誓いのくちづけ
ドーンという重低音が響き、みんなの目が空を見上げる。
後夜祭のメインイベント、打ち上げ花火だ。
あんなに騒がしかったのが嘘のように静かになる。
みんな、黙って花火を眺めていた。
私の左腕にくっついていた星宮さんも、腕を緩めて花火を見つめている。
彼女にとって最初で最後の花火。
それを心に刻みつけるように、一心に見上げる瞳に花火がキラキラ映っている。
きゅっと右手が強く握られて、私は晴可先輩を見上げた。
花火ではなく、私を見つめる先輩と目が合う。
ふ、と晴可先輩が微笑んだ。
「隙あり。」
先輩の声が耳を掠めたと思ったら、体がふわりと浮いていた。
一瞬のうちに風景が変わり、喧騒が遠のく。
「やっと抜け出せた。」
隣には笑う晴可先輩。
ここって、屋上?
いつの間に。
下にいた時より花火が近くに見える。
思わず見とれていると、ふわりと抱き寄せられた。
「これで一人占めやな。」
晴可先輩が私のおでこにキスして笑った。
先輩の腕の中で見る花火はとても綺麗だった。
「木田に会った?」
「え?」
晴可先輩の声が頭の上から降ってくる。
「あいつ、俺に断り入れに来たから。休学する前に、雅ちゃんに謝りに行きたいって。」
「はい。」
「あいつの彼女な、余命宣告されてたんや。」
「余命?」
「生まれつき、体が弱かったみたいで。いよいよその時が近づいた時、付き合ってた木田を悲しませたないって言って、黙って消えたんや。」
「・・・。」
「俺もそれに協力したから、木田に恨まれても当然や。あの頃はそれでいいって思ってた。大事なものの意味が分からんかったから、目の前からいなくなれば忘れるだけやって、そう思っとった。」
花火が咲いては散っていく。
「今やったら分かる。大事なものが目の前から消えたら、どれだけ苦しいか。」
「彼女さんは木田先輩に探してもらえて、幸せですね。きっと。」
「・・・そやな。」
「離れていても、忘れなかったんですから。きっともっと幸せを感じているはずです。」
「うん。」
そういえば。
私は晴可先輩を見上げた。
「木田先輩の休学と言えば、星宮さんも転校するって聞きました?」
「え?姫ちゃん?聞いてないけど。そうなんや。」
晴可先輩が私の顔を覗きこむ。
「?」
「淋しい?」
尋ねられ、目を瞬く。
そして首を横に振った。
「まだよくわかりません。」
そう言ったが、心にほんの少し小さな穴が開いているのに気がつく。
まだ転校がいつかも分からないのに、やっぱり別れは悲しい。
その相手が星宮さんでも・・・。
不意に私の心に不安がよぎる。
もし晴可先輩がいなくなったら、私はどうなるんだろう。
この温もりを無条件で与えてくれる人を失ったら・・・。
怖い。
思わずぶるりと体が震えた。
「雅ちゃん?」
私は晴可先輩の体に両手を回して、きゅっと抱きついた。
「どしたん?」
戸惑った様子の先輩にかまわず、抱きつく手に力を込める。
「大丈夫やよ?雅ちゃん。」
先輩がゆっくりと頭を撫でてくれた。
その大きな手に心が落ち着いていく。
「晴可先輩は、私の傍にいてくれますよね?」
先輩の金ボタンを見つめながら問いかける。
頭を撫でる手が止まった、と思ったら、ぎゅうっと抱きしめられた。
「もちろんや。雅ちゃんが離してって言うても、もう離してやれやん。俺は、もう雅ちゃんしか欲しない。」
晴可先輩の声が耳元で熱を持つ。
それだけで頭がくらくらして、腰が砕けそうだ。
プロポーズの返事はまだ出来ない。
でもただ一つ、確かな答えは。
今、私は世界中でただ一人、晴可先輩を愛している。
その想いで体中が満たされている。
「私を置いて、どこにも行かないで。」
私は顔を上げた。
晴可先輩の目に私が映る。
「俺はずっと雅ちゃんの傍におるよ。」
私は爪先立って、晴可先輩にくちづけた。
明日は誰にも分からない。
約束された明日など、どこにもないのだから。
それでも。
先輩の言葉があれば、私はそれを信じて生きていける。
私は幸せに満たされていた。