゃないじゃん?」


 少女は田舎訛り特有のやや攻撃的な言い回しながらも、暗鬼を擁護してくれている。


「……確かにな。悪りぃ」


 低い声の男――雷乱はあっさり疑ったことを謝った。さきほどの不機嫌さはもうない。叱られた子犬のようにしゅんとしているのが、声の調子だけで伺えた。


「分かってくれればよし」


 笑みらしき響きをこめて少女が言った。


「私としては、こいつは敵じゃないと思うよ。こんなに傷だらけで、きぐるみ剥がされてさ。髪、女みたいに長いじゃん? 盗賊に女と間違われて襲われた。けど実際は男で――。予想が外れた盗賊はいらついて、殴って、着物から何から、とにかく金になりそうなもんを持っていった。そんな感じじゃない?」


 彼女は暗鬼がそう見えるようにと企んでやったことを、ほとんどその通りに推測した。あまりに計画通りで、気持ち悪いくらいだ。


「ただ、私が盗賊だったら、髪も切っとったなぁ。売れそうじゃもん」


与羽(よう)、君の推理は正しいかもしれないけど、もうちょっと言葉を選ぶというか、この人を心配してあげるべきと言うか……」


 先程とは違う、やさしい声色の男がたしなめる。


 ヨウ? 今、ヨウと呼ばなかったか? もしかして、この部屋に標的の一人がいるのか?


「心配はしとるよ、もちろん。そうじゃなかったら、今ごろ城に帰っとる」


 一番口数の多い女声が答えた。この気が強そうな田舎訛りの主がヨウか。彼女は今「城に帰る」と言った。つまり、彼女は暗鬼の標的の一人、城主の妹「与羽」である可能性が高い。暗鬼は意識のない人を演じながら、彼女の声を脳裏に焼き付けた。


「早く目が覚めるとええなぁ」


 与羽の声が降ってくる。暗鬼に向けられているらしきそれは、先程までとは全く違ってやわらかい。穏やかに響いて、体に染み渡るようだった。それと同時に、彼女のものと思われる指先が、暗鬼の頬をそっと撫でる。心地よい冷たさに、仕事中でなければ、ほっと息をついてしまっていただろう。


 その後も四人の会話は続く。やはり、ヨウと呼ばれる女は、城主の妹で間違いなさそうだ。二人いる男の声が低い方は彼女の従者か護衛。もう一人のやさしい声の方は、教育係かお目付役と言ったところだろうか。おそらく、二人とも与羽と同年代か少し上だ。最後の一人は凪と呼ばれる暗鬼を最初に発見した女性。町民のようだが、与羽とは親しい関係らしく、控えめながらもくだけた調子で話している。


 暗鬼は気を失っているふりをしながら、四人の会話を聞いていた。些細なものでも情報は多いほうが良い。

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