表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/202

序章

「龍神の詩」シリーズ一覧:https://ncode.syosetu.com/s7110b/

 

 墨を塗りたくったような空から、無色の液体が落ちてくる。どんなに暗いところから生まれても染まることのない、無垢な雨。

 彼は漆黒の空を仰ぎ、絶え間なく落ちる透明な雫を顔に受けた。


 ――僕はその逆。


 近づくものを、全て黒く染めてしまう。もしかすると、自分は闇そのものなのかもしれない。重く息苦しい世界に溶けてしまいそうだ。


 ――それは嫌だな。


 漠然と、そう思った。


 この世界は自分に良く似合っていると思う。しかし、似合うだけ。好きにはなれない。


「…………」


 思考が少し濁っているようだ。余計な感傷を消すために軽く首を振ると、腰よりもさらに下まで伸ばした闇色の髪が一拍遅れて揺れた。

 雨粒が顔に垂れ落ちるが、彼の表情は変わらない。視界を奪いそうになる雫を拭うことすらせず、彼は眼下の町を見下ろした。闇の中に浮かぶ、無数のかすかな明かり。なかなかに栄えて見える。穏やかなだいだい色に、不思議な安心感を覚えた。


「あそこでいいんですよね?」


 雨と煙にかすむ町明かりを見据えて尋ねた。

 すぐに後ろから「そうだ」と返事が返ってくる。


中州(なかす)城下町。小国中州の国府だ」


 その口調には、かすかな(あざけ)りといらだちがあった。


「人口およそ二万九千人。全方位を川に囲まれた稀有(けう)な土地。我が国と幾たびも(いくさ)をしているが、どれも中州が防衛に成功している。絶対的な土地の利があるからな。どうも戦では分が悪いらしい」


 彼がどういう立場の人間かは知らないが、どうも中州国には苦い思いをさせられているようだ。


「……王からの指示は聞いているな? 暗鬼(あんき)。標的は、この国の前城主――舞行(まいゆき)と、城主乱舞(らんぶ)。そしてその妹の与羽(よう)。ようするに、城主一族全員だな」


 闇をまとった青年――暗鬼は、全く感情のこもらない無表情でそれを聞いていた。彼は南の大国華金(かきん)国の王に使える「影」だ。王に反抗する貴族や敵国の情報を集め、時には障害となりうる者を排除するのが彼の仕事。


「殺していいんですね?」


「もちろんだ。やってくれるか?」


 そう尋ねられたが、暗鬼に選択肢はない。


「やりましょう。でも、それなりの報酬はいただきますよ」


「安心しろ。ちゃんと用意しておく」


 その答えに暗鬼は暗い笑みを浮かべた。褒美を得られる喜びは皆無。自然に浮かべたものではなく、無理やり口の端を吊り上げて、目を細めたと表現した方が適しているかもしれない。


一月(ひとつき)で終わらせます」


 囁くようにそう言い残して、暗鬼は闇にまぎれていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ