焦燥
今回は晴可先輩視点です。
「雅ちゃんがおらんようになった!?」
朝一番に受けた電話に俺は怒鳴っていた。
『すまん。まさか夜のうちに寮を出るとは思ってなかった。』
電話の向こうの桐生は落ち着いていた。
「居場所は?」
『まだつかめてない。朝食に現れない朝霧を心配した玉紀が部屋に行ったのが7時頃。ベッドを使った形跡はなかったそうだ。寮母に話を聞いたら、昨夜親族から祖父危篤の電話があってタクシーで寮を出たと言っている。』
「親族から。」
俺の頭に嫌な予感が広がる。
つまり雅ちゃんの叔母が彼女に連絡したということか。
でもあの家には・・・。
俺は舌打ちをした。
こんなことなら雅ちゃんにくわしく事情を話しておくんやった。
あの家には絶対近づくなと。
『おそらく朝霧は実家に行っている。』
「わかった。俺が行く。」
『晴可、落ちつけよ?』
「わかってる。」
『手荒な真似は朝霧も傷つけるぞ。』
そんな事は百も承知だ。
だからあんな真似をした彼女の従姉妹にも手を下してなかったのに。
甘かったか。
家にいた祥子に訳を話すと、車を出してくれると言うのでそれに乗り込む。
ここからどんなに飛ばしても一時間はかかるだろう。
俺は助手席で両手を組んだ。
神なんて信じた事はない。
だが、もし神がいるのなら、雅ちゃんを守ってくれ。
雅ちゃんの従姉妹が俺に接触してきたのは、学園祭が終わってしばらくした頃だった。
寮にかかって来た電話で、彼女は俺に会いたいと言った。
何度か断っていたが、先週の金曜日に、彼女は雅ちゃんの事で相談したいと言いだした。
雅ちゃんの名前を出してきた彼女に、これははっきり片を付けておかないと、ややこしい事になると思った俺は、土曜日に彼女と会う約束をした。
土曜日の午後、約束の公園に行くと彼女はうれしそうに微笑んだ。
雅ちゃんには似ていない。
どちらかというと学園の女たちによくいるタイプだ。
自分の容姿を充分自覚していて、それが男にとって重要な事だと思い込んでいる人種。
「なんの話やった?雅ちゃんがなにか?」
俺が言うと彼女は意を決したような顔で話し始めた。
「こんな事を言うのは従姉妹として恥ずかしいんですが、雅はとんでもないアバズレです。」
「・・・。」
アバズレときたか。
「あの子、大した顔でもないのに、昔から男受けが良くて、いっつも男子を手玉に取ってたんです。それも人気のある男子なら誰でもよくて、次から次へと。水泳で賞をとったのもコーチを自分のものにしたからなんですよ。私、学園で晴可さんを見た時、やっぱり雅はどこへ行っても変わらないんだなと思って。晴可さんは雅なんかに関わるような人じゃないはずです。あの子は魔女です。」
困ったな。
話を終える様子のない彼女を眺める。
綺麗な顔立ちをしているのは認めるが、他人の悪口を言い続ける顔は醜悪だ。
「それで、雅ちゃんがもし君の言うような人やったとして、俺に何を言いたいん?」
彼女の話はまだまだ終わりそうにないので、やや強引に割り込んでみる。
ほんの少し、不満げな顔をした彼女は、すぐに恥じらったような顔を作った。
「え・・と。私ではだめですか?」
「は?」
「私の方が雅なんかよりあなたにふさわしいと思うんです。私と付き合ってください。」
やっぱりそう来たか。
こんな手合いは散々経験してきた。
「悪いけど俺、君と付き合うつもりはない。」
こういうのには、はっきり言わないと伝わらない。
さっと彼女の顔が白くなる。
「なんでですか?雅がいるから?」
「いや、なんでって。雅ちゃんがおろうがおらまいが関係ないで。俺には君と付き合ういわれがない。」
「ダメです。そんなの許さない。絶対私を選ばなきゃ。」
その狂信的な顔に、俺は会った事を後悔し始めた。
しかし、彼女は雅ちゃんの従姉妹だ。
雅ちゃんと繋がっている以上、避け続けるのは難しい。
とにかく付き合わないの一点張りでその日は別れた。
「絶対、私と付き合わせてみせるから。」
別れ際、彼女は鬼のような形相で言った。
その日は実家に泊まることにした俺の所に電話があったのは深夜の事だ。
中川京香が俺に強姦されたと言ったらしい。
俺は頭を抱えた。
電話の相手は彼女の母親で、事情を説明すると納得してくれたようだった。
だが楽観はできない。
雅ちゃんの従姉妹でなければ、どんな手を使っても問題ない。
これくらいの事はこれまでにも山のようにあった。
だが、あくまでも彼女は雅ちゃんの従姉妹なのだ。
上手く立ち回らないと、後々面倒なことになるのは明白だ。
とりあえず、問題が解決するまで俺は実家にいる事にした。
雅ちゃんには学園でいつも通りに過ごすよう指示を出す。
出来る事なら、雅ちゃんの従姉妹のしでかした事は隠しておきたかった。
きっと雅ちゃんは責任を感じるだろうから。
けど、それは甘かったという事か。
俺は助手席で頭を抱えていた。