心変わり
疲れた。
私は机に顔を伏せた。
まだやっと午前中の授業が終わった所だというのに力尽きそうだ。
「大丈夫?顔色悪いよ?まだ風邪治ってないんじゃない?」
「そう?」
志村さんが心配そうに声をかけてくれる。
私の欠席は風邪になっているらしい。
顔色が悪いのは隠しようがない。
かなり出血したらしいから、貧血気味なのだ。
できれば部屋で休みたいが、特待生である私はこれ以上の欠席は避けたい。
「お昼だよ。行ける?」
真田くんが傍に立った。
なんにも食べたくないが、食べなければ改善されないだろう。
私は諦めて立ちあがった。
食堂はにぎわっていた。
食事のトレーを受け取って、空いた席に座る。
「そういえば、晴可先輩来ないね。」
ぴくり。
私の手が止まる。
晴可先輩。
いつも休み時間には鬱陶しいくらい現れていた先輩は、今日全く姿を見せなかった。
あの時。
先輩はなんと言ったのだろう。
夢の中のようではっきり思い出せない。
会話を交わした事さえ、夢なのか現実なのかわからない。
「なにかあった?」
真田くんが心配そうに眉を寄せた時。
ざわり、と空気が揺れたような気がして、私は入口に目を向けた。
そこには会長たちと一緒に晴可先輩が立っていた。
学校には来てたんだ。
私がぼんやり眺めていると、急に晴可先輩はくるりと踵を返し姿を消した。
「?」
なんだ?
「どうしたんだろう。」
真田くんも訝しげだ。
「お腹でも壊してるのかな。」
「・・・。」
しばらくするとトレーを持った会長たちが私たちのテーブルにやって来た。
なんで断りもなく席に着く?
他にも席は空いてますよ?
「朝霧、体調はどうだ?」
会長が珍しく私に話しかけてきた。
「はあ。大丈夫です。」
「そうか。よかった。・・・晴可の事はしばらく放っておけ。お前が悪いわけじゃない。」
「え?」
会長は事情を知っている?
「何があったんですか?」
真田くんがこらえきれないように尋ねた。
「あいつの気持ちの問題だ。予想以上に根性無しだったって事だな。少し現実に目が覚めて、びびってるんだろう。」
現実に目が覚めた・・・。
じゃあ、やっぱりあれは夢じゃない?
熱に浮かされた私の耳に残る言葉。
離れてみたい。
なかったことにしてほしい。
口に運んだ食べ物が、一瞬で味を失った。
食堂を出た私は3年生の教室に向かっていた。
晴可先輩に会わなければならない。
会って話を聞かないと。
あの時の言葉。
あれは別れ話なのか。
いまひとつ理解ができない。
別れ話なら意識がはっきりしている時にしてもらわないと、困るんだけど。
理由はなんだろう。
京香に無実の罪をかぶせられそうになって、嫌になったのか。
確かに今回、こんな事に巻き込まれてしまったのは私が京香の従姉妹だからだ。
だから私の傍にいる事が嫌になった?
3年の教室に晴可先輩はいなかった。
会いたい、と思って廊下を歩くがなかなか晴可先輩は見つからない。
そして私は唐突に思い当たる。
今まで、私から先輩を探す必要なんてなかった。
いつも先輩が私の所に来てくれたから。
私は重いため息をついた。
「まだまだ驕っていたか。」
なんだか目まで霞んできた。
廊下の途中で立ち止まり、目をこする。
自分の教室に戻ろう。
くるりと向きを変えた時、廊下の風景がぐらりと揺れた。
「!!」
私は口元を押さえ、しゃがみこんだ。
貧血か。
階段の途中じゃなくてよかった。
大きく深呼吸して吐き気を逃す。
「大丈夫か?」
3年の知らない先輩が数人、声をかけてくれるのに頷いて、ゆっくり立ち上がる。
その視線の先に、会いたい人の姿があった。
「・・・。」
私は言葉を失って、ただ茫然とそれを見る。
晴可先輩は私の見た事のない顔をしていた。
何の感情も表わさない、その目に浮かぶのは、完全な無関心の色だった。
それからどうやって教室に戻り、授業を受け、寮に戻ったのか記憶にない。
幸いなことに夕食を取らなくても騒ぐルームメイトもいなくなった。
私は制服のままベッドに転がっていた。
つまり、私は振られたってことなんだろうか。
胸のあたりに鉛が詰め込まれたみたいに苦しくて、思うように呼吸ができない。
理由が知りたい。
なんでもいい。
酷い言葉でもいい。
晴可先輩の口からはっきりと聞きたかった。
それすらしてくれないのか。
「むかつく。」
私はつぶやいた。
あんまりにも勝手すぎる。
「こんなの許せない。」
私の中に怒りの炎がめらめらと燃え上がっていった。