狂気
雅ちゃん視点です。
京香の部屋は暗い空気で澱んでいた。
「何しに来たのよ。」
ベッドの端に腰かけていた京香は、酷い顔を上げて言った。
頬は腫れて、口元は切ったのだろうか、紫色に変色している。
「ふ・・・。驚いた?あんたの彼氏にやられたのよ。」
京香は残忍な顔で微笑んだ。
「そんなことまでして、あんたは何が欲しいの?」
私は酷く哀しい気持ちになった。
自分の体を傷つけてまで、一体何が欲しいのか。
私と京香、幼い頃は仲が良かった。
幼い私にとって可愛い従姉妹はお人形のようで、私の自慢のひとつだったのに。
「あんたの彼氏が私に何をしたか知りたくない?あいつ、凄かったわよ。めちゃくちゃにされた。だから責任を取ってもらうしかないの。言ってる意味、わかる?」
「晴可先輩はそんな事はしない。」
冷静に言うと、京香の顔が歪む。
般若の面だ。
「なに澄ましてるのよ!?あの男が私を強姦したのよ!?警察に訴えるわ!!そしたらどうなる!?」
京香が狂ったように笑った。
「やっと、あんたのものが手に入る。早く私にお願いしなさいよ!!お願いだからやめてくださいって。泣いて這いつくばるなら告訴は考えてあげてもいいわよ。私だって未来の旦那に前科なんてつけたくないんだし。」
「・・・。」
疲れる。
私は手近な椅子に腰かけた。
「で、ちょっと聞いてもいい?あんたは私の何が羨ましいの?」
それは昔からの疑問だった。
家柄、財力と叔母は言ったが、私から言わせればそれは私の足かせでもあった。
どんなに私が努力しても、朝霧家の財力のおかげだと揶揄された。
環境が整っているとか、もっと酷いと金を使ったとか。
そんな私から見たら、京香は自由で羨ましかった。
「あんたは何でも持っている。いつも人の輪の中心で賞賛を浴びているのはあんただった。あんたなんて金持ちの家に生まれたってだけじゃない。綺麗なのは私の方なの。なのに誰も私の事を見ようともしない。それが私にとってどんなに屈辱的なことか、あんたにわかる!?あんたが従姉妹なんかじゃなかったら、私の人生はもっと輝いていたはずなのに!!」
「あんただって私の事全然わかってないじゃない。」
私は京香を睨みつけた。
一瞬、京香の顔に戸惑いが浮かぶ。
私が京香に感情をぶつけるのは初めての事かも知れない。
いつも私は感情をセーブしてきた。
それは父の教えだった。
上に立つものは優しくしてやるべきだ、と。
「確かに私は恵まれていた。家は裕福だったし、好きな水泳にも出会う事ができた。でも、だからって何も努力しなかった訳じゃない。水泳だって、選手になってからは一日も休まず泳いでた。熱があっても解熱剤を使ってプールへ行った。体調を管理するために、水泳以外のものは徹底的に排除した。それでも、神様は私から水泳を奪っていった。」
京香は私の剣幕にぽかんと口を開けていた。
「あんたは容姿に恵まれてた。比較されて私が何も感じなかったとでも思ってるの?自分以外の者の感情なんてあんたには関係ないの?」
「だって・・・。あんたはそんな事一言も・・・。」
「言わなかったわよ。自分が持ってない物を他人が持ってるからって、いちいち文句なんて言う訳ないじゃない。」
「・・・。」
「それでも私、ずるい?あんたには綺麗な顔と、心配してくれる両親もいるじゃない。今の私があんたの羨む何を持っているって言うの?」
京香はうつむいて震えていた。
わかってくれたのだろうか。
私を羨む意味のない事を。
そのくちびるが何かをつぶやいている。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!!」
京香は怒りに満ちた目で、私を睨みつけた。
「いつもそう。自分は分かってるんだっていう態度で私をバカにする。あんたなんか、いなくなればいいんだ。」
その手が机の上を彷徨う。
「京香?」
「あんたが来るって分かってた。だからこれを用意してたの。嫉妬に狂ったあんたがナイフで私を襲って私は正当防衛ってわけ。心配しないで。晴可さんは私と幸せになるんだから。」
京香は手にしたナイフをこちらに向けて、勝ち誇った顔で笑っていた。
狂っている?
私は眉をひそめた。
だめなのか。
この子にはもう何も通じないんだろうか。
ゆらりと京香が立ちあがる。
つられるように私も立ちあがった。




