晴可の後悔
晴可先輩視点です。
雅ちゃんの実家に着いて、インターホンを押したが何の返答もなかった。
留守な訳ないよな。
俺は勝手に門扉を開けた。
玄関を入ると家の中は静かだった。
だが確かに感じる雅ちゃんの気配。
それに混じるのは、血の匂い!?
俺は二階へ通じる階段をかけ上がった。
目に入ったのは廊下で腰を抜かしている彼女の叔母だった。
血の匂いが濃くなる。
ドアの向こうは血の海だった。
「みやび!!!」
血の海に倒れているのは雅ちゃんだった。
彼女の従姉妹は血まみれのナイフを持って、焦点の合わない目をしていた。
雅ちゃんの顔は蒼白だった。
腹部から大量の出血をしている。
間に合わなかったのか。
俺は慌てて駆け寄り、口元に顔を寄せる。
わずかだが息を感じ、そのまま力の抜けた体を抱き上げた。
「ああああの・・・。」
「雅ちゃんはうちの病院に連れて行きます。」
茫然とする叔母にそう言い置き、俺は祥子の車に戻った。
「なにこれ!?雅ちゃん!?」
さすがに医者である祥子も、雅ちゃんの様子に目をむいた。
「悪いけど車汚すで。病院向かって。」
「・・・わかった。この近くにうちの分院があるから、そっち向かう。あんた、しっかり止血しなさいよ。」
「わかってる。」
後部座席に雅ちゃんと乗り込む。
すぐに祥子は車を出した。
*****
分院に着くと、雅ちゃんはすぐさま手術室へ運び込まれた。
俺は病院の冷たい長いすで頭を抱えていた。
なんてことや。
最悪や。
さっきまで腕の中にいた雅ちゃんを思い出す。
その顔は蝋人形のように真っ白で、指先は信じられないくらい冷たかった。
呼びかけても何の反応も示さず、俺は目の前が真っ白になった。
大事なものを失う恐怖。
俺は初めてそれを味わっていた。
心臓を見えない手でギュッと握りこまれたような感覚。
苦しくて、思うように息すらできない。
不意に幼い頃の思い出が甦る。
「ほんま、晴可は壊し屋やな。」
そう言ったのは本家の爺だったか。
そう。俺は何でもよく壊した。
力の制御が上手くいかなくて、おもちゃや日曜品、挙句の果てに飼っていた犬もよくけがをさせていた。
そういう経験から、俺は人と距離を置くようになった。
俺のせいで母親が死んだ事を知ってからは、その傾向は顕著になった。
どういう訳か、俺の周りには何もしなくても人が集まった。
表面上はいつも誰かと一緒にいた。
けれど心には誰も入れた事はなかった。
俺は壊し屋やから。
俺が欲しいと思ったものは自分自身の手で壊してしまうと分かっていたから。
それなのに、求めてしまった少女。
「雅ちゃん、俺と関わってから痛い目ばっか合ってるな。」
思わず独り言が漏れた。
親衛隊の制裁、木田に怪我をさせられ、俺自身が雅ちゃんの命を奪いそうになった。
挙句の果てがこれや。
いつもいつも、俺の詰めの甘さが、いや俺の存在そのものが雅ちゃんを傷つける。
深い深いため息が漏れる。
もし雅ちゃんが助からんかったら。
それを思うと恐怖に手足が冷たくなる。
俺はどうしたらいいんや。
冷たい廊下で一人考え続けた。