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恋物語  作者: ゆうこ
春の頃
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アクシデント発生

初日に事件があったものの、それ以降は特に問題なく準備は進んだ。

ひとつ問題があったとしたら、手配班の仕事である紙花作りが遅れていてこちらにもノルマが回ってきたことくらいか。

明日はようやく交流会当日だ。

私と星宮さんは黙々と紙の花を製作する。


「雅せんぱーい」


今日は何人目のお客だろうか。

元気な声に顔を上げると一年生の男子がニコニコと駆け寄ってきた。


「すりむいちゃって~」


彼はなぜかうれしそうに右手をひらひら振った。


「もう、仕方ないな。」


私は仕事を中断して救急箱の蓋を開けた。

なぜ、私が養護教諭のまねごとをしているかと言うと、星宮さんがどんくさい故である。

何もない所でつまづいたり、ぶつかったり、しょっちゅう小さな傷を作っている。

ちょこちょこ顔を出す私たちに閉口して養護教諭は無言で救急箱を差し出した。


仕方なく私が星宮さんの手当をしていると、遠目にうらやましそうにしていた男子たちが寄ってきた。

もちろん彼らの目的は星宮さんに手当てしてもらうことだったのだろう。

しかし一人目が包帯ぐるぐる巻きになって、二人目の傷がなぜか増えていたのを見た後はおとなしく私に手当てされることを望んだ。


「あ~、雅先輩に手当てしてもらえるのも今日で終わりか~。」


常連さんになった笹原くんが残念そうにつぶやく。

意味がわからない。

美少女星宮さんならともかく、私に手当てしてもらってなにがうれしいんだか。


「あ~、その目!!それがたまんないんだよな~。」


訳のわからない事を言って悶える下級生の手に絆創膏をぺたんと貼って手当終了。

立ち去るかと思った笹原くんはなぜかまだもじもじしていた。


「あの・・。雅先輩は明日誰かと約束しているんですか?」

「?」


約束?

私は首をかしげる。

明日は実行委員が交代で受付をすることになっている。

その役目が終わったらお嬢様御用達の美味しい料理をいただいて寮に戻るつもりだった。


「もしよかったら・・。」

「あれ~、なにしとるん?ああ、雅ちゃん手当てうまなったなあ。けど笹原?

あんましょうもないことで雅ちゃん煩わせたらあかんで。」


笹原くんが何か言いかけたのに最後まで聞こえなかったではないか。

私は突然割り込んできた人の顔をにらんだ。


「貴島先輩?」

「はい、ペナルティ9な。」

「うっ。」

私はあわてて口を押さえた。

大分慣れてきたけれど突然登場されるとつい姓で呼んでしまう。


「ようやくあと一回か~。この頃言わんようになったからな~。」


ニマニマと嬉しそうに笑う先輩。

笹原くんの両肩に乗った手に不必要な力が入っているように見えるのは気のせいだろうか。



笹原くんが青い顔で戻っていくと、晴可先輩は当たり前のように私の前へ座った。


「雅ちゃーん。無防備すぎやで~。」

「何がです?」


私の返事に先輩はガクッと肩を落とした。


「無自覚か~。たち悪いな~。」


なにやらブツブツとつぶやく先輩は放っておいて花作りに勤しむ。

なにしろ交流会は明日なのだ。


「まあいいわ。とにかく明日は誰とも約束したらいかんで。わかった?」


不意に立ち直った先輩が切れ長のきれいな目で私の顔をのぞきこむ。

それは私でなく星宮さんに言うべきでは?

そう思ったが、そのいつになく真剣な眼差しに思わずうなずいていた。


「晴可~。」


遠くで幸田くんの呼ぶ声がして先輩はじゃあ、と行ってしまった。


「ねえ、今のって・・。」


隣で静かに花を作っていた星宮さんが何かを言いかけたが、


「ま、いいか。あと少しだね。」

と言って美しく微笑んだ。



どう見ても地味な内職にしか見えない紙花作りだが、交流会では重要な存在意義がある。

男子は白い花、女子は赤い花。

胸に差した花を意中の相手に渡す。

相手も花を返せばカップル成立だ。

たかが造花、されど造花だ。

明日はその一輪をめぐって熾烈な戦いが繰り広げられるのだ。


会場作りが大方出来上がった頃、紙花も与えられたノルマ分がようやく仕上がった。


「はーい。みんなお疲れさん~。」


晴可先輩の声を合図にそれぞれ片づけを始める。

やれやれ、今日は寮の食堂に間に合いそうだ。

私たちも出来上がった花を段ボールに詰めた。

この花で何組のカップルが誕生するんだろう。

心地よい疲労感と達成感にしばしぼうっとする。


「私これ運んでくるね。」


星宮さんの声に現実に戻る。

目を上げるとよっこらしょっと言って星宮さんが段ボールを持ち上げていた。


「大丈夫?結構重いよ。」


辺りを見回すがこんな時に限って使えそうな男子が近くにいない。


「待ってて。台車借りてくる。」


確か倉庫にあったはず。

駈け出した途端、背後でドンバタンと騒がしい音がした。


「!?」


振り返った私は絶句した。


「まあ、いいんじゃない?」

しんと静まり返った会場の中、幸田くんがふんわりと微笑んだ。

みんなの視線はひしゃげた紙の花と茫然と座り込む星宮さんに集まっていた。

星宮さんの自爆事故により50個くらいの白い花がひしゃげてしまったのだ。

まあ全部ぶっつぶしてしまわなかったから不幸中の幸いだ。


「多分数にも余裕をもたせてるはずだし、欠席者も出るだろうから。それでも足りなかったら、その時はその時で。」

「あのっ私・・!」


星宮さんが悲鳴のような声を上げると同時に私は動いた。


「そうですね。なんとかなるでしょう。それよりみんな、早くしないと食堂しまっちゃうよ?」


星宮さんの言葉をさえぎるように言うと荷物をまとめて彼女を引っ張り起こした。


「じゃ、悪いけどお先に。」





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