二章二節 - 薬師の洞察
薬師家では凪が薬草の整理をしていた。
「ねぇ、ユリ。このあたり触った? ――ってあ、与羽ちゃんいらっしゃい」
凪はまず暗鬼にそう尋ね、次の瞬間彼の後ろに立つ与羽に気付いた。
「そこで会ったんです。こい焼きを買ってきたので、分けて食べませんか?」
「凪ちゃん、悪いけど、こい焼きを温めたいから、火を貸してくれん?」
「かまどに火を入れたままだから、それを使って。網はそこよ」
矢継ぎ早に言う二人のうち、先に与羽の言葉に対応して、凪は暗鬼に向き直った。
「でね、ユリ。このあたり触った?」
与羽に毒を盛るためにごく少量を盗んで、配置も変えていないはずだが、気付かれてしまった。こい焼きの話でごまかそうと思ったが、ごまかせなかったようだ。
「ごめんなさい。早く薬草の名前や特徴を覚えたくて、凪さんのいない時にこっそりのぞいてしまいました……。気をつけたつもりですが、混ざってしまいましたか? すみません」
しかし、即座にそう取り繕う。
「ここにある薬草は使い方を間違えると毒にもなるから、本当に気を付けて! 絶対だからね! 触った手をなめたりしてない? すぐに回る毒じゃないから、触った翌日辺りに熱が出たり、お腹を下したりしたらすぐに言うのよ? 毒の可能性があるから!」
凪は薬草だけでなく、毒の知識もあるのか。
「ユリ君、こい焼き!!」
怒られてしゅんとしたふりをしている暗鬼に与羽が叫ぶ。
「あ、はい!」
返事して、暗鬼は紙包みを開いた。一瞬悩んだのち、毒を入れていないものを与羽に渡す。このまま与羽に毒を盛るのは得策ではないと思ったのだ。もし明日、彼女に中毒症状が出たら、暗鬼が疑われてしまうかもしれない。
毒入りのものは自分で食べよう。闇に生きる職業柄、常人よりは多少毒の耐性があるし、致死性の毒ではない。
焼いたこい焼きを与羽は女官と半分にして、凪と暗鬼は一匹ずつ一緒に食べた。暗鬼は毒入りとわかっていても、ためらいなくそれを口にする。ここで怪しまれては作戦が水泡に帰してしまう。毒の効果が出はじめるのは明日の朝あたりか。それまでに解毒できるだろうか。しかし、解毒薬のために凪の薬草を盗めば、また気付かれてしまうかもしれない。
暗鬼は朗らかに会話に参加しつつも、そんなことばかり考えていた。
* * *
翌日、この日は城で膝の悪い先代城主――舞行の処置をする日だ。それをあらかじめ知っていて、前日に与羽に毒を盛る計画だったのだが、大きく狂ってしまった。暗鬼は普段通りふるまっていたが、やはり少し毒が効いているようだ。少し熱っぽい上に、軽いめまいがする。隠せる程度の体調不良だが、普段通りともいかない。
「舞行様、お灸に火を入れていきますね」
うつ伏せ寝の先代城主に声をかけ、火種の熱を移していくだけの簡単な作業。しかし、今はその繊細な動作が少し難しい。
「調子悪いの?」
有能な医師である凪は、暗鬼の手の震えを見逃さなかった。
「まさか!」
昨日のことを思い出した凪は即座に暗鬼の額に手を当てた。熱がある。
「大丈夫かの?」
その様子に、舞行が心配そうに二人を見上げた。
「舞行様、申し訳ありませんが、客間を一室お借りできませんか? ユリが体調を崩してしまったみたいで、休ませたいのです」
隠せなくなってしまったのなら、逆に重症を装った方が良いかもしれない。
「いや、これくらい平気ですよ!」
そう元気に言った直後に、突然湧いてきた吐き気を飲み込むふりをしてみせる。慌てて凪が背中をさすってくれた。
その様子を見た舞行がうつぶせに寝たまま手を大きく叩いて、使用人を呼ぶ。
「すぐに薬を作ってくるから、どこかで休ませてもらってて」
凪は使用人に暗鬼を託すと、舞行の背やひざ裏に置いたままになっている灸の処理や、暗鬼への処置など、いくつかの指示を与えて駆け出した。
暗鬼は舞行の部屋からほど近い空き部屋に担ぎ込まれた。舞行の部屋は城のかなり奥の方なので、一部の選ばれた者しか入れない場所だと考えられる。たとえば、城主一族の私的空間のような。そこから近いと言うことは、ここもまだその一部だ。これは、むしろ好機かもしれない。きっとこの近くにまだ会ったことのない城主の居住空間もある。




