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恋物語  作者: ゆうこ
冬の頃
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昔話

晴可先輩に会わないまま、何事もなく一日は過ぎていった。

寮に叔母から電話があったのはその夜の事だった。

聞きたい事があるから来てほしい。

そう言った叔母の声はひどく落ち込んでいた。

私の中で、叔母の電話と晴可先輩の不在が繋がった。


動くな、と会長にくぎを刺されたが、これは晴可先輩だけの問題ではない。

叔母からの電話で私は確信していた。

私の従姉妹が絡んでいる、と。

巻き込むきっかけを作ったのは私だ。

知らんぷりできるはずがない。


明日、動くのでは遅すぎる。

動くなら今しかない。

私にくぎを刺した会長は監視も怠らないはずだ。

時計を見ると午後9時だった。

電車には間に合わないかも知れないが、とにかく今、ここを抜け出さないと動けなくなる。

私はかばんに財布を突っ込んで寮母さんの部屋に向かった。


叔母からの電話を取り次いでくれた寮母さんは、祖父が危篤だという私の嘘を簡単に信じてくれた。

みんなに気を使わせたくないからと言うと、裏口から出してくれこっそりタクシーまで手配してくれた。


翌朝早く、私は実家に戻っていた。

昨夜はファミレスで時間をつぶし、始発の電車に乗った。

ファミレスでは学生がこんな時間にと問われないか心配したが、意外によく似た年代の男女が出入りしていて、幸運なことに関心を払われなくて済んだ。


「ごめんなさいね。学校を休ませてしまって。」


叔母がお茶を出してくれる。

その顔はわずか数カ月のうちに随分年老いて見えた。


「この前の土曜日だったわ。京香が、あなたのお付き合いしている人に襲われたって言って泣きながら帰って来たの。」

「!」

「実際酷い格好だったし、お医者様にも診てもらって。」

「そんな・・・。」


私は言葉を失った。

晴可先輩が?

そんな訳ない。


「それでね、相手も分かっているという事で事実確認をしてみたら、どうもそんな事実はないようだし。相手は雅ちゃんのお付き合いしている人なのよね?だからまた京香の悪い癖が出たのかと思って、あなたにも確認しておきたくて。京香はあなたを通して相手の人と会ったの?」


叔母の言葉を聞いて、私は全身の力が抜けていくのを感じていた。

やっぱりそうか。

安心とともに訪れるのは自己嫌悪。

やっぱり私の責任だ。


「京香は先月の学園祭で、私と一緒にいた晴可先輩と会いました。その時京香は私に先輩を譲ってほしいと。」

「・・・やっぱり。」


叔母は深いため息をついた。


「あの子の狂言なのね。」

「晴可先輩はそんな事をする人ではありません。」

「そうね。電話での対応も誠実だったわ。」

「どうして京香は私の持っているものを欲しがるんですか?」


幼い頃から疑問に思っていた。

同い年の従姉妹。

お互い一人っ子同士で、幼い頃は本当の姉妹のように仲の良かった従姉妹。

叔母は重い口を開いた。


「私ね、妊娠が分かってすぐ、兄のところもおめでたって聞いた時、神様に願ったの。できれば性別が別でありますようにって。」


私と京香の誕生日はほんの数日しか違わない。


「同じ頃に生まれた従姉妹。双子なら育つ環境も同じ、違いは生まれ持った個性だと認識される。けれどちがう家に生まれた従姉妹同士なら、すべてにおいて比較される。」


確かに親戚連中が集まると、私たちはよく比べられた。

どちらかと言うと京香の方が可愛い可愛いと褒められていたと思うが・・・。


「兄たちは寛容だった。だって何をとっても兄の家の方が上だったから。家柄、財力、全てにおいて。」


叔母は苦く笑った。


「私ね、駆け落ち結婚したの。身分違いの主人の元に体一つで嫁いで。反対した両親に内緒で兄が色々と援助してくれた。だがら兄には頭が上がらなかったわ。主人も私も。」


初めて聞く話だった。


「そんな境遇に京香は敏感に反応した。なにもかもを卒なくこなすあなたに比べ、京香が対抗できたのは容姿だけ。それも小さい頃は容姿を褒めてくれた親戚が、あなたが水泳の選手になった頃から見向きもしてくれなくなった。もし、自分が朝霧の娘だったら。京香はいつもそう言っていた。自分ではどうすることもできない環境が、あなたの持つものすべてが、京香は欲しいのだと思う。」


私からすれば、容姿を比較されるのは昔から苦痛以外の何者でもなかった。

正直、容姿の事を言われると今でも逃げ出したくなる。

だからこそ自分の得意な事に打ち込んだのに。


「私たちもいけなかったの。京香が褒められるたびに、兄たちに溜飲が下がる思いだった。それを京香に隠す事ができなかった。京香はあなたに勝つ事でしか、自分に価値を見出す事ができなくなってしまったのよ。」


本当にごめんなさい、と叔母は頭を下げた。


「叔母さん、京香に会わせて。」


今日の本当の目的を果たさなければならない。

これは私と京香の問題だ。

これ以上、晴可先輩に迷惑はかけられない。

私は立ちあがった。



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