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二章四節 - 暗殺者の判断

「これ、さ。あんたにかなり不利じゃない? たとえ私を殺せたとしても、その次の瞬間にはあんた自身の首が飛ぶよ?」


 確かにそうかもしれない。暗鬼(あんき)と距離を取る青年は油断なく刀を構え、何かあればすぐに暗鬼を始末する雰囲気だ。その横で構える雷乱(らいらん)も侮れない。刀こそ暗鬼が奪い取ったが、彼の長身と筋骨隆々な体はそれ自体が武器だ。


 与羽(よう)を殺す前に青年を倒し、その後与羽と部屋の奥に見える城主と言う手順なら? 暗鬼は策を巡らせた。

 ここは屋敷の奥なのでまだ騒動は(おおやけ)になっていないだろうが、それでも隠れてうかがっている者はいるはずだ。舞行(まいゆき)はすでにどこかに避難しはじめているかもしれない。膠着状態に見えるが、時間がたてばたつほど暗鬼に不利になっていく――。


「投降しないか?」


 相対する青年が尋ねてくる。


「手柄無しじゃ帰れない」


 暗鬼はきっぱりと言った。このまま無抵抗に捕まった方が楽なのではないかと思ったが、今まで刷り込まれてきた意識がそれを許さない。


「諦めが悪いなぁ。まぁ、私はそういう人好きじゃけど……」

「今なら姫の温情で死刑は免れると思うぞ」


 二人が言う。このままだと、かなりの確率で作戦は失敗する。暗鬼の国では、作戦失敗すなわち死だ。ここで諦めれば、命は助かると彼らは言う。しかし――。


「生きても死んでも変わらない人間に、『死ななくて済む』なんて言っても、全く響かない」


 足の下の与羽(よう)がわずかに身じろぎした気がした。抜け出そうと言う動きではない。暗鬼の冷めた言葉に動揺したようだった。彼女は「死んだ方がマシ」な世界で生きたことがないのだろう。


「生きとった方が、絶対楽しいに決まっとるじゃん……」


 与羽が小さく言うのが聞こえた。ふと、脳裏に彼女の笑顔がよぎる。出会うたびに城下町を案内してくれた与羽。


 ――ダメだ。


 暗鬼は意図的にその想像をかき消した。毒で熱があるせいか、精神がわずかに乱れている。今の状況打破に全神経をかけなければ……。


 集中しなおした暗鬼の耳に足音が聞こえた。城の応援か。いよいよ時間がない。


「ねぇ、命乞いってできる?」


 与羽がそんなことを尋ねてくる。


「無理」


 彼女は標的の一人だ。見逃すことはできない。


「私を見て」


 そう言われても見る気はない。相対する青年や雷乱、部屋の奥から無言でこちらをうかがう城主。注意を向け続けるべき対象がたくさんある。


「お前が華金(かきん)で雇われているのと同じ金額を中州が払うと言ったらどうだ?」


 青年は武力で威嚇しつつも、交渉の道を提示してくれる。


「僕が裏切ったと華金に知れれば、華金は中州に攻撃を加える。その取引が中州の利益になるとは思えない」


 暗鬼に残された選択肢は、何としてもこの暗殺を成功させ、華金に帰ることなのだ。成功の可能性がわずかにでもある限りは、諦められない。


「利益はあるさ。与羽が助かる」


「ユリ君さ、自分の命を軽んじる風な言葉を言う割には、今この状況をなんとかして生き残るのに必死よね。生きたいなら、投降するのが確実じゃん」


 与羽は何を言っているのだろう。領主一族に悪意を持って危害を加えたものは、例外なく死罪だ。彼らは命は助けると言って投降を促し、実際に投降したら無力化した暗鬼を始末するに決まっている。生き残るならば、彼らを殺し国に帰るしかない。この場から逃げ出しても命は助かるが、華金と中州の二国から追われる立場になるのは、死ぬのと大して変わらない。


「お前もしかして、投降すれば殺されると思ってんのか?」


 雷乱は暗鬼の思考を察して言った。


「オレは華金の武家出身で元捕虜だが、普通にこうして生きてるぜ」


 意外な自己紹介だった。彼が華金出身なのは知っていたが、農民兵でもない武家出身の捕虜が国の姫を守る護衛官? どうかしている。


「あー、なるほど。それでお前はそんなに頑固なのか。俺もまだまだ勉強不足だな」


 青年はやや間の抜けた声を出した。


「中州で命は助けると言えば、本当に助ける。当たり前だ」


 そう肩をすくめた青年は明らかに隙がある。応援の足音もかなり近づき、もはや誰にでも聞こえる距離だ。それに安心したのかもしれない。

 しかし、これは好機。暗鬼が青年に向かって飛び出そうとした瞬間、側頭部に強い衝撃がはしった。そのまま勢いよく弾き飛ばされながら、状況を確認する。


 屋敷の屋根の縁からぶら下がる見知らぬ青年。いや、あの顔は城の警護で見たことがあるか?

 彼の体勢と状況からして、あの青年に側頭部を蹴る奇襲を受けたのだろう。屋根の上にずっと潜んでいたのか。まさか、積極的に暗鬼に交渉を持ちかけたのは、屋根に潜む彼に気付かせないようにするための作戦? 攻撃の隙を見せたのも、暗鬼の意識がそちらを向くように仕向けた罠?


 中州側の誤算は、その奇襲が暗鬼と与羽を引き離すことを一番の目的にしていた点。激しく脳を揺さぶられたものの、暗鬼の意識と判断力を奪うことはできなかった。


 蹴られた勢いのまま転がって、距離を取り、刀と小刀を構えなおす。

 しかし、屋根から飛び降りた青年の追撃は速い。抜身の刀が閃き、暗鬼の刀をはじきあげる。体勢を整えきれていなかった暗鬼の手から刀が離れた。与羽だけでもと彼女に向かって放った小刀は、素早く彼女の保護に走ったもう一人の青年に弾き落とされた。


 完敗だ。あまりに多勢に無勢すぎる。


 どこで失敗したのだろう。最後、与羽に向かって小刀を投げたのは完全に失敗だ。あんな武器でも持っていれば、もっと応戦できた。その前に迷わず与羽の首をかき切って、速攻を仕掛けるべきだったか。厠に案内させる前に与羽と雷乱を静かに始末しておくべきだったかもしれない。その前の舞行と凪しかなかった場面はどうだろう? 凪を利用せず、ひとりで城に忍び込み、順番に隙を突いていく方が良かったか。その前日、怪しまれても与羽に毒を盛った方が良かったのではないか。そもそも彼女の食い意地を利用して毒を盛ると言う作戦自体が愚かだったか……。毒を盛るのに失敗した時点で諦めて、次の策を考え直すべきだったのかも。


 暗鬼の脳裏に昨日から今までのことがよみがえる。何度かためらった。今は好機ではないと思った。そこの判断が違えば、こうはならなかったのかもしれない。


 もう、遅いが……。


「ユリ!」


 聞きなれた高い叫び声は、凪のもの。城からの応援だと思った足音は彼女のものだったらしい。全力で薬師家と城を往復してきたのだろう。激しく息をし、足元もおぼつかない様子だ。もし、彼女がこの場に来るまで持ちこたえていれば、彼女を利用して優位な状況が作り出せていたかもしれない。


「ごめん、凪……」


 地面に強く押さえつけられながら暗鬼が最後に口にしたのは、そんな言葉だった。

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