甘い時間
人目を避けるようにして、たどり着いたのは生徒会室だった。
3階は立ち入り禁止になっているため、人の気配はない。
「入って。」
晴可先輩に背中を押されて中に入る。
この空気をまとう先輩と二人きりになるのは正直つらい。
「雅ちゃん。」
「はいっ。ごめんなさい。」
とりあえず、謝ろう。
ぺこり直角に頭を下げる。
「あ~。別に怒ってへんで?」
「え?」
顔を上げると、眉尻を下げ、情けない顔になった晴可先輩はいつもの雰囲気に戻っていた。
「どうせ、姫ちゃんの企みやろ?」
晴可先輩の手が頬にかかる。
「でも、雅ちゃん。気をつけやなあかんよ?そんな破壊的に可愛い格好して目の前に現れたら、男の理性なんて脆いもんやで。」
晴可先輩の親指が私のくちびるをそろりとなぞる。
その瞳の奥に揺らめく光に体が震えた。
「俺ももう限界・・・。」
つぶやきとともに抱きこまれ、くちびるを柔らかく塞がれた。
何度も何度も角度を変えて、私たちはくちづけを交した。
深くて優しいくちづけの合間に、晴可先輩が耳元で私の名前を囁く。
くすぐったくて身をよじると、くちびるが滑り、首筋にキスの雨を降らせた。
晴可先輩のくちびるが触れるたびに、体の中がきゅんと痺れ、とろとろに溶けてしまいそうになる。
「みやび・・。」
崩れ落ちそうになる体を晴可先輩が支えてくれる。
一生懸命、つかまっていた手にも、もう力が入らない。
くったりした私の体がふわりと浮きあがった。
ふと気がつくと、私は先輩の膝の上に座っていた。
ぴったりと寄せた体から、温かさが伝わってくる。
「雅ちゃん、俺がプロポーズしたこと、覚えとる?」
私は晴可先輩の肩に額を寄せて、ぼんやりとくちづけの余韻に浸っていた。
先輩の声が耳に心地よく響いてなんだか夢の中にいるみたいだ。
「あれ、いい加減な気持ちで言ったんとちがうで?俺は年が明けたら、じき卒業や。こうやって雅ちゃんの傍におる事ができやんようになる。雅ちゃんを信用してない訳やないけど、心配なんや。・・・ほんとは鍵のかかった部屋に閉じ込めて、俺以外の男の目から隠してしまいたいくらいなんやけど。さすがにそれは俺も犯罪者になりそうやし・・・。」
「・・・。」
「でも今日その格好で、知らん男の膝に座っとるのを見た時は、マジでそうしよと思った。」
「あれは座っていたわけじゃなくて・・・。」
「わかっとるよ。でも雅ちゃんを見て、そういう欲望を抱く奴がおるってことやろ?」
私の体に回す晴可先輩の腕に力がこもる。
「心配なんや。時々頭がおかしなるくらいに・・・。」
私は黙って先輩の首筋に額をすりよせた。
「そやから、何の効力もないかも知れやんけど、俺との婚約、考えてくれへん?」
晴可先輩と婚約する。
婚約ということはその先に待っているのは結婚だ。
私に家族が出来る。
それは甘い甘い誘惑だ。
「まだ俺は学生で、大学にも行くつもりやから、すぐに結婚しても雅ちゃんを幸せにしてやれへん。けどなるべく早く自立する努力をする。そんなんでは甘いかな。」
「先輩の気持ち、うれしいです。」
でも私も先輩も学生で、まだやりたい事にたどり着いてさえいない。
「雅ちゃんの将来を縛るつもりはないよ?ただ、俺の今の正直な気持ちやから。ゆっくり考えておいてくれたらいいから。」
晴可先輩は私の返事を待たずに、私のくちびるを優しく塞いだ。