救出
「んんん・・・。」
これはキスじゃない。
食事だ。
私は朦朧とした頭の片隅で考える。
木田先輩が何かにとりつかれた様に、何度も何度も角度を変えてキスする度、私の体からどんどん力が抜けていく。
押しのけようと突っ張っていた手も、もう指一本動かせずにだらりと投げ出されたままだ。
ばたん。
どこか、遠くで音がした。
「よお、遅かったな。」
木田先輩が私から離れた、と同時に私の体がずるずると崩れ落ちる。
もう、自分の意思で動かせるものは何ひとつない。
「久しぶりに食うと絶品だよな~。お前いつもこんなの食ってたの?」
「ふざけんな。」
「な~に怒っちゃってるの。捨てた女だろ?誰がどうしようとお前に関係ないだろ。」
「雅から離れろ。」
あぁ。晴可先輩の声だ。
頭の片隅で考える。
あんな酷い事を言ったのに、助けに来てくれたんだろうか。
必死で考え続けないと、意識が飛んでしまいそうだ。
「なに?そんなに大事なの?だったらなんで離れたんだ?意味ないだろ?一緒にいようが、離れようがこいつには貴島のしるしが付いている。危険なのはどっちもおんなじなんだよ。それをビビって離れちまうなんて、お前は何を考えてんだよ!?」
「俺が最低なんは分かってる。」
「何も分かってねえよ。俺からしたら、贅沢な悩みだよ。来るかも知れない危険を恐れて、今日を犠牲に出来るなんて、てめえは贅沢なんだよ。」
「・・・。」
「大事なのは守り抜く努力と、なにがあっても受け入れる覚悟だけだろうが。」
「木田。」
「分かったんなら連れてけよ。詫びは言わないぜ?これくらいの報酬はもらっても文句ないだろ。」
ちっと舌打ちの音がして、私の体がふわりと浮いた。
「雅ちゃん?寝たらあかんで。目開けて。」
晴可先輩が私を運びながら、絶え間なく声をかけてくる。
うーん。うるさい。
目なんか開けられない。
寝かせてほしい。
「雅ちゃん。頼むで俺の事見て。」
必死な呼びかけに重い瞼をようやく上げる。
晴可先輩の顔がぼんやりと見えた。
体に回された腕が温かい。
その首に両手を回してもっとくっつきたいが、今の私にそれは叶わない。
意地を張らなければよかった。
クリスマス、教会で会った時に別れるのは嫌だと泣きわめけばよかった。
晴可先輩がどうして別れたいと思ったのか、そんな事にこだわって自分の望みを口にしなかった私。
拒否されるのが怖くて、欲しいものを欲しいと言えなかった私。
これは私への罰だ。
いつでも欲しいものに手が届くとは限らない。
手が届かなくなってから、失ったものの大切さに気がつく。
ふわりと下ろされ、一瞬正気に戻る。
晴可先輩の匂い。
ここは晴可先輩の部屋か。
「雅ちゃん?」
晴可先輩、と言おうとした口が柔らかく塞がれる。
さっきとは、全くちがうくちづけ。
奪われた何かが、今度は私の中へ注ぎ込まれていった。